カルマの塔:テイラーズチルドレン
「右ィ!」
「承知」
騎馬が街並みを疾駆する。先頭はクレス、すぐ後ろにオストベルグ重装騎兵が続き、パロミデスらが後方に位置する形。クレスの指示であっちへ行ったりこっちへ行ったり、自分が何処にいるのかもわからなくなるほど駆け続けている。
瓦解した街、燃え盛る建屋。幾度となく敵軍と衝突し、クロスボウなどを装備した兵に嫌でも目減りさせられる頭数。それでも足を止める気配はない。
「これは、どこへ向かっているのでしょうか?」
「知らん」
「……知らんって」
「手足が頭の考えを理解する必要はない。手足ならば、な」
自分たちは手足、お前は何だとその眼は問う。
「知りたくば先頭に向かえ。この様子であれば止まる気はないのだろう」
「わかりました」
パロミデスは馬の足を速め先頭まで追い付いた。
「……何だ?」
「貴方が今何を考えているのか知りたいのです、クレス閣下」
「悠長な奴だな、敵の腹の中で」
クレスはため息をつきながらも一瞬、笑みを浮かべた。
「走りながら敵を探っている。あらかた情報は出揃った。動いている本陣に喰らいつくぞ」
「……動いている本陣? 王宮か塔が本陣なのでは?」
「お前馬鹿か? そうじゃないから動き回ってんだろうが。伝令の動き、流動的な敵の布陣、動き出しのタイミング、全部ズレてる。本陣を中心とした組織ならこうはならねえよ。初めは本陣を別に設けてるのかと思っていたが……それもズレる」
「だから動いている、と」
「ああ。信じられるか? 本陣が動きながら布陣も動く。指揮している将も化け物だが、それらを共有している部隊長クラスがやべえ。指揮者の意図を把握して指示と決まり事の中で全てが連動してる。一糸乱れぬ統率、一個の生き物みたいにな」
クレスは笑う。
「これがアルカディア、か」
乱世の覇者、その理由の一端を垣間見る。
○
白騎士が伝説を作った裏で、アルカディアと言う国が最も苛烈に戦っていた時期、白騎士は不在であった。七年にもわたる空白の時を支えてきた男と白騎士のために生み出された優秀な手足。
それらの連動こそがアルカディア最大の強み。
その手足を人はこう呼ぶ――テイラーズチルドレン、と。
○
「ケヴィンは悔しがっているでしょうね」
「だろうな。最後の祭りだ、茶番であったとしても」
彼ら、特に初期組やそれに近しい年齢層であの乱世を生き延びた者にとって、白騎士のフォロワーであるあの男に合わせることなど、目隠しをしても容易いことであった。
「本当に大事な駒、替えの利かない者ほどこの場に呼ばれないというのも皮肉な話だな」
「私たちは替えの利く優秀な駒、ですか」
「優秀と感じるかどうかは、敵次第だがな」
「では無駄話もほどほどに、上手く捌いてみせましょうか」
「そうしよう。全ては大恩ある陛下のために」
「恩返しをする機会など滅多にありませんからね。この太平の世では」
テイラーズチルドレンでも年長組である彼らは、普通の市民の出もいれば他国の奴隷身分に生まれウィリアムの下へ売られてきた者もいる。この二人は後者であり、それゆえに絶対の忠誠心と大き過ぎる憧れを抱いていた。
アンゼルムと同じように白騎士を目指し、模倣し、戦術レベルでは近いところまで辿り着いた。あの時代、世界中で出現していた白騎士もどきの中では間違いなく本物寄りであった。だからこそ、同じには成れない。
白騎士を勉強し、彼の用いた戦術を学び、それらをブラッシュアップしたことで彼らは勝ち続けた。新しく強い彼らはアルカディアの原動力で、白騎士不在の七年間は彼らの努力で十二分に埋められていた。黒騎士、白騎士の子供たち、彼らが成熟させ体系化した白騎士っぽさ、その時点で彼らは甘んじてしまったのだ。
現状維持に。
新しいモノは登場した瞬間から鮮度が失われていく。新しく在り続けることは不可能で、そのままの白騎士であり続けていた彼らはやはり本物からはかけ離れていた。同じに成ろうとすることでかけ離れていった。模倣する気も無かったカールの方がよほど白騎士らしかったのかもしれない。
それが分からなかったから彼らは偽者なのだ。
レノーの登場で彼らが成熟させた白騎士っぽさは完膚なきまでに打ちのめされた。新しい戦術が生まれ、白騎士らしい戦い方では勝てなくなった。だが、彼の再登場で皆が知る。
戦術レベルで近づこうとも、彼は容易くその上を往く、と。
ただ新兵器を投入しただけで破綻する程度のものを煮詰めていただけ。その差を知ってこそ今の彼らがある。ただ一つの歯車として、野心も無く、野望も無く、機能としての役割を果たす。
そう言う意味で、同じ方向性で統一された彼らは有用なのだ。
栄光と挫折、勝利と敗北。
「ご武運を」
「ああ」
彼らは自分が特別でないことを知っている。そして彼らは彼らがやるべきことも理解している。ゆえに歯車として彼らは機能する。
ベースを共有し、自ら考え動くこともできる。アンゼルムが出している最低限の指示で充分彼らは機能してみせる。だからこそこの離れ業が可能になっていたのだ。限定された範囲とは言え必要最低限の指示で最善を導き出し実行できる戦力。
それらは若き者たちには分かり辛く、それゆえに大きな差を生むことになる。
○
大通りが封鎖されたことで大部隊での動きが封じられ、戦力を分散しアルカスに張り巡らされている路地からの進軍を目指した。だが、其処を阻むのは白騎士流の戦い方を弁えた戦争経験者たち。
猛者、とはまた異なる誇り無き弱者の戦いをも許容する彼らは――
「卑怯な! 私と一騎打ちを――」
「嫌っすよ。自分、障碍者っすから」
徹底してぶつかり合うことなく、遠中距離のみで戦う群れ。クロスボウなどを用いて相手の足を止め、詰め寄って来る前に撤退しまた別のポジションで待ち伏せする。弱き兵の戦い方を熟知し、実行することに躊躇いの欠片もない彼らもまた白騎士の作品であろう。
「はいはいはいちゃちゃっと死ね」
かと思えば遊撃として暴れ回る歴戦の猛者もいる。
「退け」
戦乱の世を駆け抜けた英傑たち。トップにこそなれなかったが、それでも彼らは間違いなく綺羅星であった。鎧袖一触、実力も秀でているがそれ以上に戦う術を彼らは持っている。否、そもそも彼らにとっての実力と今の若き者たちが言う実力とは少し意味合いが異なるのだ。
強さの定義が違う。だから噛み合わない。
「白熊を知らんのか……勉強が足りん」
ただ、今この地で、戦争状態での強さは彼らの理が当てはまる。
「「「弱い」」」
ゆえに彼らは強者と成る。
弱兵と強兵、どちらも正しく機能させんと、役割を持たせたことで白騎士の軍勢は、アルカディア軍は飛躍的に強さを増した。
それらが流動的に、入れ代わり立ち代わり配置を変えてくるのだ。対峙する方としてはたまったものではないだろう。弱兵で削られ、深追いすれば強兵に急襲され削り切られる。弱兵に止められたならそもそもの戦術目的が果たせない。
配置が読み切れない。本当に一つの生き物のように彼らは動く。
タレント不足と言われたアルカディアが覇国にまでのし上がったのは、ひとえにこの役割分担と合理的な動きを煮詰めたからであった。
「……なるほど。相手が変化するなら、こちらも変化しなければね」
アルフレッドは懸命に指示を出し、相手の策を読み、自軍の動きを制御する。白騎士の作品と言えばこの『アルフレッド』もまたその一つである。盤上であれば大陸でも指折り、同時に複数の思考を回すことが出来る特異な強さも持っていた。
相手の動きから、あらかたの実態は掴めたが――
(駒の枚数が足りない。人数差を作っても、やり方に制限のない敵と、正義を演じなければならないこちらでは、数の持つ意味合いが違い過ぎる)
準備していたモノをほとんど持ってくることも出来ず、開戦せざるを得なかったアルフレッドにとっては読み切ったとしても、手に欠けるというのが正直なところであった。大人数の利も大きな通りをこんな形で潰されたなら意味を為さない。
「殿下!」
「……戦力を西側に集中させる」
「そこにはどんな意図が?」
「すまない。説明している時間はないんだ」
「……承知致しました」
最善を尽くしても拮抗するのが精一杯であるなら、やれることは持ち駒での勝負ではなく、先んじて指していた手を活かす方向であろう。
(匙一杯の塩で申し訳ありません。クレスさん)
今は耐える時間帯。相手有利な展開を捌き切った先に、勝機はある。
相手が一個の生き物であるならば、頭を潰せば機能不全に陥るはず。精密な軍であるほどに頭の重要性は大きくなるのだから。
○
クロード率いる騎馬隊は北門からアルカスへ突入した。北方から急行した彼らはそのまま休むことなく魔窟と化した都市に入り込んだ。立ち上る火の手の数にクロードは眉間を寄せるも、とにかく立ち止まらずに馬に鞭を打つ。
「王宮ですか?」
「……いや、立てこもるならあの塔が地形的に勝る」
「であれば……なんて塔でしたっけ?」
「知るか、たぶん決まってねえし、陛下『は』決める気もねえよ」
「……は、はぁ」
燃えている個所を見るに、おそらく仕手は王側であろう。クロードとて愚かではない。王都に取り巻く悪意の中心が賊軍であるはずの王子側でないことは理解していた。王がウィリアムでなければ即座に反旗を翻す状況。
それでも彼は恩人で、クロードにとって――
「急ぐぞ」
「承知ッ!」
迷いながらも進む。
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