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サカサキ・タワーの地下二階のラボにハツキの父、タツヒコ・サカサキはいた。
一階のエントランスではまだ大勢の
ラボの中はいたって静かだ。
タツヒコの目の前には密閉された特殊なガラスケースがあり、その中には半球型の
ぶ厚いガラスケース内はマイナス200℃以下の超低温に保たれている。
やがてこのエミュレータに娘ハツキの脳から取り出された全ての情報が
タツヒコは複雑な表情で、実際の人間の脳と同じくらいの大きさの量子脳エミュレータを見つめていた。
この装置を生み出したのは彼自身だった。
タツヒコは元々、サカサキ製薬の研究員だったが、ゲンドウがその優れた才能を見出し婿養子として一族に迎え入れたのだ。
タツヒコの背後から杖をつきながら近づく足音があった。
ゲンドウ・サカサキだ。
「ミズキは大きな間違いを犯した。ハツキを救う方法がここにあるというのに・・・」
ゲンドウはタツヒコの横に並んで立ち、ケース内を見つめながら言った。
「本当に、これでいいのでしょうか・・・」
タツヒコはゲンドウの方を見ずに呟いた。
煮え切らないタツヒコの言葉にゲンドウは鼻を鳴らして笑った。
「ハツキを失った時、最も打ちひしがれるのはお前達自身なのだぞ?」
「それは・・・」
「すでに幾度も議論した通りだ。人間の思考は突き詰めれば一種の複雑なアルゴリズムなのだ。自由意志は幻想に過ぎない。だがそれ故に脳の完全なデータと脳に匹敵するコンピュータがあればハツキはここに再生する。ミズキのやっている事は単なる現実逃避に過ぎない!」
ゲンドウは杖の先を床に叩きつけながら実娘に対する怒りを露わにした。
ゲンドウはここ数ヶ月で杖を使うようになっていた。
「タツヒコ、君は自ら生み出したこの装置をもっと誇るべきだ。残念ながら今の予算ではこの一機が限界だが、ハツキの手術が成功すれば頭の固い投資家どもに認めさせて、いずれ量産化する。これでサカサキ一族だけでなく多くの人間が死の定めから解放さ・・・」
ゲンドウは言い終えないうちにぐらり、と身体が傾いた。
「お義父さん!!」
タツヒコはゲンドウに駆け寄りその身を支えた。
ゲンドウは杖を支えにして立ち上がると、タツヒコの手を振り払った。
「娘がさらったハツキは、じきエージェントがここに連れてくる。戻り次第手術の準備だ」
「しかし、書類は・・・!?」
「書類!?ハツキの病状の進行は予想より遥かに早い・・・。手遅れになるのだぞ!」
ゲンドウはそう言い放つと憮然としてラボを後にした。
◇◇◇
夜、サカサキ・タワーの最上階のゲンドウの執務室からはマルドゥック
エージェントが奪還したハツキが昏睡状態で車椅子に乗せられ、ゲンドウとタツヒコの前に連れてこられた。
プリオン病が発症してからハツキは意識混濁する事が多くなった。
横に控えていた顧問弁護士がタブレットをハツキの前に差し出した。
手術に同意するための書面が表示されており、指紋認証を取ろうとする。
無論ハツキは意識がないため、弁護士が勝手に少女の手を取りタッチパネルに押し当てようとした。
「この
ハツキの手首に嵌められた金色のブレスレットが唐突に喋った。
その場にいた皆が一瞬固まった。
「そして
ブレスレットが告げるとフロアの窓からごとり、と音がした。
見ると大きな靴底が二つ、窓に張り付いている。
いや、大男が窓の外に直角に立っているのだ。
「時間だ。ハツキ・サカサキの
ブレスレットが告げると同時に大男が派手に窓を蹴り破って入ってきた。
「事件屋の犬どもが!ここは私のオフィスだ」
ゲンドウが毒付くと武装した私兵達がフロア内に姿を現した。
「邪魔すれば執行妨害で罪に問われる」
ボイルドの言葉にゲンドウは耳を貸さない。
「構わん。殺せ」
「好きにするがいい」
ボイルドは口の端を少し吊り上げながら言った。
私兵達は一斉にサブマシンガンをフルオートで発砲したが、大量の銃弾は風圧で押し戻されるように全て大男から外れ、窓を破って外へと飛び去った。
ボイルドの持つ、
今度はボイルドが懐からでかいセミオートのハンドガンを取り出すと、猛烈な勢いで連射した。
私兵どもは次々となぎ倒されていく。
こんな撃ち方をすれば普通の人間なら腕がいかれるだろうがボイルドにとっては心地よいくらいだった。
やがて私兵達が無力化されると、天井からあの男が吊り下がってきた。
【
黒い暗殺者だ。
吊るされた男はチャクラムを二つ取り出すとボイルドに向けて投げつける。
チャクラムは
背中から抜き放った
ボイルドの喉元に切っ先を突き付ける。
「どうだ?その男も
ゲンドウが得意げに言う。
「なら、この男自身の感想を聞いてみたいものだな。少しも喋らないようだが?」
「ふん、ハツキの精神を転送するエミュレータはそんな安物とは違う。完全に精神が再現されるのだ。孫の手術の邪魔だ、消せ。」
ゲンドウが命じると暗殺者は剣を上段に構えた。
「ボイルド!!」
ハツキの腕から離れたウフコックが駆け寄る。
「ウフコック、銃になれ!!」
ボイルドの手に滑り込んだウフコックが
だがそれは銃ではなく、
美しい形状のカタナ(大太刀)だ。
「な!?」
ボイルドは戸惑いに眉根を八の字に歪めた。
「背後に保護対象者がいる。大火力の武器は使えない」
ウフコックの言う通り、暗殺者の向こうにはハツキがいる。
「使い方は分かるな?」
「ちっ!!」
ボイルドは舌打ちしながらも、暗殺者の振り下ろす剣を擬似重力を発動させて止めるとカタナで弾き飛ばした。
「魂を
隙を突いてボイルドは刃を男の頭頂部から股下へと一気に斬り下ろした。
淀みない見事な斬撃だった。
暗殺者は真っ二つになりフロアに倒れた。
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