境界歩きの千鳥足
大村あたる
ラバーズ ~彼のこと~
卵を呑み込む二日酔い
ひどく酔って帰ってきたとき、よく妙なものを拾ってくる。木彫りの熊の根付け、うまい棒百本セットなんてのはまだかわいいもので、宇宙人確保の瞬間が移ったメッセージ入りチェキ、コードのない黒電話、どこの部族のだか分からない奇妙な仮面、勝手に踊る木造のトーテム、蓋の開いてないボトルシップ、蛇の抜け殻に壊れたワープロ。果ては雄の三毛猫なんてのも拾ってきたことがあって、そいつは今うちで家主よりも快適そうに日々を過ごしている。
まあそう、だからなにが言いたいかっていうと。今までだって出所の分からないようなものを拾ってくることはあったわけ。だから最近はちょっとやそっとじゃ驚かなくなっていた。人間の慣れって怖い。
「……と、思ってたはずなんだけどなあ……」
部屋には一人と一匹しかいないのに、自然と言葉が漏れてしまう。まさかまだ驚くべき拾いものがあるとは。いつもよりもサイズが随分と大きい。
ベットから二日酔いの身体を起こし水でも飲もうと台所に向かった先で目に入ったのは、膝の高さよりも大きな楕円形の白い球体。一般的には「卵」と評されるアレである。昔動物園で見たダチョウの卵でもこれよりはかなり小さかったはずなんだけども。
寝起きの朦朧とした頭で何とか状況を整理する。まず、頭が痛い。それは二日酔い。腰も痛い。昨晩よろしくやった可能性も否定できないが、おそらくこの卵を背負って帰ってきたからだろう。もう少し自分の身体の限界を見極めてほしい。
卵をこぶしでコンコンとノックする。キチン質の堅い殻。中から返事はない。当たり前だろ返ってきたらどうするつもりだったんだ。代わりにシャーシャーと鳴き声が聞こえた。部屋の隅でミケが卵に向かって威嚇していた。宥めようと近づくと、その威嚇をよりいっそう強めそのまま窓から逃げてしまった。どうやら卵ではなく主人の奇行に驚いていたらしい。早く馴れてくれ。
徐々に面倒になってきてどうしたもんかと考え始める。ゴミに出そうにも今日のゴミ出しの時間はとっくに過ぎてしまったし、そもそもこれが何ゴミなのかも分からない。間違えて分別してしまったら、また町内会長鈴木さん率いる老害ーズに詰められてしまう。
……頭が痛くなってきたので考え終了。とりあえず卵をほっぽっり、蛇口をひねって水道水を喉へと流し込む。実家では絶えることなく常備されていた麦茶が時々恋しくなるが、あいにくそんなことをするようなマメさは持ち合わせてはいない。
二杯、三杯とあおりようやく目は覚めてきた。二日酔いは未だ継続中。しかたがないのでもう一眠りするかと振り返ってみると、後ろに鎮座していた卵に変化が起きていた。
[湯]
真ん中に、それも見えるような位置にわざとらしく文字が浮き出ていた。さっき見たときはなかったはず。ううん、今日の二日酔いはなかなかに酷そうだ。そう考えベッドに向かおうとすると、卵は少しだけぶるりと震え、先ほどの湯の文字が消えたかと思うと新しい文字が浮きだしていた。
[湯!]
いや、変わらないけど。強調しただけで何も変わってないけど。
[湯!!]
[湯!!!]
エクスクラメーションマークが増えていく。しかしながら本文は相変わらずの「湯」のみ。面白いのでしばらく観察しているとやがてエクスクラメーションマークが卵の全体を覆い、ついには「湯」にまで被さってしまった。本末転倒では。
理由も理屈も分からないが、どうやらこの卵は湯を欲しているらしい。どうせ二日酔いの幻覚だろうと高をくくりながら、昨日帰ってきた後入れたはいいもののそのまま寝てしまって入れなかった、ぬるい風呂にたたき込んだ。一番風呂だぞ喜べ。卵に浮かんでいた文字が消えたのを確認した。
「ふぁああ……」
続いて自分の身体をベッドにたたき込む。さようなら優華な休日。こんにちは瞼の裏側。おやすみなさい。
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