ナイトメア
馬瀬暗紅
よくある怖い話
朝起きると妻がナイフを持って微笑んでいた。その笑顔はこの世のものとは思えないほどに美しくて目の前のナイフのことも忘れ一瞬見蕩れてしまったが、この後に続いた妻の言葉を聞いて思考が停止してしまった。
「おはよう、あなた。今まで楽しかったわ。じゃあさようなら」
と、妻は歌うように言いながらナイフで未だに布団に横たわる私を刺そうと、手に持つ得物を大きく振りかぶる。咄嗟に目を瞑るが、いくら待ってもどこにも痛みは感じない。恐る恐る目を開けて見れば妻は刺したナイフに体重をかけ、もっと深くまで突こうとしているのが見えた。視界を染める鮮血にに気が遠くなるが、ここまで来てようやく理解する。これは悪夢だと。それが分かれば話は簡単だ。只、眠ればいい。夢の中で眠れば現へ戻れる。目を閉じ言う、
「おやすみなさい」
そう言って僕は起きるために目を閉じた。
朝目が覚めると、妻が台所で料理を作っている音がした。とりあえず朝、無事に起きられたことに感謝する。時計を見ればいつも妻が自分を起こす時間までもう少しあることが分かった。なので布団の中で微睡みながらここ最近の事を思い返してみた。
一週間ほど前のことだったろうか。久しぶりに会った友人と遅くまで飲んでいた時の話だ。終電を逃しタクシーで帰った私を待っていたのは手を後ろに回し、妖艶な笑みを浮かべる妻だった。
「もう、遅くなるならちゃんと連絡してって前々から言ってるでしょ」
と、優しい口調で話す妻の姿を見て私は久しぶりに恐怖という感情を覚えた。体中に鳥肌が立ち、体が竦む。何故なら妻が背中に隠し持っていた長い錐を構えたからだ。その切っ先はまっすぐ私に向けられている。こんな場面に限らずどんな場面であったとしても、そんなものを人から向けられる理由はただ一つ、人を殺すためだ。どうやら妻はこのセオリーを無視する気がないらしい。ここまで思って私は妻に“殺され”た。
自分の悲鳴に驚いて目が覚める。どうやらここは最後に寄った店の路地裏なようだ。すぐさま路地裏を去り、家に帰る。そんな私に対し、妻は
「もう、遅くなるならちゃんと連絡してって前々から言ってるでしょ」
と、一言言っただけだった。
目が覚めた。どうやら少しばかり眠ってしまったらしい。既に台所からの料理をしている音は止んでいた。もうすぐ妻が私を起こしに来るだろう。今日はどんな風に起こしてくれるのか楽しみだ。優しいキスとかで起こしてくれるとだいぶ嬉しいのだが…
さて、そろそろ目の前の現実を見よう。目の前には妻がいる。仰向けに寝ている私の上に馬乗りになっている姿で。どうやら、さっき見ていた悪夢の続きのようだ。しかも今度はリアルな痛み付きだ。それも極上の。多分もう私は助からないだろう。鮮明な「死」の文字が私の頭に浮かぶ。けれども私はこれが悪夢であることを一縷の望みにして、次、目を開けた時には妻が私を殺さないと信じて再び目を閉じる。
「おやすみなさい」
私の独り言が聞こえたのか妻が答える。
「永遠にね」
~~~
「本日、午後三時頃都内のマンションで会社員の{****}さんがナイフで刺されて倒れているのが発見されました。**さんは意識不明の重体です。警察は同じ部屋に住む無職で妻の{++}容疑者を殺人未遂の疑いで逮捕しました。++容疑者は「確かに私は夫に不満を持っていた。けど、夫を殺すのは妄想にとどめていた。私はやっていない」と容疑を否認しています。部屋からはズタズタになった藁人形などが押収されており、警察は傷害罪についても捜査を続ける方針です」
~~~
悪夢は終わらない。
ナイトメア 馬瀬暗紅 @umazeankou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます