第29話 閑話 素直になれない彼女の選択

 私は火野美香。

 私には好きな人がいる。

 市原海斗、私の好きな人の名前だ。彼が私達の前に立ち、そしてピンチから救ってくれた時に好きになってしまった。

 いつもはちょっと馬鹿だけど、いざという時には凄くカッコいい、そんなギャップもまた好きになった要因だ。


 ただ最近、海斗君に女の影が見える。世界転移で飛ばされた先で出会ったノアと名乗ったお爺さんの弟子だと言うメイアさん。

 もしも2人の間に何かあったらと思うと夜も眠れない。


「これ!集中しなさい!」

「いたっ!何するんですか!?師匠。」


 手に持った杖で私の頭を小突いたのは私の師匠のリンダお婆さん。ノアお爺さんに紹介してもらい魔法を教えて貰っている。


「全く、ノアの所の小僧が気になるのはいいけど、今は修行中だよ、集中しな。」

「は、はぁ!?な、何言ったんですか!?私がなんであんな奴を気にしなくちゃいけないんですか!?」


 どうにも私は素直になれない。ついつい辛く当たってしまうのだ。もう少し素直だったら海斗君を落とせていたかもしれないのに…


「はぁ、もう修行開始から一週間、まだ魔法の一つも覚えられていないのは、そのせいだね。いいのかい?ノアの奴が言ってたよ。あの小僧はそう遠くない内に旅に出るって。」

「え…何を…言って…」


 旅に出る?私達に相談もせずに?


「聞いていないようだね。いいのかい?あの小僧は真剣に修行しているよ。1人で旅に出ても大丈夫なように。それに比べてあんたはどうだい。未だ魔法の一つも覚えられていない、そして真面目に取り組む気もない。そんなんだから置いて行かれるんだよ。」

「嘘…そんな…置いて行かれる?嫌よ!私もついて行く!」

「無理だね!少なくとも今のままでは!あの小僧だって分かっているだろうさ。自分一人の身を守るのが限界だって。」


 …あぁ、そっか。私はどこかでこのまま変わらぬ日々を過ごすものだと思ってた。でも、海斗君はそんなつもりは無かったんだ。

 …だったら私も頑張らなきゃ、こんな所で立ち止まっている訳にはいかない!


「師匠、私、頑張ります。あいつの為とかじゃ無いですけど、1人で旅に出すと何をするか分からないので、ついて行く為に。」

「あんたほんとに素直じゃ無いねぇ、それに、わたしゃ旅に出ていいとは言ってないんだけどね…」

「行くなと言われたって行きます。」

「勝手だねぇ、まぁ、いいよ。ただし、あの小僧に会いに行けるのは一つ、魔法を覚えたらにするからね。」


 そんな!?…でも、それくらいしないと追いつけなくなっちゃうし…


「………わ、分かりました…」


 海斗君に毎日会いに行けなくなるという代償を払って、ついに私の修行が始まった。


 修行は辛く厳しいものだった。

 そもそも魔法は魔力の繊細なコントロールが必要だ。下手な制御をすると体のマナが逆流し、最悪死に至る可能性もある。

 だからこそ、魔法の修行は集中を続けなくてはいけない。


 それでもなんとか海斗君について行く為に、私は集中し続けた。


 早く新しい魔法を覚えて、海斗君に会いに行くんだ。一つ言ってやりたいことがあるんだから。




 〜〜〜〜〜




 一週間後、私は海斗君に会いに来ていた。


「そっちの修行はどうかしら?」

「ま、ぼちぼちって感じかな?火野さんは?」

「一つ、魔法を覚えたわ。今度見せてあげる。…それよりあんたさ、旅に出るんだって?」

「っ!、そっちの師匠から聞いたの?」

「えぇ、それよりふざけないでくれる?」


 言ってやる。一週間前から思っていた事を、不満をぶつける。


「へ?」

「へ?じゃ無いわよ。分かんないの!?」


 何よ、その馬鹿面は。私は凄くイラついてんのよ。


「あんた、なんで私に言わないのよ!1人で旅に出ようとして、ばっかじゃ無いの!」


 イライラする。言ってくれなかった海斗君も、無駄に世話焼きの師匠も、何より素直になれない自分に。


「私だって一緒に行くわ!私が弱いって、足手まといだって思ってるなら大間違いよ!海斗君1人だと何しでかすか分からないから、ついて行くわ!」

「僕も行くよ。酷いなぁ、海斗は。なんで言ってくれないのさ?」

「………は、はは。 2人とも…ごめん、俺が間違ってた。

 もっと2人を頼っても良いか?」

「仕方がないわね、頼っても良いわよ、別に。」

「うん、僕も。もう少し頼ってくれよ。友達だろ?」


 ここ最近神出鬼没っぷりが常時化して来た翔太君も加わり、私達が旅に行くことが決まった。

 この1ヶ月と一週間後、私達は旅に出る。








 ただ、一つ気がかりがある。なんかメイアさんの海斗を見る目が前と違う気がする…


「あの〜、メイアさん?海斗君と何かありましたか?」


 メイアさんに近寄り、小声で話しかける。


「え?海斗と?う〜ん、守って貰った?」

「…えっと、海斗君に何か思うところがあったりしてます?」

「思うとこ?そういや、なんか最近あいつを見てっと、こう、モヤモヤする気が…なんか分かんのか?」

「え!?いえいえさっぱり!」

「2人とも何話してんの?置いてくよ?」

「すぐ行くわ。」

「待てよ!」


 走って行くメイアさんの後ろ姿を見て私は焦る。


 あぁ、早めに海斗君を落とさないと…


 私達は後を追った。この4人での旅が、始まった。

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