第37話 リリーと優越感

 目を覚ますと、お姉ちゃんとコランさんに男の子がおそわれていた。


 見覚えのない男の子は二人に部屋のすみまで追い詰められていた。

 その表情は完全におびえきってしまっていて、立つ力もないのか、しゃがみ込んでいる。


 それでも二人に容赦ようしゃはない。

 彼に話しかけながら、ゆっくりと、その距離を詰めていく。


 その姿はさながら、獲物えものを追い詰めた獣のようだ。

 見ているだけの私でも足がすくむ。


 ふと、怯える男の子と目が合った。…多分助けを求められている。


 直視できずに目を逸らしたい願望にられる。

 しかし、何故だか私はその子から目を逸らすことができなかった。


 …そういえば初対面の彼を見ても私は全く怖いと感じていない。

 それどころか、ちゃんと目を見る事ができている。

 これは初めての事だ。


 初めの内は父さんですら怖かった。

 家によく遊びに来るコランさんですら怖いし、他の人なんて以ての外。姿を見られることさえ怖いのだ。


 誰かが私を見て、私の存在を感じて、私について何かを考えるという事だけで怖い。


 しかしこの子からはそのような恐怖を感じない。

 それどころか、助けを求める視線を振り払う事が悪い気がして…。


 そうだ。私は今までこんな視線を向けられたことはなかった。

 私に誰かが助けを求める事なんてなかったのだ。


 …お姉ちゃんはいつもこんな気持ちだったのかもしれない。

 だったら私も頑張らなくちゃ…。


 今のお姉ちゃんはちょっと怖いけど大丈夫。

 コランさんも…悪い人ではないはずだ。


 今あの子を助けられるのは私だけ。

 あの怯える表情を笑顔に変えられるのは私だけなのだ。


 そう思うと勇気がいてきた。

 今まですくんでいた足が嘘のように動く。


 そんな私の行動を見た男の子が期待に目をかがやかせる。

 それだけで私は何でもできるようになった気がした。


「待って。お姉ちゃんたち」


 男の子をかばうように手を広げて二人の前に出るとお姉ちゃんが驚いたように目を見開いた。


 頑張れば私だってできるんだから!


 お姉ちゃんに見せつける様に胸を張る。

 そして、怯えていた男の子を安心させるように私は笑顔で振り返った。


 男の子はこちらを見ると、安心したような表情で笑みを浮かべた。


 その口から「ありがと」と言う言葉を聞いた時にはとても幸せな気持ちになる。


 お姉ちゃんはいつもこんな気持ちだったのかな?

 …だったらちょっとずるいかも…。


 私がしゃがみ込む男の子の頭を撫でると、彼は幸せそうな顔でそれに答えた。


 その表情を見ているだけで私はもっと幸せな気分になって…。

 姉さんに対する小さな嫉妬しっとなど、すぐに忘れる程、世界が幸せでいっぱいになった。


 この子は私と同じぐらい年に見える。それでも私より弱いのだ。

 それなら私が守ってあげないと!


 初めて味わう決意の味はとても甘酸っぱかった。

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