091 退魔腕1-4
目的が同じだという事で当然のごとくビビと同行することになった。
「それで、あんたはどこまでフンババの事を知っている?」
「あら、ヨシカゲちゃんこそ。そっちが先に情報を言いなさい、どうせ私の持っている情報の方が多いわ」
たしかに、とヨシカゲは頷く。
「たいした事は知らない。フンババがこの下水道の奥にいることしかな。俺たちはその調査に来たんだ。調査の後は臨機応変に対応するつもりでな」
臨機応変な対応にはもちろん、フンババの殺害も含まれている。
普通だったらこういった情報は外部には漏らさない。しかしヨシカゲは同業者であるビビの事はある程度信頼していた。このオカマのことは嫌いだったが、ヨシカゲはビジネスには私情を持ち込まない主義なのだ。
「そう、私はもっと深いとこまで掴んでるわ。フンババの目的は『王』の復活よ」
「『王』だと?」
「王様ですか。つまりお城ですか?」
リサの目がちょっとキラキラしている。こういったゴシックな雰囲気は大好物の少女である。
「そう、古代にこの世を支配した『王』。その復活を目論んでいるのよ」
「なんだそれ、王様を復活してどうするっていうんだ?」
「もう一度この世を支配するつもりでしょうね」
バカバカしい、とヨシカゲは一笑に付した。
科学万能と言われるこの時代に、たった一人の王が復活したところで何になる? 良いところがテロリストで、そいつがもう一度この世界中を支配できるわけがない。
だがビビはそれを本気にしているようだ。なぜなら彼女は先程、「世界が滅ぶ」と言ったのだ。
「その『王』とやらが復活したとしよう。それでどう世界が滅ぶんだ?」
「それは分からないわ。でもアフリカの古い遺跡にはその王についての記述があったの。それによると、『王はこの世の全てを支配し、この世の全てを破壊し、また再生する力を持っている』とあるの」
「まるで神じゃないか」
ビビはこくりと頷いた。
「まさにその通りよ。アフリカ原住民の間じゃあ、未だにこの『王』を神と崇めている部族がいたの。フンババはその部族のシャーマンよ」
「おいおい、ビビ。あんたまさかその遺跡に書いてあったとかい記述を鵜呑みにしたのか?」
「さあ。でもね、地球の裏側のアフリカではその『王』の復活のために千人単位の死人が出ているのよ」
「なんだと?」
「それも半分は自殺に近いかたちでね」
「つまりは生贄というわけですか?」
リサの言葉にビビはノンノンと指を振る。
「この場合は人身御供と言った方が良いわ。部族の人間はフンババを残して全員が死んだわ。後に残ったのは年老いた呪術師の老婆だけ。その女がわざわざ日本、それもこの腑卵町にまでやってきた。これってかな~りヤバイ事態だと思わない?」
「フンババはこの町で『王』を復活させるつもりなのか?」
「十中八九そうでしょうね。そのための触媒もあるわ」
そうなれば、たしかにヨシカゲとしても困ることになる。
ヨシカゲの退魔師としての仕事はこの町の住人を守る事だ。だからもしも訳のわからない古代の王などが復活すれば、住人にどのような危害が加えられるか想像もできない。
「じゃあ殺すか」
「ま、私はもとよりそのつもりよ」
ビビのウインクを華麗にスルーした。
「それにしても、その王様もこんな下水道で復活させられたら嫌ですよね」
「あら、言うわねえ。そういえば名前をまだ聞いてなかったわ、メイドちゃん」
「リサです。名字はありません、ただのリサ」
「そう、リサちゃんね。私の事はビビ、もしくはビビ姉さんと呼んでくれても良くってよ」
「ビビさんですね」
「ふふ、我が強いのね。ヨシカゲちゃんにはピッタリの娘かもね」
「おい、無駄話は終わりにしろ。さっさと行くぞ」
「あら、照れてるの? ねえ、もしかしてヨシカゲちゃん照れてるの?」
そんな訳はない。
ヨシカゲはとにかくフンババを排除したいだけなのだ。鬱陶しいビビを無視する。
それにしてもこのビビというオカマは光源の一つも持たずにこんな場所を歩いていた。夜目がきくだとかそういう問題ではない。まさにバケモノのような目をしているのだ。
ふと、リサが気づいた。
ビビの手がおかしい。左に比べて右手が異様に長いのだ。
ヨシカゲがあまりに普通に接しているせいで何も思わなかったが、明らかに右手だけが長い。それに右手には赤いテープのようなものがグルグルと巻かれている。それは最初ファッションなのかと思った。ビビはタイトなモード系の服を着ていたので、そういうファッションも有り得そうだった。
しかし違う。
よく見ればその赤いテープにはビスのようなものが無数に刺さっている。
あれは本当に腕なのだろうか? リサには腕だと言い切れる自信がなかった。
「それにしてもヨシカゲちゃん、大きくなったわよね」
先頭を行くヨシカゲにビビが後方から話しかける。ビビが真ん中、リサは殿の形となっている。
リサは前を歩くビビの手を凝視する。
「最後に会ったのは一年くらい前だったかしら?」
「覚えてねえよ」
「あれから強くなったかしら?」
「さあな」
二人の会話は気心が知れている。リサは戦闘要員ではないのでこんな会話はできない。
――良いなあ。
と、ちょっとだけ思った。
ヨシカゲが立ち止まる。同時にビビも止まった。
リサだけは数歩すすみ、ビビにぶつかりそうになった。
「どうしましたか?」
「敵だ」と、ヨシカゲが短く言う。
「リサちゃんは戦えるの?」
「そいつは自衛程度しかできない。俺たちで行くぞ」
「りょーかいよ」
「くそ、気持ち悪い声を出すな。気が散るだろ」
「あらぁ、ごめんなさい」
ヨシカゲは日本刀を、そしてビビが短刀を抜いた。
リサはカンテラを抱える。
闇の中からぬっと、巨大な何かが姿を現す。それは鼻を引くつかせて、背筋を曲げた二足歩行でこちらに歩いてくる。
「チュー、ジュッーッ!」
いきなり、吠えた。
それは人ほどの大きさもある巨大なネズミだ。名付けるならばラットマンだろうか、手には鉄パイプを持っている。人間もどきと言ったほうが良いのかもしれない。
「汚いドブネズミですね」と、リサは思わず言ってしまう。
それでラットマンは激高したように叫んだ。
「あら、なかなかの煽りスキルね」
ビビが目を細めて笑う。
ヨシカゲが前に出た。刀を振り上げる。
ラットマンは鉄パイプを横にしてそれを防ごうとしたが、無駄だった。受けようなどと考えるべきではなかったのだ。
鉄パイプごとラットマンは縦一文字に切り裂かれた。
浴びるだけで伝染病にでもかかりそうな汚い血が溢れ出す。
「なんだ、こいつ?」
殺してから、ヨシカゲは初めて疑問に思ったように言った。
「突然変異でしょうか?」
「いいえ、たぶんフンババの使い魔ね。アフリカじゃあ多いのよ」
そのフンババの使い魔であるラットマンは闇の中からぞろぞろと出てきた。
「リサ、下がってろ」
「きゃっ! ちょっとヨシカゲちゃん。そんなレディに対する態度を覚えたの! ビビ姉さん感激よ! ついでに私も後ろで待機したようかしら?」
「お前は俺の前だ、最前線だ!」
「やれやれだわぁ」
二人が前に出る。ヨシカゲの言った通りにビビはかなり攻め入る。ラットマンに囲まれるほどに前に出ながらも、まるで旋風のような勢いで敵をズタズタと斬り倒していく。
さすがはヨシカゲと同じ退魔師というべきか。驚愕すべきは右腕をほとんど使っていないことだ。左手の小太刀と長い足を駆使した蹴り技を主体に戦っている。
「おほほ!」
ビビの身長はどれほどだろうか、かなりの長身だ。おそらくは190センチオーバー。これでオカマをやっているのだから、軽くホラーである。
やがてラットマンは全滅した。
周りは
「いい運動になったわ」と、ビビ。
「リサ、怪我はないか?」
「はい、無傷です」
「そうか」
その確認はヨシカゲにとって当然の事だ。なにせリサもこの町の住人であるからして、彼女を守るのもヨシカゲの仕事の一つなのだ。
しかしビビは絶対に勘違いしている。ニヤニヤと笑いながらヨシカゲとリサを交互に見つめる。
二人が刀をしまった。周囲にはもう敵はいないのだろう。
「ビビさんのそれも、ご主人様のものと同じ退魔刀なんですか?」
リサは先程からビビが振り回す小太刀を指した。
「ええ。ちょっと事情があれて折れちゃったから小太刀に打ち直したけれど、ほとんど同じものよ」
「何本もあったんですね」
リサはてっきりヨシカゲの持つ一振りだけかと思っていたのだ。
「ま、何本かあるな」
ヨシカゲが少しだけ言いたく無さそうにしている。それを敏感に察せられないリサではない。この話はあまりしないほうが良いのだろうと気づき、愛想笑いで話を終えた。
ヨシカゲがまた先頭を歩き出す。
「ねえねえ、ヨシカゲちゃんとどんな関係なの? どこまで行ったの?」
ビビが小さな声でリサに聞く。
「どこにも行ってませんよ、ご主人様はこの町から出たがりませんので」
ビビが不満そうな顔をする。
ちょっと意地悪だったな、とリサは思った。
「私とご主人様は、メイドと主人。それ以上でもそれ以下でもありませんよ」
「今は?」と、ビビ。
「今はまだ」とリサ。
二人は笑いあった。
ヨシカゲが何かあったか、とでもいうように後ろを振り返った。
「どうした?」
「なんでもないわよ」
「はい」
「女子トークよ、ヨシカゲちゃんは入ってこないで」
「ふん、オカマが」
「シスターボーイ!」
リサはくすりと笑った。
ご主人様は苦手だなんだと言いながら、この人のことをけっこう気に入っているのかも知れない。そう思ったのだ。
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