デウスギア

赤地 鎌

第1話 かの者

 2022年、とある革新的なコンピューターシステムが誕生した。

 量子力学と超ひも理論により多次元効果が証明された現在、空間をメモリーや演算システムとして活用する装置が完成する。

 そのシステムの名は、セフィロート・システム。


 セフィロート・システムは内部に無限の演算空間を構築し無限に演算が出来る画期的なコンピューターシステムだ。

 かくして、人類は無限の演算記憶媒体を手に入れて、実現不可能だった核融合を可能にして、空気中の大気汚染物質を資源としてリサイクルする技術を編み出し、安定的な発展を約束された…が。

 その無限のコンピューター、セフィロート・システムを使ってとある事業が世界で広がる。

 精神障害者の雇用だ。

 セフィロート・システムを維持にするには、どうしても人間の調節が必要だ。

 無限に演算と記憶能力を増やすシステムを前に、人間の手作業では限界がある。

 そこで、アメリカで開発された脳とコンピューターを繋げるブレイン・システムを使い、人間の脳とセフィロート・システムを繋げた。


 だが、問題が勃発する。

 セフィロート・システムが、人間の脳を自身のシステムの一部と認識して、取り込んでしまう。

 それが発覚した後、セフィロート・システムに取り込まれても大丈夫な者達がいた。

 それが、精神障害者達だった。

 精神障害者達の脳には、何らかの不備がある事は、最近の研究で分かっていた。

 セフィロート・システムが、その精神障害者の脳内にある脳内ネットワーク不備を自身のシステムの一つとして取り込み、そこだけで浸食する作用を止める事と、セフィロート・システムの浸食影響で精神障害が軽微になる事まで分かった。

 政府は、精神障害者の雇用と健康が維持できるとしてセフィロート・システムへのブレイン・システムよるダイレクト接続への仕事を精神障害者に強引に斡旋した。

 

 それを生み出す社会的な要因は、全て解決する事無く。

 

 そして、精神障害者になった者は一生、セフィロートのシステムに繋がれて世の中の為に使われて当然とする風潮が世界に蔓延した。

 精神障害者は、普通の人達に迷惑を掛けるのだから、世の中を支えるシステムの一つになれる事をありがたく思えと、差別的な考えが広まった。



 そんな世の中で生きる一人の男性。年齢は41歳、名前は中山 充

 彼もまた精神障害を20年以上も抱えている。

 二十歳の若くして、中山 充は統合失調症、陰性を頻発する症状に悩まされ、何度も転職を繰り返し、現在は脳とセフィロート・システムを繋ぐダイレクト接続の手術を受けて、セフィロート・システムの仕事を自宅でやっている。


 世界にいる精神障害者の殆ど、いや…全ては、各国々の政府が強硬に推し進めるセフィロート・システムへのダイレクト接続によって更に巨大で膨大なセフィロート・システムのパワーを世界は手に入れた。


 中山 充は、セフィロート・システムでゲームの仕事をしていた。

 セフィロート・システムを使った本格的、体感型仮想世界-SVW。

 ジャンルは魔法と科学が混じったファンタジー世界で、ダンジョンを創造運営している。


 中山 充の職場は、所属する総合ゲーム会社、煌天堂が構築した無限ダンジョン世界・ゴッドワールドという無限オープンワールドゲームのSVWで超巨大なダンジョン・ワールドを構築、そのダンジョン・ワールドの主として日々、ダンジョンに挑む者プレイヤー達を楽しませている。


 中山 充が創造維持するダンジョン・ワールドはエデンズ・アーク(天空楽園への方舟城)というゲーム世界で作ったシステムで管理されている。


 エデンズ・アークは、地上から遙か成層圏を越えて伸びる直径二キロになる近代的な塔が地上に伸び、巨塔の最上部、高度5万キロの最上階は、傘の骨組みのように広がった柱型コロニーが幾つも四方へ広がり、コロニーの一つの長さは1500キロ、幅は50キロ、その傘の骨組み型に広がった大陸級のコロニーだ。

 そのエデンス・アークの下には円周40万キロの地球サイズのゲーム世界があり、その管理をしている。


 エデン・アークの下にある広大な世界には、初心者から中級者が楽しめるモンスターを配備、中心のエデンズ・アークへ近付く程、上級者になり、エデンズ・アークの内部に入り、中腹まで来られるのは、レベル150から200クラスの超級者となっている。

 因みに、最上階は不条理の塊だ。マックス設定のレベル300でも攻略不能。

 それでも挑んだ価値はある、派手なエフェクトの召喚獣アイテムが手に入ったり、ゲーム内で使える大きな権限が付与されたり、挑んだ価値がある特典を与えて、内容が濃いゲームの運営をしている。

 その努力のお陰なのか、常時30万のアクセスがある。


 まさに、中山 充が管理するエデンズ・アークのオープンワールドは、国家クラスの人数を獲得している。

 多くの人気を得て、雇い主の煌天堂に売り上げを計上しているのに、貰っている給料は、精神障害者という事で精神障害者基準の最低限だ。

 それがこの時代における、日本の、世界の精神障害者に対する認識なのだ。


 そんなエデンズ・アークでの中山 充の存在はデウスギア(神なる機械)だ。

 今日も、中山 充ことデウスギアは、エデンズ・アークで、様々なアイテムや、サービスを設計していた。


 デウスギアである中山 充の姿は、人ではない。

 三メータ半の巨体で、脚部や胸部に背面、腕は装甲に覆われた機神だ。

 背面には、翼のような突起が伸びて、一メータサイズの巨大な装甲の多腕が無数に生えている。

 

 中山充(デウスギア)は、エデンズ・アーク内にあるモンスター製造システム達を前にする。

 デウスギアの巨体が丸ごと入る巨大水槽には、設計したモンスター達が浮かび眠り、出撃を待ち構えていた。


「今回のアイテムを獲得出来るモンスターは…コイツで…」

と、デウスギアは大型の鎧モンスター達を解放するスイッチを押す。

 モンスター達を収納した幾つもの巨大水槽がそれを掴める巨大ロボットアームによって掴まされ、地上に投下する発射台に入る。

 大きな音をさせて、プレーヤーがいるフィールドへ落とされる。


 今回のプレーヤーが相手をするモンスターは、週に一度あるイベントのモンスターで、倒せば、貴重な素材である白銀鋼(ミスリル)が手に入る。

 白銀鋼は高性能な魔法防具や武器を作るに必要で、このモンスターを狩ろうとプレーヤー達が楽しく遊ぶだろうと、計算は出来ていた。

 因みに、投下されたモンスターは設定の数だけ、自動複製される。


 イベント期間の時間中、複製された全て倒されない限り途絶える事はないだろうが…いかにせん、最近、プレーヤーの人数が増加している。

 モンスターの自動複製する速度以上で狩り倒される可能性が高い。

 だが、それも数限定で、楽しめるから良いのかもしれない。

 要するに、与えすぎや少なすぎは、ゲームの飽きが早くなる。

 程良い数が一番いい。

 それを調べる為の今回のイベント、試金石のモンスターでもあるのだ。


 中山充(デウスギア)は、試金石のモンスターがどのようになるかチェックしようと移動をすると、目の前にキャラ達が現れる。

 一人は六対の翼を持つ大天使の女、もう一人は翼手の多翼を持つ悪魔タイプの女のアシストAIキャラだ。


「調べるので付いてこい」

と、デウスギアはAIキャラに告げると、AIキャラの二人は後に続く。


 デウスギアは、水晶で構築された宮殿の奥の王座で、今回のイベントの逐次データを見詰める。

 デウスギアが座る王座の周囲には、イベントのデータや映像が投影され、プレイヤー達が必死に楽しんで、投入されたモンスターを狩って白銀鋼(ミスリル)を手にしている。


 デウスギアの王座の両脇には、先程のAIキャラがデータを集計する作業をしている。

 大天使と悪魔の二人の周囲には、目まぐるしいデータの光が飛び交っているが、二人のAIキャラは演奏するように、飛び交うデータをタッチして処理する。

 

 デウスギアの目の前に、集計が出る。

「んん…まずますか…参加人数50万とは…。今回のイベントによって生じたパッケージアイテムと装備の売り上げは…一億か…。悪くない」


 デウスギアは、ここ一ヶ月の売り上げの計上を出すと、数億に届いていた。


 もう、これ以上の料金回収は、プレイヤー達に批評が出てくる。

 よって放出を始める頃合いだ。

 所謂、バラ撒きである。貴重アイテムを作り出す素材を獲得するポイントの放出を行う作業を始める。

 

 こうして、お客(プレイヤー)に飽きられないようにする。

 人間、自分が一番に得するのが大好きなのだ。


 一ヶ月に及ぶ、アイテム獲得ポイントの放出を始める。


 処理されている状態を見ているデウスギアの前に、煌天堂のメールが来た。

 今月の数億円に達する売り上げの賞賛と、今後の活躍を期待するという、何とも定例文のメールだった。

 そして…新たなオープンワールドでのゲームの創造を命じる辞令。

 今のオープンワールドを別の者に担当させる移動命令だ。

 別に珍しい事ではない。

 うま味が出てくれば、それを欲するのは人間の性質、強欲。


 デウスギアである中山 充は項垂れる。

「また、始めからやり直しか…」


 こういう事は、もう三回目だ。

 

 デウスギアの中山 充は、セフィロート・システムで構築した自分のシステム、エデンス・アークの移行作業も始めた。


 おそらく、今後、エデンズ・アークで作ったこのオープンワールドは別の管理ダンジョンが配置され、その管理者がここを運営するだろう。

 自分のような障害者ではない。チャンとした誰かが…。


 おいしい所を横取りされるのに、中山 充は慣れてしまった。

 所詮、それが世の中の性であり、当然とされる一般的という考えなのだ。


 中山 充は、エデンス・アークのシステム移行を粛々と開始する。

 その両脇には、先程の大天使と悪魔の二人が見ている。

 大天使の身長は170くらいで白を基調としたドレスに情熱的な体格の女性だ。

 大悪魔は身長が150くらいの小さい方で、深紅の鎧に身を包んでいるだが、その胸部は大天使より立派だ。大きな果実を二つ持ち、鎧でもそれが分かるくらいだ。

 このキャラを設計したのは自分なので…趣味全開で何とも言えないが…。

 このエデンス・アークに存在する全てのキャラは、デウスギアである中山 充がメイキングした。

 そのレベルは、レベル250からマックスのレベル300でエデンス・アーク内のダンジョン維持用から、レベル90からレベル110の雑務の一般AIキャラと幅広い。


 中山 充はデウスギアの三眼で、こちらを見詰める大天使と悪魔の彼女達を見詰める。

 システムのAIキャラなので感情はない。

 だが、何となくだが…これで良いのですか?

 そんな感じに中山 充は思えた。


「ふ…」と中山 充は皮肉に笑む。

 何となく自分の内面がそう思っているから、見詰められるとそう感じるのかもしれない…と。

 そんな皮肉を抱えて中山 充は、エデンス・アークの移行操作を開始した。

 目の前に移行完了のメモリが出る。

 これが一杯になったら、別のオープンワールドにいるだろう。


 がんばっても後で誰かが取っていく。

 これが自分の人生か…。


 そう思いつつ、中山 充はログアウトした。

 移行には一日かかる。その間、自宅待機だ。

 ログアウトを開始した次に、ログアウト画面に、次にある一斉ログインのお知らせが出る。


「ああ…もう、そんな時期か…」

 セフィロート・システムには三ヶ月に一度、ダイレクト接続する全員が同じ時に同時接続しなければならない事がある。

 セフィロート・システムの増強と、ダイレクト接続による領域拡大が目的らしい。

 世界には一億数千万人近い精神障害者がいる。

 一億数千万人によるダイレクト接続を持っている精神障害者の義務みたいなモノだ。


 次の世界同時刻ダイレクト接続は、十二時間後。

 日本時間の真夜中の24時。

 面倒だが、義務なので仕方ない。

 まあ、ダイレクト接続専用のベッド席で、ちょっとダイレクト接続すればいいので、終わったら寝るつもりだ。



 中山 充はログアウトして現実世界に戻る。

 部屋のベランダから見えるお昼の空を見て

「そうだな…本当に小説や漫画みたいに異世界に行けたら…。エデンス・アークの連中と」

 思うも否定で頭を振り

「そんなバカな事、あるはずもないか…」




 真夜中の世界同時接続の時間が来た。

 日本では真夜中、ヨーロッパでは17時、アメリカでは9時。

 世界中にいるセフィロート・システムに繋がる精神障害者のダイレクト接続が始まる。

 それは何時もの事だった。

 

 中山 充の同居している両親の母親が

「まあ、何時もの事だから。終わったら電気を消してね」

 そう言い残して風呂へ向かう。


「はいよ」と中山 充は肯きダイレクト接続の時に横になるベッド席に入る。

 ベッド席にあるコメカミの下にある接続部を押さえるヘッドホン式端子が、中山 充に接続され、ベッド席の保護シールドが被さり、中山 充はセフィロート・システムに接続する。

 何時もの、エデンス・アークの内部へ。


 七色トンネルの接続風景を見て、そろそろ到着すると思っていたが…。

 出た場所は、エデンス・アークではなかった。


「え?」と中山 充は困惑する。


 そこは光が飛び交う黄金の空間だ。そこに膨大な数の人々が浮かんでいる。

「なんだここは?」

 中山 充は困惑して周囲を見渡す。

 無重力のように浮かび、全く動きが取れない。

 それはそこにいる人々も同じだった。


 そして、その黄金の空間の中心に一人の全身にローブを纏った人物が佇んでいる。


 そのローブの人物が空間に浮かぶ者達の全員の脳へ直接、言葉を送る。


”諸君、良き新たなる人生の旅を…”


 その言葉の次に空間に浮かぶ者達が、光に包まれて流星の如く何処かへ跳んでいく。


「ええええ! なんだこれ?」

と、中山 充は怯えるも光に包まれた。

「クソ!」

 中山 充が光を払うように手を振った瞬間、中山 充の人としての体がセフィロート・システム内のデウスギアになる。

「接続が! 戻ったのか!」

 デウスギアになった中山 充は、自分を覆う光を薙ぎ払い。次に全身ローブの人物へ突進する。

 デウスギアになって、浮かぶしかなかった空間で動く自由を得た。

 

 デウスギアの中山 充以外に、十数名の者達、人型ではない者達も全身ローブの人物へ飛翔する。

 多分、セフィロート・システム内での姿だろう。


 全身ローブの人物に、デウスギア達が突進するも、全身ローブの人物の背後から九つの装甲の龍が伸び、その顎門から光線を放つ。

 その光線と、デウスギア達が衝突し拮抗すると、全身ローブの人物が

「これはこれは、これ程の神度に達した者達がいたのだなぁ…。この時空の世界に光輝書(ゾディファール・セフィール)を授けて正解だったなぁ…。いや、ここではセフィロート・システムだったか…」


 全身ローブの人物が両手を胸部で合わせ

「私の名は、王水の多頭龍(ヒュドラ) またの名を天災恩恵(ジェネシス)とも…言われる」


 王水の多頭龍が胸部に位置させた両手に暗黒が集中して

「では、超位者(ザラシュストラ)を得た者達よ。もっと強くなった時に、再び相見えようぞ」

と、両手に集まった暗黒に星々の輝きが宿り、それを向かって来たデウスギア達に投げた。


 放られた宇宙のような渦は、一気に広がってデウスギア達を呑み込んだ。


 強烈な宇宙の渦に呑み込まれてデウスギア達は、この空間から消えてしまった。




 デウスギアこと中山 充は、宇宙の渦に翻弄され何処かの惑星へ入った。

「クソがーーー」

と、三メータ半の巨体の結晶多翼の力を全開にして勢いを相殺して、何とか何処かへ不時着、木々をなぎ倒し地面を数百メートル滑り止まる。


 はぁ…と息を吐きデウスギアの中山 充は立ち上がり「ここは…」と困惑するも、直ぐにログアウトして今回の事を報告しようと、ログアウト画面を出そうとするも

「え? 出ない? ええ?」

 必死にログアウトを探すも見つかるのは、システム画面だけだ。

そして、ある事に気付いた。

 空気を自分が自然と吸っていて、それに匂いがある。

 不意に、地面を触れると現実とおなじ湿った地面の感触がした。


 セフィロート・システム内では匂いはない。地面もふれると、ただの無機質なプラスチックの感触しかない。絵が張り付けてある体育館の床と同じだ。

 故に、現実とセフィロート・システム内とで区別がついた。


 だが、明らかに現実と同じ感触が周囲にあった。


 困惑して周囲を見回していると

「デウスギア様ーーーーー」

 呼ぶ声が空からした。


 デウスギアの中山 充は空を見上げるとエデンス・アークのサポートをする大天使のミラエルと、悪魔のルシスが

「デウスギア様ーーー」

と、呼び掛けて降りてくる。

 その二人の背には、遙か空の上にあのエデンス・アークが大気圏を越えた高度で佇んでいた。


 デウスギアの中山 充は驚きの顔で

「何が起こったんだ?」

 それしかなかった。


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