第3話 急落人生


 それから僕は負の部分を隠そうと必死に自分を偽って生きることになった。相談できる相手などいるはずもないし、露見すれば一生を棒に振るとわかっていた。


 だが、異常性癖の発覚は今まで優等生の鏡のような生き方をしてきた僕にはショックが大きすぎた。


 自分が最低の人間であるという罪悪感が常に脳を支配するようになり、勉強に限らずあらゆる物事に対する熱意が失われていった。


 無論、子供の面倒を見るボランティアには一切参加しなかった。自分がいつどんな暴挙に出るか予想がつかないからだ。


 いくら性的嗜好が異常とは言え、年頃の男子が性的な欲求を満たせないのはかなり苦しい。常に極度の欲求不満状態になった僕は性癖を隠すストレスも重なって家族に当たり散らすようになり、無理矢理連行された精神科で躁鬱状態を伴った統合失調症と診断された。


 二年生から治療を理由に休学し、翌年に退学。


 大検をとってなんとか近場のFラン大に入り、自分の性癖を治す目的で心理学を専攻したが、眠そうな目の教授が唱える体系的な机上の学問など何の役にも立たなかった。


 講義は同級生に代返を頼み、ほとんど出席しなくなった。


 部屋にひきこもり、パソコンの画面を見つめる日が続いたが、その生活のおかげで僕の心にはある変化が生じた。


 ネットを通じて、自分以外にもそういった性癖を持つ人間は多く存在することが分かったのだ。


 屈折した言い方だが多少救われた気がした。


 偶然知ったパスワードの必要な掲示板には幼児に対して性的な嗜好を持つ者たちのあらゆる心情が吐露されており、最初に見たときは眩暈がした。


 幼児への欲求をあからさまに叫ぶもの、ふざけて性癖を勲章のように自慢するもの、真摯に悩んでいるもの、理論的に説くものまで書き込みの内容は様々だった。


 彼らの多くは市販のメディアや独自のルートで入手した非合法な映像によって己の欲求を満足させているようだった。


 僕は彼らとコンタクトを交わし、そういったメディアを入手することで多少の欲求の発散ができた。


 発散するたびに自分の何か大事なものか黒ずんでいくようで酷くやるせなかった。


 虐待などという不幸な境遇の子をさらに性の対象に貶めるなど、人間を逸脱してもはや獣以下のクズだが、そのクズは他ならぬ僕自身だ。


 掲示板で出会った仲間に励まされ、何とか罪悪感が一線を越えることはなかった。


 性癖が発覚してから一番平和な時期だったと思う。


 だが、それも長くは続かなかった。


 就活の時期になったが、依然服薬は続いていて、他者との生のコミュニケーションの一切ない私生活を送っていたため、社会人としての自立は困難を極めた。


 就職はかなわず、卒業後は父の知人が店長を務めるスーパーで社会復帰を兼ねたアルバイトを始めた。


 そして、目が回るように働くうちに気がつけば十年が過ぎた。


 このまま何事もない人生を送れるかと思ったが、性的な欲求は衰えることなくむしろ負のエネルギーとして蓄積しつつあった。


 どこかでどうにかして発散したかったが、もはやメディアでは飽き足らず、方法も場所もどこにもない。


 不満が頂点に達し、いっそ刃物を持って暴れよう思い立った。包丁を持ち出して街に向かって歩いていたとき、誰もいない夕暮れの公園にうずくまる小さな兄妹を見つけた。


 身なりと臭いで虐待を受けていることはすぐに分かった。


 そして僕の脳は自らの欲求を満たすために、とある願望を一瞬で精神の根幹に根付かせた。


 この子たちを誘拐できないだろうかと。


 誘拐して、思う存分性の捌け口にできないか。


 この子たちと光景が目に浮かんでどうにも頭から離れなくなった。


 僕の中に、世間からすればあまりに迷惑な生きる気力が湧いた。

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