オリュンピア:ヴァルホールの夜

「よお息子」

「……うげくそ親父」

 スコールと何となく顔を合わせ辛かったので、彼らが入らなそうな酒場で一人気付けの酒を軽く飲んでいたフェンリス。

 何故かそこに父親であるヴォルフが現れた。

 息子を拘束しながらひとしきりその辺の連中とはしゃいだ後、酒場を貸し切って二人きりの空間を作る。

 フェンリスにとって最高に居心地の悪い空間の完成である。

「んだよ」

「たまにゃあ息子と飲みたい親父の気持ちもわかってくれ……息子!」

「おま、今俺の名前忘れてただろおい!」

「なっはっは、そんなことないぞ息子よ。で、何飲む?」

「馬鹿かくそ親父! 俺ァ明日大一番があるんだよ。がっつり飲んだら明日に響くだろ!」

「俺の息子がそんなやわな造りになってないだろ」

「気構えの話だっつーの!」

「親父、酒! きつかったら何でもいいや」

「興味ねえなら最初から話振るなや!」

 フェンリスのツッコミも何のその。一人浴びるように酒を飲むヴォルフに、フェンリスは改めて駄目親父であると再認識した。

「スコールたちとは飲まなかったのか?」

「……別に」

「何だ一丁前に拗ねてんのかお前」

「ちげえよボケ! まあ、俺にとっては良い経験になったしありがたい話でも、全力で向かって来て負けた方に取っちゃ、多少しこりも残るだろって気遣いだよ」

「なるほどなぁ。お前は本当に馬鹿ちんだなあ」

「うっせえシメるぞくそ親父!」

「スコールな、あいつ、お前の兄ちゃん。俺は大分前から知ってるし、母さんたちも知ってる。本人は最初から知ってる」

「……ハァ?」

「昔、母さんに内緒で良く夜のお店に行っていてな。そこで金髪のどえらい上玉が当たったんでハッスルしたら、最後は逆に狩られちゃった。そんなこんなで――」

「おいこら冗談はやめろ!」

「最後の一線は気を付けてたんだけど足でがっちり拘束極められちまったんじゃ仕方ねえ。……ま、生命力が高そうで良い女だったよ。珍しく当たりの日だったんでよく覚えてるぜ」

「……冗談、なんだよな?」

「俺が冗談なんか言うと思うか? こんな母さんに知られたら怒られそうな話」

「……ふざ、けろテメエ! 何処まで母上たちを裏切れば気が済むんだよ!」

「人聞きが悪いぞ息子よ。俺はあの二人を愛している。ニーカは一番いい女だ。でも、束縛されるとな、やっぱ身体が自由を求めるっていうか……わかるだろ俺の息子なら!?」

「わかるかボケ!」

「まあその辺は俺も反省したよ。発覚した後母さんたちにもみっちり叱られたし」

「……いつか殺してやる」

「とりあえずスコールは腹違いのお兄ちゃんな。んで、問題だ。あいつとお前、現状でどっちが評価高いと思う? 俺でも母さんでも、ヴァルホールの人間なら誰でも良いぞ」

 核心を突いた質問に、フェンリスは言葉を失ってしまう。

「その沈黙の通り、スコールだ。腕っぷしはお前の方が上、それが証明されてなお、周りの評価が揺らぐことはない。何故か、わかるか?」

「……あいつは叩き上げで、経験も積んでいて」

「はい不正解。答えは単純だ。あいつは実績を積んでいる。お前、あいつの何が評価されて陸師になったか、理解していないだろ? 聞こうと思ったこともねえな」

「……ヴァルホールは傭兵の国だ。あいつくらいの腕っぷしがあったら」

「はい外れ。強さを評価軸にするなら、ユリシーズをそこに据えている。腕っぷしはあくまで付加価値、あいつの強みは、人の目利きと適材適所に配置できるそれなりの教養、だ」

「それがスコールの強み?」

「意外に思うだろ? でもな、そこがまたあいつの嫌なところなんだよ。そりゃあヴァルホールは傭兵の国で、強さを基準にすることが多い。あいつも最初はそれで目を付けられた。次第にのんびりしてそうに見えて要領が良く、融通利かせて柔軟に対応しながら現場仕事をきっちりこなして存在感を増していった。これまた意外だが逆にハティは、多少腕は立つが現場はダメダメでな、一気に評価を落としていたわけ。今よりもずっと頑固で融通が利かなかったわけよ」

「ハティが駄目だった方が意外なんだけど」

「だろ? んで、スコールな、ちょいと上に立ったら、自分が楽するためなのか知らんが、まあ上手いこと出来る奴を見つけてきてぽんとそこにはめ込むのよ。あいつは楽して、周りも適所で働けて、能率が上がる上がる。で、うちの母さんの性格分かるだろ? 出来る奴には楽させんと『上』に挙げて、その度に楽に、効率よく作り変えてしまう。気づけば、随分人が余るようになってな。結果としてドーン・エンドの一因にも成っちまったが」

「……知らなかった」

「一部の上層部だけが知る話だ。周りの連中には異様に出世の早い昼行灯にしか見えなかったかもな。でも部下からは好かれる。そりゃ自分に合った場所で働かせてもらえるんだ、しかも口煩く言われることも無い。そんでこれも大事だ。部下が失敗した時あいつが何をしたと思う? その全責任を負って、関係各所に相手が退くほど頭を下げまくった。好きにやらせつつ責任はきっちりとる。良い上官だろ?」

「…………」

「気づけば大出世したスコール君。次にあいつは、ハティを一気に自分の右腕に引き上げた。出世しまくった一方で、下で燻り続けていた同期を、だ。反発は、そりゃあ凄かったぞ。ハティは現場から頭でっかちの馬鹿とまで言われていたからな。でも、そこからはお前の知る通り、あいつは軍に欠かせない人材になった。机の上であいつに適う人材なんていなかったんだ。スコールは、まあぶん投げたらしいぞ。鬼のように仕事をぶん投げて、ハティが鬼のように回す。毎日喧嘩しながら、二人は加速度的に組織を変えていった」

「……それも、あくまで部下の、ハティの手柄にしたのか」

「やったのはハティ、あいつはそう言っていた。ハティが活きるところまで自分で駆け上がって、そこに最高の適材をはめ込んだのが、言ってしまえばあいつの最大評価だ。しかも、ハティもスコールの身の振り方を見て、気づけばそれなりに柔軟に成ったしな」

「だから、スコール『が』陸師だったのか、ハティじゃなく」

「誰かがハティを推しても本人が首を縦に振らんよ。お前が引き抜いた時も、スコールが行けと言わなかったらあいつはテコでも動かなかった。でもな、何か裏でやり取りがあったんだろ、ハティはお前についた。もしかしたらハティはそこでお前らの関係を知ったのかもな。本人に確かめたことはないけど。察している感じは、ある。ま、それはどうでも良いことだ。問題は、スコールは目立たんがとにかく優秀ってことだわな」

「その上で、血統的には大差ないってか」

「一応ニーカも王妃だけど、ま、ヴァルホールの大多数、サンバルトの人間からすりゃただの傭兵だ。あの姫さん、もう一人の母さんほどの人気はねえ。実績から言っても、スコールを上に立たせるってんなら、それほど角は立たんはずだぜ、言い方ひとつだけどな」

「……だから、何だよ」

「もうわかってんだろ。そんだけ優秀な奴が、俺の息子ってカードを使わずにここまで来た。全力で向かってきて敗れたあいつにしこりが残る? 笑わせんな青二才。勝とうと思えば、とっくにあいつは勝てる土壌を作っている。勝たなかった意味を、少し考えろ」

「…………」

「昨日、あいつが俺らに会いに来た。神妙な顔してるから、とうとう野心を出すのかと思いきや、あいつは――」


『フェンリス殿下が乗り越えると信じて明日は全力で戦います。本気の自分を踏み台にでもしなければ、この先はありません。我々ヴァルホールが勝利するために、どうか明日は黙って見守っては頂けませんでしょうか』

『フェンリスが踏み台に出来なかったら、どうすんだ?』

『その時は、私が代表として全力で戦います』

『その後は?』

『国に戻って殿下をハティと一緒に鍛え直しますよ。なに、大丈夫です。私は、殿下の強さを、器の大きさを信じています。殿下は必ずや勝利し、最強の看板を背負うでしょう。最強の殿下を頭として、最優の我ら車輪が回る。その轍こそ、ヴァルホール栄光の軌跡であると、私は確信しております』


「…………」

「俺が偉そうに言うことじゃねえが、信には報いろ。俺にはそれが出来なかった。ここから先、お前が時代に勝ちたいなら、あいつらの信頼に応え続けるお前であれ。あいつらが最強の看板を求めるなら、担いで、背負って、胸を張ってあいつらを働かせりゃ良いんだ」

 ヴォルフは酒を一気にあおって――

「俺は出来なかった。お前は……どうする?」

 フェンリスは、無言で酒をあおった。

 口の端からこぼれるほどの勢いで一気に飲み干した後、その眼に浮かぶ炎は、明らかに酒の熱量を凌駕し、今にも溢れ出しそうになっていた。

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