絶対、君とは付き合えない――。

@kaihou5ryuto

第1話 いたずらなカミサマ

好きになったはずの君を余り覚えていない。

君は俺の……何? 

君は私の……何だ?

いつからだろうか。

君の事を好きになっていく度に、くだらない内容でも、俺達だけにしかない思い出は泡沫のように消えていく。それを思い出すことは決してない。

そして、また君の事を好きになっていく度に、私達だけにしかない思い出は泡沫の様に消えていく。

作っては消えて、消えて、思い出はやっぱり消えていて。

そして君のことを忘れた時、

俺は……、私は……いつのまにか君を見てしまう。

でも、これだけは言える。

「「君とは絶対、付き合えない」」


   ⁂


俺こと思作潤しさくじゅんは、高校三年生だ。全員部活は引退し、きたる受験の日に向けて勉学に勤しんでいる頃である。

お昼休み時間、弁当を忘れてしまった俺は教室の一番前にある自分の机の椅子に呆然と座り込んでいた。親が弁当を作り忘れたのでなく、弁当を持ってくるのを単純に忘れたのだ。右隣にいるイツメンのボサボサ髪こと寝癖君と、寝癖君の右隣には夜更かしでもしたのか目の下に大きなクマを飼っている阿藤君が、どんどん弁当に口を付ける。二人の食べているオカズの全てが冷凍食品なので手抜き感満載ではあるが、今の俺は何でもいいから食べたくて仕方がなかった。

「なぁ、一個ぐらい別けてくれても罰は当たらないんじゃないか?」

 空腹のあまり二人に問い掛けると、寝癖君がチッチっと人差し指をメトロノームの様に左右へ振った。

「潤く~ん。それは駄目だな~。弁当を親が作ってくれなかったのなら一個くらいあげても良いけど、親が弁当を作ってくれたにも関わらず潤く~んは弁当を持ってき忘れてしまった。一目瞭然、自業自得だから渡せないんだな~」

「けちくそ……」

 自業自得と言う四字熟語が出現した時点で反論の余地を失った俺は、一言だけ呟いて大きく項垂れた。

 すると、

「あのさ……」

 眠いのを我慢しながら食べている感じの阿藤君が、欠伸をしてから眠たげに言った。

「神島綾乃さんに、頼めばいいんじゃない?」

「神島……綾乃ってアノ神島綾乃?」

「そうか、そうだよ。神島さんに頼めば喜んで渡してくれるんじゃないかな~」

 寝癖君と阿藤君が二人で納得している中、俺は全く理解が出来なかった。

 神島綾乃。クラス内で一番美人といっても過言ではない女子生徒だ。身長は165㎝くらいでスタイル抜群・黒い長髪を丁寧に結ったポニーテールに玲瓏たる紺碧の瞳。クラスには他にも一人や二人のポニーテールの女子はいるが、神島綾乃は別格だ。なんと表現すれば分からないが兎に角美しい。

 それに加えて神島綾乃は誰とでも仲良く接せて、クラスのムードメイカーでもある。俺は神島綾乃と何度か言葉を交わしたことはあるが、決して弁当をくれるような仲ではない。

なのに何故、二人は神島綾乃に頼めば弁当を貰えると断言しきっているのだろうか? 困惑を隠せない俺は率直な疑問を訊ねた。

「おいおい二人とも。何で神島綾乃の名前が挙がってくるんだ。俺は別に彼女と弁当を渡すとか貰うとかの仲になった覚えなんて微塵も無いし何より、神島綾乃と言葉を交わした回数は指折り数えるくらいだぞ」

「いやいやいやいや待てよ潤く~ん。冗談キツイんだな~。一昨日あんなに仲良く帰って、しかも帰り道にはカフェで一緒に仲良くお茶した仲じゃないか~。恍けたって意味ないんだな~。阿藤君も知ってるよね……って寝てるし」

 阿藤君は言いたいことだけ言って、眠ってしまったらしい。弁当箱の中身を一瞥すると既に完食されている。寝癖君は肩を竦めて呆れているが、俺にはあきれる暇もない。

「俺と神島綾乃が!? いやいや絶対、何かの間違いだって。一昨日、俺は普通に一人で家に帰って……ん、帰ったんだよな? 昨日は確かに一人で帰ったのは覚えてるんだけど」

「そりゃあ昨日、神島綾乃は気分が悪いからって一日休んだからな~。でも今日は元気に登校してきたし、何の問題もなさそうだな。しかし、何でそこまで疑問形なんだ?」

「いや、何でって言われても」

釈然としないが、寝癖君達が嘘を吐いているとは思えない。仮に嘘だとしても神島綾乃の名前を出すだろうか。他にも女子は何人もいるんだ。この期に及んで何故、神島綾乃なんだ。

 思わず俺は後方に振り返り、神島綾乃を含む六人構成のグループを見つめた。

(俺が神島綾乃と……いや、そんな……でも)

 幾ら記憶を整理しても神島綾乃と行動した記憶の欠片――一つもない。

 それどころか一昨日は一人で帰ったのか、誰かと一緒に帰ったのかさえ曖昧だ。

 昨日の記憶はあっても一昨日のちゃんとした記憶が見つからない。

 そう考え事をしながら見つめていると、三つ編みの女子が俺の視線に気づいて何やら慌ただしい仕草をし始めた。


      ⁂

「綾ちゃん、綾ちゃん」

三つ編みの女子生徒、三坂凛は急に慌ただしく話しかけてきました。凛が危うく持っていた弁当箱を落としそうになりましたが、ギリで回避。 

ご飯やオカズが四方八方に吹き飛ぶことなく済みました。

一安心した所で私は問い掛けます。

「危ないとこだったね。それで凛、どうしたの?」

「どうしたのこうしたのも無いよ。潤君がこっち見てるんだよ、綾ちゃん」

「もしかして潤君が、凛のこと好きなんじゃない!?」


「「「「「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」」」」」


純粋に感じたままの事を発言したのですが、凛を含めた私以外の五人が絶叫しました。それは瞬く間に教室全体は勿論、教室の外にまで響き渡りました。至近距離での絶叫に、驚いた私は椅子から転げ落ちそうになりましたが、ギリギリで回避します。

「ちょっと何で皆、びっくりしてんの!? 意味分からないんだけど」

「意味分からないってこっちの台詞だよ、綾ちゃん!」

 血相を変えた凛は私の両肩を激しく揺さぶると、こう言いました。

「一昨日あんなに仲良く一緒に帰って、近いうちに彼に告白したいってまで言っていたのに、どうしてさっきの発言が出来るの?」

「凛、ちょっと待って。私が潤君と一昨日、一緒に帰ったの?」

「そうよ。カフェにも行ったんだからね。そして一昨日の夜にメールくれたじゃない。いつの日か告白しようって」

「待って、一度、記憶を整理するから」

 ゆっくりと落ち着いて一昨日の出来事を整理します。

 私は学校が終わってからすぐに帰りました。凛たちとは別方向に家があるので私は一人で帰りました。そこに潤君の介入はない……はずですが、思い出せません。一人で家に帰ったはずなのに、帰宅するまでの背景の何もかもを思い出せないのです。

 それに私が潤君と話した回数は指折り数える程度。告白するまでの仲ではありません。ただ凛達の絶叫と真剣に話すその姿から、それらが嘘とも思えませんでした。

 頭の色んな部分が焼き付きそうな異常さを感じ取った私は冷や汗を垂らします。その刹那、凛が再び声を漏らします。

「潤君、弁当を忘れちゃったようだよ」



「うるさいな、さっきの声。人が眠ってるときに」

女子たちの絶叫によって起こされた阿藤君は最高潮に機嫌が悪くなった。寝不足の自分が悪いとしても、他人に起こされる程に鬱陶しいものはない。

阿藤君は完食し終えた弁当箱を片付けると、のそのそと教室から出てどこかへ行った。俺が思う以上に機嫌が悪いのかもしれない。

五校時目の授業までに阿藤君は教室に戻るだろうと予想し、俺は女子グループから目線を外し正面へと顔を戻した。

「やっぱり何も思い出せないな。神島綾乃という存在を知っていても、神島綾乃とそこまで親しかった覚えはないな」

「ん~、そうなると潤く~んは要するに神島綾乃との思い出は何もかも忘れてしまったってことだよね」

「だって知らんもん」

 俺は平然と答えると寝癖君は難しい顔つきになりました。

「どうした?」

「いや潤く~んさ、これと似たような出来事って前にもあったよね、ほら? 神島綾乃と二人でゲーセンに行ったっていう証拠にも無い目撃情報が入って、潤く~んと神島綾乃本人に確認したら行ってないってことが分かったって」

「確かに、そんなこともあったな」

 一か月前だろうか。クラス内で俺と神島綾乃がゲーセンで遊んでいたと根も葉もない噂が立った。今でも目撃者は誰なのか不明だが一時期は、その話題で持ちきり。結局それは俺と神島綾乃のマジ顔の否定で収束を迎えたが、ゲーセンに行ったであろうその日の出来事を俺は覚えていなかった。まさに今回と類似している事象である。

「多分、潤く~んもそうなら彼女も同じく覚えていないだろうね。俺の予想だと、それは思春期症候群っていう特別な症状だよ」

「思春期症候群? そんな病気が在んのか?」

「いや、潤く~んのために即興でその事象に名前を付けただけだよ」

「本当にある病気だと思ったんですけど。この流れで冗談はよせ」

「悪い悪い。しっかし二度ある事は三度あるっていうしね。あ~、まだ二度だけか」

「いや、違う」

「違うって?」

「確証は無いけど、俺はこの感覚を二度ならず三度、酷ければそれ以上。この釈然としない感覚、スッキリとしない濁った違和感。自分が気づいていないだけで、何度も同じ体験をしているのかもしれない」

 胸の中のざわめき。事の真相を知りたいなら俺は全てを曝け出して神島綾乃と話す必要がある。実際は何度も親しく話していたのだろうが、現状は指折り数えるくらいしか会話した事の無い状態。

ある程度の緊張は走るが、それらを振り解いて腹を割るしかない。

そうこうして立ち上がった瞬間、眼前から澄んだ声が俺を呼んだ。

声の主に視線を配ると、ポニーテールの女の子――神島綾乃が照れくさそうに俺に向けて一個のお握りを渡してきた。コンパクトなサイズで食べやすそうだ。一粒一粒の米に艶があり、程良い食欲を誘ってくる。

「これ、鮭のおにぎり。あげる。だけどその代わり、二人で話したいことが在るから屋上に来て……」


神島綾乃は俺に条件を告げてきた。



屋上。壮大な光景に広がる街並み。自分たちの住む町は今日も良く賑わっている。地上から屋上まで伝わる自動車の駆動音に、最寄りの駅から発車する列車の駆動音。何も変わらない平和な日常に、何も変わらない日常に疑念を持ち始めた二人は屋上で対面する。

屋上の白い柵に背を預けた俺は、隣で同じ態勢にいる綾乃に声を掛けた。

「さっきの、お握り有難う。うまかった」

「そう……なら良かった」

 安心したように口元を緩ませると綾乃は、緊張を和らげるためか深呼吸に努める。テンポが定まらない綾乃の呼吸音に傾聴しつつ、俺は言った。

「俺も、二人で話したいって思ってたんだ。一昨日に……」

「知ってる……というか知らされた。凛からね。一昨日カフェに潤君と一緒に行ったらしいんだけど何も覚えてなくて」

「同じだ」

「え?」

「俺もだ、一昨日の事を何も覚えていない。帰宅したっていう事実しか覚えてないんだ。なのに俺は君と仲良くカフェに行ったんだってさ」

「潤君も私と同じ……なんだ」

「一か月前かな。ゲーセンで俺と君が仲良く遊んでいた件の話、覚えてる?」

「うん、根も葉もない噂って扱っていたけど」

「俺達は本当に二人でいたのかもしれない」

「うん、自覚はないけど私達は同じようなことを繰り返してるのかも」

 どこか悲し気な表情の綾乃は唇を噛み締めると、俺の手をギュッと握った。

とっても暖かく、綾乃の哀しみの感情が伝わってきた。

「私は君に告白するって意気込んでたんだって。馬鹿だよね、そんなこと言っといて、君との思い出を忘れるなんて。本当に私は最低な女だよ」

 ポロポロと顔を真っ赤にして涙を流す綾乃は俺の胸に顔を預けた。

 どうしようもなくなった俺は思わぬ状況に恥ずかしさで顔を赤くする。

「俺も最低だ。君が俺に対してどう思ってるのかも知らずに過ごしてきたそのツケが回ってきたんだ。だけど俺は君とは絶対付き合えない」

「なん……で」

「互いが互いを好きになっていく程に、俺達二人で築き上げた思い出は容赦なく消えていくんだと思う。単なる予想だけど」

「神様って……いじわる。いじわる、いじわる。私達のことなんて二の次なんだ」

 悔しそうにする綾乃は膝から崩れ落ちる。

 そして……

「だったら私が神様にイジワルをしてやる。叶わない恋だとしても!」

 涙ぐんだ目を何度も拭った綾乃は息を荒くして立ち上がると、こう告げた。

「この言葉が無かったことになっても良い。この思いが無かったことになってもいい。だから……

       私は潤君の事が大好きです!!!」


「俺も……大好きです」





 















 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

絶対、君とは付き合えない――。 @kaihou5ryuto

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ