デッドエントリーズ

はいきぞく

よろしく空飛ぶ少年少女

第1話 死人は決して復活しない

 ギョロッと目を見開いて、青白い頬に朱の差した可愛らしい黒髪の男の子が、私に手を伸ばしていた。

 私はこの子が愛しかった。けれど、今、この手で彼を虚空へ突き落とした。

 幼い命を、この摩天楼の頂上から捨てた。なぜなら、多くの仲間が、家族たちがそれを私に望んだから。

 私は、セスカは母親である前に、この摩天楼の主人であり、この壊れてしまった日本を支える人柱で、そして神である。

 少年は私を呪いながら、地に叩き落され肉片に変わり、どこかへと流れていくだろう。

 この一瞬を多くの大人たちが、誰も、何も言わずに見ている。満点の星空を舐めるように篝火の光が静寂に踊るこの場には、彼に対し、同情、憐憫、義憤、痛快などなど、様々な感情が吹き荒れていている。

 私だけが空洞だった。でも、そんなものだろう、神なんて。こんなものだろう、神なんて。

 群衆の最前列にいた。名前も知らない元帥の一人が言った。彼は私を畏れている。

「獅子は子を谷へ突き落とすとは言いますが、絶対に助からない奈落には落としますまい。なぜ、神は天子を奈落に落とされるか」

 その質問に、他の狂信者たちが奇声を挙げて儀式の場に大喧騒が巻き起こった。

 私は静かに告げる。

「おまえ達がそう望んだから」

 だけど、その声は小さすぎて彼らの耳には入っていないようだった。私は儀式で選ばれた巫女を連れて、寝所に戻ることにした。

 この身が本当に神であると言うならば、どうか真に感情を昇華したい。

「今日は疲れた」

 寝所までの道すがらに、私は何度かそう呟いた。

 五月五日は地上では色とりどりの鯉が泳ぎ彩るこの国で最も美しい日だった。だが私はそんな日に、子供の為の日に子供を捨てて誰からも怒られもしないし、私の心はピタリと凪いだままだし、相変わらず最悪の人生である。

 一部始終を見ていた巫女の少女はあれに堪えているらしく、繋いだ手が小さくと震えていた。あれとこれは生まれた時から共に過ごしてきて、兄妹のような関係だったことを私はやっと思い出した。これが選ばれたからあれが死んだ。

 これがあれを殺したも同然だ。

 私がまだこれほどの年の頃は、自分が人を殺めたと、しかも無意識に殺めたと知ったらすぐに発狂しただろうね。

 これはそんな風に作られてはいないけれど……。

「……そういえば、おまえには名前がなかったな。さて、なんと呼ぼうかな」

 私が少女の名前を思案していると、彼女は握られた手をぎゅっと握り返して、丸まった背筋まで伸ばして力強く言ったのだった。

「私の名前はシエル、です」

「そう……シエルね。誰につけてもらったの?」

「……あの子、あれ……あれ?」

 シエルは歩くのをやめて、震えながら目を見開いてこっちを見ている。

 シエルに見られている私はいったいどんな顔をしている?

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