冀望のファルコン

Ruaru

プロローグ


『憧れ』で誰かを救えるだろうか?


 例えば幼少期にテレビで放送していた特撮番組。

 周囲の人間を自然と引き寄せるような心優しき青年が、突然ヒーローに変身できるようになって……というやつ。

 物心ついたばかりの幼い時分にそんなものを見せられれば、憧れるに決まっている。自分もああなりたい、誰かを守ってあんな風にかっこよく戦いたい。

 そう思うはずだ。


 そんな憧憬を抱いても、切望した筈の憧れは時を重ねることで薄れていく。社会という現実を突きつけられて、他人という悪意に晒されて、純粋な正義というやつに見切りをつける。

 そうして大人になっていくんだろう。


――けれど。俺はそうはならなかった。

 俺はあの頃、テレビに向かって変身ポーズを真似していた子供のままだ。今でも新作が始まれば変身アイテムを買ってテレビの前でポーズの練習をする。好きなシリーズの円盤を集めて、名シーンのセリフを暗記して真似する。

 ああ、ここまでならどこにでもいる普通の特撮マニアだろう。まだ可愛げがある。

 俺の問題は……誇張無しに、今この瞬間まで自分はヒーローで、世界を救うんだと信じていたこと。


 そしてそんなくだらない子供の妄想染みた『憧れ』が、この場の悲劇をもたらしたのだと痛感しているからこそ――


「ぐっ……!」


 これが純然な力の差というものなのか。正面からぶつかり合った俺と奴の得物だが、砕け散ったのは俺の短刀だけだった。

 瞬時に間合いを詰められ、赤子をあしらうがごとく片手だけで弾き飛ばされる。既に精魂尽き果てた俺は、倒れたまま立ち上がるどころか身じろぎ一つまともにできない。


 奴が倒れた俺の前に降り立つ。奴の後ろから仲間たちも追ってくるが、速度が違う。これでは次撃には間に合わないだろう。俺の敗北は決定的だ。

 ……そもそも最初から、挑んだ時点で勝ち目などなかったのだ。


「何が、『彼』のようになりたい……だ。俺には何もないじゃないか。後悔も、そして覚悟も。こうしたいという目的さえ」


 そう、そんな憧れを幼少期から高校生になるまでずっと抱き続けた男が、何かの間違いで本当に変身できるようになったとする。

 現実と空想の区別もつかない愚か者が……だ。


「浮かれていたんだ」


 ヒーローがかっこいいのは、無償で愛と正義を提供しているからじゃない。あんなに明るいお兄さんでも、つらい過去と、苦悩と、痛みを背負っていて。それでも尚腐らず、へこたれず、意地を通して悪に立ち向かうから。

 だからかっこいいんじゃ、なかったのか……!!


「戒、何をしているの!? 避けなさい!」

「馬鹿野郎、何ぼーっとしてやがる!!」



 瞬間、俺は凄まじい衝撃に襲われる。ただ真っ直ぐ殴りつけられただけなのに、体は一瞬にして遥か上空まで打ち上げられた。


「ッ……」


 宙を舞いながら、俺は自嘲の笑みを浮かべた。だって笑うしかない。俺がしてきたのは所詮真似事だ。

 自分の為だろうが他人の為だろうが、戦うための強い意志がなければそれはヒーローとは言わない。

 そんなこと、俺が誰よりもわかっていたはずなのに。


 そのまま重力に従って地面に叩きつけられた。今のでどこか骨をやられた気がするが、もう何故か痛みすら感じない。


「てめぇ!!」


 普段何かと突っかかってくるあいつが、俺の為に怒り狂っている。


「これ以上させない!」


 どんな時でも毅然とした態度を崩さない彼女が、涙をこらえて剣を振るっている。


 ああ、やめろやめろ。やめてくれ――

 俺が悪いんだ。俺が悪いんだからこれ以上傷つかないでくれ。見捨ててくれて構わない。俺を差し出して慈悲を請うても構わない。お願いだから……


「逃げろ!!」


 そんな願いを仲間たちは聞き入れない。圧倒的力量差。仮に奇跡が起ころうとも、いや既に幾度となく奇跡を起こしていても、この差は縮まらないし覆せない。

 それでも彼らは戦い続ける。こんな俺を信頼してるから。必ず立ち上がり、勝ってくれると心の底から信じているから――


 既に朦朧とし始めた意識の中でも、武器と武器の激しくぶつかり合う金属音、そして仲間たちの悲鳴と怒声がはっきり聞こえてくる。彼らは今も俺を救おうと必死に立ち向かっているんだ。

 俺のような半端な『ごっこ遊び』を、物語の中のようなヒーローだと信じて。


「……ガッ」

「くぅ……!!」


 ゆえに必然、こうして倒れてゆく。俺が立ち上がらないから。どんなにどんなに待っていても、彼らに救いの手は差し出されない。そう理解していて、それでも尚俺の体は動かない。


「っ。ちくしょう……!!」


 何を馬鹿な。悔しがる資格なんて俺にあるとでも思っているのか。彼らの信頼、希望、勇気――その全てを裏切って。

 それからようやく自分は器じゃないんだと気づくような大馬鹿野郎。

 挙句の果てに、俺の愚かな選択のせいで…


「あいつを……殺したんだ!!」


 思わず漏れた慟哭が、雨の降りしきる広場に響いた。

 この都市のいたるところに点在する工場より吹き出た、煙とガスによって汚染されている雨は俺の纏う『鎧』をも浸食する。


 ……こんな惨めな気持ちは初めてだ。

 自分を――殺してしまいたい。


「終わりだ、侵入者」


 倒れた俺を見下ろしてくるのは、俺と同じく『鎧』を纏った戦士。


「さぁ」


 突きつけられた奴の得物。どうにかして逃げたいが、意識がどんどん薄れていく。

指先さえピクリとも動かない。


「戒!!!」


 ……仲間たちの俺を呼ぶ声が遠ざかっていく。

 俺は……俺は。何でこんな馬鹿な勘違いをしたのだろう。


 何の取り柄もない人間が突然不思議な力に目覚めて、世界を救う戦いに――なんて。そんな話、あるものか。

 それこそ俺の憧れるヒーローという概念から一番かけ離れているだろう。


 どこで間違ってしまったのだろう。何が間違いだったのだろう。やり直せるものならやり直したい。

 時間を遡って俺という『ごっこ遊び』を消してしまえるなら、どれだけ良いだろうかとそう思って……。


 そしてとうとう、この身の程を知らない哀れな男に……止めの一撃が振り下ろされた。

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