番外編『俺の従妹がDカップ女子小学生のはずがない!?』

 この春、俺こと公暁 輝政(くぎょう・てるまさ)は、親父の海外赴任にともなって、高校生活の残りの2年間を親戚の家にお世話になることになった。

 北関東のはずれにある丁越市は人口15万人弱の地方都市だ。JRの駅に急行は止まるが新幹線の駅はなく、ド田舎ではないもののお世辞にも都会とは言えない。

 そんな丁越市内にある叔父さんの家に下宿することが決まった当初は、「高校2年にして都落ちか~、ついてねぇなぁ」と思っていたんだが……。

 10日前にこちらに来た時から、俺は親について南米に行かなかったことを一度たりとも後悔していない。なぜなら──俺は、此処で“天使”と巡り遭ったからだ!


 「おにーちゃーん、朝だよー」

 春眠暁を覚えずというわけで、布団の中で目が覚めきらずにぐだぐだしている俺を、可愛い女の子が毎朝起こしに来てくれる。

 バフンという擬音とともに、べッドに仰向けに寝ている俺の脛の上あたりに飛び乗ってくるのが、俺の母方の従妹である水原 朝実(みずはら・あさみ)ちゃん。

 世界一有名なビーグル犬の絵がプリントされたピンクのトレーナーに、膝上10センチのデニムのスカートと、白の三つ折りソックス。髪型はセミロングのオカッパという、誠に小学生らしい格好なのだが……。

 身長165センチで、体格(とくにバスト)もそれに準じて発達している朝実ちゃんが、そういう子供っぽい服装をしていると、決して似合ってないわけじゃない(むしろ雑誌モデルにしたいくらい可愛い)んだけど、コスプレ感が著しい。

 朝実ちゃん、顔立ちもそれなりに大人びているから、化粧してそれなりの服着せたら、女子高生どころか女子大生でも通りそうだもんなぁ。

 某小学生バスケアニメにも高校生並みの長身&グラマーな娘が出てたけど、アレがリアルにいたら朝実ちゃんみたいな感じなのか。そりゃあ、主人公もドキドキするよな~。

 実際、俺としても、こう無邪気な態度で懐いてこられると、5歳年上の従兄としては、どう反応していいか戸惑うというか何と言うか……。

 ──まぁ、そんなコト言いつつ、俺の視線は、朝実ちゃんの動きにつれて揺れる推定Dカップの胸に釘付けになっているわけだが。

 「あ、お兄ちゃん、起きた?」

 俺が目を開けたことに気付いたのか、小首をかしげる朝実ちゃんの様子が実に愛らしい。

 「う、うん、おかげさまでね。起きて着替えるから、どいてくれるかな、朝実ちゃん」

 「はーい!」

 いい返事だ。でも、“れでー”なんだから、お淑やかな動作に気を配ろうね。あまり激しく“動く”と、ただでさえ元気なお兄ちゃんのナニが、ヤバいことになっちゃうから。

 (君はとても素直でいい子だが、君のチチがイケナイのだよ!)

 ……などと、くだらないコトを考えて煩悩をまぎらわせつつ、制服に着替えてから、階下に降りる。


 「ぐっもーにんえぶりにゃん!」

 「おはよう、輝政くん」「おはよう、お兄ちゃん」

 俺の間の抜けた挨拶にも真面目に返事してくれるこの家の人達は、つくづく人が良いと思う。

 ちなみに、ダイニングにいるのは、先程起こしてくれた朝実ちゃんと、俺の母親の妹である真沙子おばさん。血縁上“おばさん”と表記はしたけど、小六の娘がいるとはとても思えないくらい若々しく美人な女性だ。

 この家の主で、真沙子さんの夫である金吾おじさんは、会社が遠いせいで朝早く──7時前に家を出ないといけないらしいので、とっくにいない。

 「輝政くん、もうこっちの学校には慣れた?」

 「ええ、まぁ、なんとか」

 ……といった世間話をしながら朝ご飯を食べる。 

 ウチの両親は共働きで薄情にも俺を起こさずにさっさと自分達だけで食べて出勤してたから、実家にいた頃はよく朝飯抜きで登校してたけど、かわいい妹分に起こしてもらったうえ、暖かい朝食が食べられるってのは、やっぱいいよなぁ。

 「あ、お兄ちゃん、おかわり、朝実がよそってあげるね!」

 「おお、ありがとう、朝実ちゃん」

 「んしょ、んしょ……はーい、召し上がれ、あ・な・た♪」

 「うん、ありがと、お・ま・え」

 そのお礼と思えば、こんなおままごとみたいな小芝居に付き合うのも全然苦にならない。

 ……なーんて、調子に乗ってたら、意外な方向から奇襲が来た。

 「あらあら、この調子なら、孫の顔を見られる日も遠くないわねー」

 ──ぶふぅっ!!

 「ちょ、真沙子さん、気が早過ぎっす! 朝実ちゃん、まだ小学生じゃないすか!」

 「あら、じゃあ、「気が早い」だけで、もらってくれる気はあるのね?」

 「え、えーと……」

 外堀を埋められてる?

 助けを求めるために視線を向けた朝実ちゃんの方も、満更ではない顔で「ポッ……」なんて言って両掌を頬に当てている。

 いや、確かに、美人で可愛くて、小学生と思えないほどオッパイも大きくて、気立てもよくて、俺のことを兄と慕ってくれてる朝実ちゃんは、年齢を除けばこの上ない良物件だけれど!

 (さすがに、まだ淫行罪でつかまりたくはないんじゃー!!)

 なまじ体が年不相応に発達してるだけに、下手に恋人(て言うかこの状況だと許婚か?)認定したら、1、2年のうちに絶対手を出しちまう自信がある。

 「そ、その件は、朝実嬢が義務教育を終えた暁に、改めて話し合いたい所存でございます……おっと、そろそろ時間が危ない!」

 「あら、確かに。朝実、あなたも急がないとね」

 露骨な話題逸らしだったが、真沙子さんも単なる冗談だったのか、追求せずに流してくれた。

 「わ、ホントだ。んぐんぐ……」

 一生懸命お茶碗のご飯を頬張ってる様子が、大人びた顔とミスマッチでとても可愛い♪

 ──って、俺も急がないと!

 俺は皿に残った自家製ベーコンとスクランブルエッグを口に詰め込み、ちょっと冷めかけたお茶で無理矢理流し込むと、「ごちそーさんでした!」と言い残してから洗面所に向かった。

 10秒で洗顔とうがいを済ませ、ささっと手櫛で寝ぐせを直し、そのまま2階の部屋にまで戻る。

 今日の分の教科書を押し込んだ学生鞄を手に階段を駆け下り、玄関まで来たところで、赤いランドセルを背負った朝実ちゃんと鉢合わせしかけた。

 「きゃっ!」

 「ぅおっと! ごめん、大丈夫かい?」

 無理矢理衝突を避けたために姿勢を崩した朝実ちゃんを、とっさに抱きとめる。

 「う、うん、お兄ちゃん、朝実は、だいじょぶ」

 俺の腕の中で我が従妹殿は、ちょっと頬を赤らめている。

 (ん? この体勢って……)

 か、完全に抱擁ハグしてるじゃねーか!

 11歳(朝実ちゃんの誕生日はもちっと先の6月だ)とは思えぬボンキュッボンに発達した柔らかな女の子の肢体と密着していると自覚した瞬間、「離れんとアカン!」と「離したくねぇー!」というふたつの感情の葛藤が俺の中に湧き上がった。

 心の中で血涙を流しつつも渋々前者に従って、朝実ちゃんを立たせてあげる。

 「じゃ、じゃあ、俺はもう行くよ」

 なるべく朝実ちゃんの方を見ないようにしつつ、靴を履き、ドアに手をかける。

 「あ、待って待って、朝実も行くぅ!」

 俺の心の葛藤を知ってか知らずか、朝実ちゃんも笑顔でそう言って、ピンクのスニーカーを履いてついて来た。

 可愛い妹分、しかも微妙に罪悪感(おいめ)のある娘のお願いとあっては、無碍にできない。

 結局俺は、通学路が分かれる場所まで、朝実ちゃんと談笑しながら早足で歩くことになるのだった。


 * * * 


 「ちっス、ぉぁよー」

 「お、来たなリア充野郎」

 教室に入って挨拶するなり、事実無根の罵倒を投げかけてくるのは、クラスメイトの梶原余市。

 こちらの学校に転校してきて、席が隣りなのが縁でよく話すようになった友人1号だ。

 「誰がリア充だよ! 自慢じゃないけど、年齢=彼女いない歴だっつーの」

 「いや、だって、前に言ってたじゃん。若くて綺麗な叔母さんと、美人の従妹がいる家に下宿してるなんて、SNEG(それなんてエロゲ)状態でウハウハだって」

 「ウハウハだなんて言っとりゃせんわ! 未亡人ならともかく叔母さんはちゃんと旦那さんがいるし、従妹って言ってもまだ小学生だぞ」

 まぁ、煩悩や妄想をまったく刺激されない……と言えば正直嘘になるが、そこまで教えてやる義理はない。

 「なんだ、リアル『Kan○n』状態じゃないのか。お前には失望した。帰れ!」

 「どこにだよ! まだホームルーム前だっつーの」

 ──などとくだらない事をダベっていたところで、担任の白河先生が教室に入ってきた。

 「おーい、みんな、席に着けー」

 と、いつもの如く退屈なホームルームが始まるかと思ったんだが。

 「欠席者は……いないようだな。よし。北条さん、入って来てください」

 白河先生が、教室の扉の向こうに呼び掛ける。


 「し、失礼します!」

 萌えキャラを演じる女性声優みたいなキンキン声の挨拶と共に教室に入って来たのは、「女性」というより「女の子」という表現が似合いそうな、幼い印象の小柄な少女だった。

 俺と同様身長170センチ強の北畑先生との対比からして身長は150センチ以下、たぶん145センチちょいくらいだろう。服装はいわゆるリクルートスーツっぽいグレーのツーピース。

 チェルシーブラウンに染めた髪を、アメリカンドラマのキャリアウーマンみたく後ろでシニョンにまとめ、シルバーフレームの眼鏡をかけているが、幼い顔立ちとまるで合ってない。

 季節外れの転校生かと思った皆の予想を、少女自身の言葉が裏切る。

 「今日からこの学校で3週間、教育実習を行うことになった北条朋絵です。よろしくお願いします」

 ──な、なんだってーー!?

 たぶん、クラスメイトの大半が心の中で、そう叫んだと思う。

 いや、だって、高校生どころか中学生と言うのも怪しい外見の女の子が、教壇の前でそんな妄言吐いたら、誰だってそう感じるだろう?

 当然、クラスの中は、「ざわ…ざわ…」という表現がピッタリの騒ぎになった。


 ところが、その「北条朋絵」という名前を聞いた時、俺の脳裏に何とも言い難いモヤモヤしたものが浮かんできた。

 「ほうじょう、ともえ……ともえ…………あっ!」

 ピカッ! と古典漫画なら豆電球のひとつも光りそうな勢いで、5年近く前の古い記憶を思い出す。

 ──ガタッ「もしかして、ともえ姉ちゃん?」

 思わず立ち上がって指差しながら、そんな言葉を口にしていた。

 「ぉ…ハムテルくん?」

 どうやら向こうも気が付いたようで、懐かしいアダ名で呼んでくる。

 「お、おい、公暁、知り合いか?」

 梶原の質問に半ば上の空で答える。

 「あ、うん。4歳年上の母方の従姉だ」

 そう、今はっきり思い出した。

 俺の母親は三人兄妹で、妹の真沙子さんのほかに、兄(つまり俺からすると伯父)の北条輝明さんがいる。その娘が、ここにいる朋絵さんってわけだ。

 「あ~、親戚どうし積もる話があるのかもしれんが、とりあえずこれから授業だからな。雑談は放課後にでもしろ」

 白河先生の誠にごもっともなツッコミが入って、俺(と朋絵さん)は、「やらかしてしまった」ことに気付いて、真っ赤になるのだった。


 * * * 


 「ょぉ、リア充野郎」

 「てんどんかよ!? 誰がリア充だ誰が!」

 いろいろグダグダになった一時間目が終わり、白河先生と教育実習生の姿が教室の外に消えた途端、梶原の奴がニヤニヤ笑いとともに話しかけてきやがった。

 「いや、だって、下宿先の環境に加えて、合法ロリな従姉のねーちゃんが、自分の学校に教育実習にくるとか、まじでエロゲかラノベの主人公でもない限り、そうそう巡り合わない萌えシチュエーションだぞ?」

 「う゛っ……そ、それは、まぁ、確かに」

 ただし、リアルにそういう状況に放り込まれた本人が、嬉しいかどうかは別問題だ。

 「そういや、なんで、お前、ハムテルなんて呼ばれてたんだ?」

 「ああ、出会ったころは「テルくん」だったんだけど、あの人の親父さんは輝明(てるあき)って言うんだ。カブってややこしいから、なんか某漫画で「公輝(まさき)」って名前の人のあだ名が「ハムテル」だったのを真似て、そう呼び始めたんだよ」

 「“公”暁“輝”政だからか。なるほどなー」


 そんな他愛ない話を梶原としつつ、俺はあの人のことを考えていた。

 (──にしても、とも姉が教師ねぇ……)

 まぁ、昔っからあの人は面倒見が良かったからなぁ。

 親戚の集まりがあったときなんか、俺とか朝実ちゃんとかの年少組を、あの人が見ててくれ、て……。

 (あ、あれ?)

 あの頃のとも姉って、高校生くらいだったけど、もっと背が高かったような……。


 * * * 


 親戚に「ちょっと美人な年上のお姉さん」がいる人なら理解してもらえると思うんだが、5年前──小学6年生だった当時の俺にとって、高校生になったばかりの朋絵さんは、憧れの女性(ひと)だった。

 初恋なんてマセたもんじゃない。ただ、その頃はウチの親の仕事も今ほど忙しくなくて、真沙子おばさんや輝明おじさんの家とは結構行き来があったし、盆暮れ正月や法事のときに、3家が顔を合わせることも多々あったのだ。

 俺も朋絵さんも朝実ちゃんも一人っ子だったから、自然と疑似的な姉弟妹(きょうだい)関係が生まれて、“ともえ姉ちゃん”には、色々世話を焼かれるようになっていた。

 「きれいでやさしいおねえさん」に小学生の男の子が、憧憬と反発の入り混じった複雑な感情を抱くだろうことは、まぁ、おおよそ想像できるだろう。

 もっとも、俺が中学に上がる直前に、ウチの家は大阪に引っ越し、こちらの水原家、北条家とも微妙に疎遠になった。

 水原の叔父さん叔母さんや、北条の伯父さんなんかは、大阪のウチに何度か来たことがあるけど、朋絵さんや朝実ちゃんには、再会するまでのこの5年近く一度も顔を合わせていない。

 たとえば、幼い頃の思い出の場所──児童公園とかに、大きくなってから久しぶりに行くと、意外なほど狭く感じられる……ってのは、確かにあるだろう。

 実際、この5年間で俺も結構成長したと思う。身長は20センチほど伸びたし、マッチョってほどじゃないにせよ、それ相応にガタイもよくなった。中一の夏に声変わりもした。

 その俺が5年ぶりに、たぶん当時すでに成長期は過ぎつつあった朋絵さん──“ともえ姉ちゃん”と会えば、男女の身長差などもあいまって、相対的に小さく感じられるのは当然の話……って理屈は、まぁわかるんだけど。

 うーん、何かひっかかるんだよなぁ。


 その“何か”が気になった俺は、放課後、廊下で見かけたとも姉に声をかけて話をしようとしたんだけど……。

 「ごめんなさい、ハムテルくん。私、教育実習のことで、しばらく忙しいから」

 申し訳なさそうにそう言われては、無理強いもできない。

 「いや、こっちこそ、とも姉の都合も考えずに押し掛けてゴメン」

 そもそも、いくら親戚──イトコ同士だからって、在校生が教育実習生と一緒に帰ろうと誘うのは、色々問題があるよな。

 冷静に考えれば気がつく、そんな当り前の事に思い至らないくらい俺はヒートアップしてたらしい。

 「あ、俺、今こっちでは真沙子おばさんの家にお世話になってるんだ。もし暇ができたら、とも姉も遊びに来てよ」

 「──そうね。気が向いたら、ね」

 その歳の割に幼げな顔つきに似合わぬ、アンニュイな表情で小さく笑うと、とも姉は職員室の方へと去って行った。

 「とも姉、何か悩みでもあるのかなぁ」

 そのどこか寂しげな表情が気になりつつも、俺も家──水原家に帰ることにした。


 「ただいま 「おかえんなさい、お兄ちゃん!」 ぉわっ!?」

 玄関に入り、靴を脱ぎながら帰宅の挨拶をするのとほぼ同時に、廊下の向こうから飛び出してきた朝実ちゃんが抱きついてくる。

 素直で可愛い妹分に満面の笑顔で出迎えられて不愉快なわけがなく、むしろまた梶原の奴に「リア充死すべし!」と罵られること必至な状況なワケだが……。


 ──ふにふに……

 (ぅお! 朝実ちゃん、あたってる、ふたつのやーらかいモノが当たってるって!)

 思わず鼻の下が伸びそうになるのは、哀しい男のサガってことで。

 「う、うむ、お出迎え御苦労」

 とは言え、小学生の従妹に対してそんな煩悩まみれの感想を口に出すのは、さすがに気が引けるので、コホンと空咳ひとつしてから、乱暴にならないよう気遣いつつ彼女の身体を引きはがす。

 「今日は早かったんだねー、あ、もしかしておゆうはんのビーフシチューが楽しみだった?」

 相変わらず子犬のような懐きっぷりで、俺にまとわりついて来られるのは兄貴分として嬉しいのは確かなんだが……。

 上目づかいに間近から見上げてくるこの体勢は──き、危険だ。このまま10センチばかり俺が顔を動かせば、彼女のさくらんぼみたいなピンクの唇を簡単に奪えてしまう。

 「へ、へぇ、そうなのか。それはたのしみだなぁ」

 ちょっとばかし棒読み口調になったのは勘弁してほしい。むしろ、この状況で何もしなかった自分を褒めてやりたいくらいだ。

 「あのね、今日のビーフシチューは、朝実もちょっとだけ手伝ったんだよ!」

 そんな俺の内心の葛藤も知らず、俺の左腕にぶら下がって(というか抱きついて)くるマイ・カズン殿。

 左半身に感じる、即座にグラビアアイドルデビューしても通用しそうなナイスバディの温かくやわっこい感触が、俺の残り少ない自制心をゴリゴリ削っていく。

 「(ぅわ、甘酸っぱい、エエ匂いが……いかん、平常心平常心)そ、そうか。じゃ、俺、部屋に戻るから」

 多少邪険な態度になってしまったが、健康な男子高校生としては、これでもいっぱいっぱいなのだ。

 「ぷぅ、おにぃちゃん、なんかつめたーい!」

 ちょっぴりふくれっつらになる朝実ちゃんの顔を尻目に、俺は自室に入ってガックリと椅子にへたり込んだ。


 「まったく。あの人は昔っから、自分の魅力に全然自覚ないんだもんなぁ」

 思わず、そんな愚痴が口からこぼれ落ち……ふと我に返った俺は首を傾げた。

 (あれ、「昔っから」って……5年前の朝実ちゃんって小学校入ったばかりのはずだよな? それに年下の子を“あの人”なんて呼ぶシュミはないはずなんだけど)

 とも姉と学校で再会した時に感じたのとよく似た、奇妙な違和感が再び胸の奥から這いずり出してきたような気がする。

 その日、“違和感”の正体がなぜか頭の片隅から離れなかった俺は、夕飯の席でも半分上の空で、せっかくの好物のビーフシチュー(しかも妹分の愛情手料理成分入り)の味もあまり楽しめなかった。


 「お兄ちゃん、なんかヘン!」

 「こらこら、朝実。輝政くんも高校生なんだから、悩み事のひとつやふたつはあるんだろう」

 案の定、朝実ちゃんにはあっさり見抜かれてしまっただが、金吾おじさんがなだめてくれた。

 「私たちで何か力になれることだったら、遠慮なく言って頂戴ね」

 真沙子さんにまで気遣われてしまい、申し訳ない気分になった俺は、なんとなく思いついた話題を振る。

 「いやいや、たいしたことじゃないんで。そうだ! 今日、ウチの学校に、とも姉──北条朋絵さんが、教育実習生として来ましたよ」

 「ああ、輝明兄さんのトコの朋絵ちゃんね。どう、元気だった?」

 わざとらしい話題転換だったが、幸い真沙子さんがノってくれる。

 「ええ、まぁ、ちょっと緊張はしてたみたいですが、おおむねは」

 「ふむ、そうか。朋絵くんと言えば、僕らにとっては、よくウチに遊びに来ていた頃のセーラー服姿のイメージが強いんだが、見習いとは言え高校の先生になってるとは……我々も歳をとるわけだ」

 食後のコーヒーの入ったカップを片手に、金吾おじさんが感慨深げにそんなことを言う。

 ん? そう言えば、この種の話題に真っ先に食いついてきそうな朝実ちゃんが妙に静かだな。

 チラリとそちらに視線を向けると、朝実ちゃんは、なぜかさっきまでの俺みたく(いや、自分の顔は見えんけど)、難しい顔している。


 「えっと……朋絵、さん? って、誰だっけ?」

 (え!?)

 朝実ちゃんの言葉に愕然とする俺。

 「お、何だ、朝実、覚えてないのか? 小さい頃、散々面倒見てもらったのに」

 「そう……なの?」

 「そうよ、朝実も輝政くんも、本当のお姉ちゃんみたく懐いてたんだから」

 しかし、おじさん達は、「朝実は小さかったから覚えてなくても仕方ない」と納得しているようだ。

 「うーん、そう言われると、仲のいい親せきの女の人がいた……ような気もする、けど」

 どうやら、朝実ちゃん自身も、自分の記憶にいまいち自信が持てないようだ。

 だが、考えてみてほしい。同じくらいの頻度で会っていた(しかも5年前から顔を合わせていない)兄貴分の俺のことはハッキリ覚えているのに、もうひとりの姉貴分のことを、まったく覚えてないというのは不自然じゃないだろうか?

 そもそも、俺のウチが引っ越したあとだって、水原・北条両家のあいだで、この5年間交流がまったくなかったわけじゃないだろうし。

 (とは言っても、朝実ちゃんが嘘ついてるって風でもないんだよなぁ)

 珍しく戸惑った表情の朝実ちゃんを横目に見ながら、俺は夕飯前に生じた違和感が、またひと周り心の中で成長していることを感じていた。


 その夜、俺は不思議な夢を見た。


 夢の内容は、5年前、俺のウチがまだこの街にあった頃の回想……だと思う。

 記憶にある通り、俺達3人──俺と、朋絵さん、朝実ちゃんは、本物の姉弟妹(きょうだい)のように仲良く過ごしていた。

 しかし、ひとつ、いやふたつだけ違うことがある。

 夢の中で、幼い俺が「ともえ姉ちゃん」と呼んでいるセーラー服姿の女子高生は、髪型などに多少の違いがあるものの、今この家でひとり娘として暮らしている少女に違いない。顔立ちだけでなく身長や体格などからも、それは明らかだ。

 ならば「朝実ちゃん」は一体誰なのかと言えば……。

 それは、今日からウチの学校に教育実習生として姿を見せた、あの小柄な女性にほかならない。


 「──つまり……どういうことだってばよ?」

 夜明け前にうなされるような気分で目が覚めた俺は、思わず、どこぞのお色気忍術の使い手みたいなセリフを口にしてしまうのだった。


 * * * 


 結局、“真相”が明らかになったのは、それから4日後のことだった。


 あの日、例の夢を見て以来、俺は「朝実ちゃん」と「とも姉」の異常さをはっきりと認識するようになっていた。

 いや、より正確に言うなら、「ふたりの異常を認識しない周囲の異常」と言うべきか。

 「朝実ちゃん」はまだいい。12歳で165センチくらいの身長の娘も捜せばそこそこいるだろうし、そういう子はえてして早熟だから体型も似たようなものだ。顔が大人びてはいるものの、スッピンだし表情自体は幼いから、小学生はともかく中学生くらいに見えないこともない。

 けれど、「とも姉」──北条朋絵を自称している人物は、どう転んでも成人女性には見えない。単に身長が低いというだけでなく、プロポーションも顔つきも、到底「大人」と呼べるものじゃない。さらに言えば、懸命に取り繕ってはいるみたいだけど、雰囲気だって「大人のコスプレをした小学生」感がそこかしこに溢れていた。

 それなのに周囲の人間は誰ひとり、その“異常さ”にツッコまない。童顔で背が低いということは自他共に認めているようだが、せいぜいその程度。

 アニメやラノベじゃないんだから、月詠小萌や道楽宴みたいな幼女先生がリアルでいてたまるか! まぁ、正確にはまだ教育実習生だけどな。

 かく言う俺自身、あの夢を見るまで何の違和感も抱いてなかったことが、また怪しさに拍車をかけている。

 何度か探りを入れてみたものの、「朝実ちゃん」の方は、どうやらそのコトに自覚がないらしい。俺としても、可愛い妹分(ホントは姉貴分かもしれないけど)をこれ以上根拠なく疑いたくはない。

 もう片方の“当事者”であるはずの「とも姉」だが、こちらは露骨に避けられているうえ、前述のとおり言動もどこかチグハグだ。女子大生、教育実習生としての“知識”はあるみたいだが、どこか芝居じみているというか……。


 しかし、俺が明確に疑念を抱いていることを悟り観念したのか、教育実習開始後5日目の金曜日、向こうのほうから接触してきた。

 放課後、所属している美化委員会の活動(というか校内見回り&ゴミ拾い)を終えて、校門から帰ろうとしている俺に、久しぶりに「とも姉」が話しかけてきたのだ。

 「──“ハムテルくん”、今帰り?」

 今日の彼女の服装は、ライトベージュに枯葉色の小花が散った柄の膝丈のワンピースという幾分カジュアルなもので、実習時間が終わったからかブラウンに染めた髪も解いており、緩やかにウェーブしつつふんわり背中に広がっている。

 低身長と童顔な点さえ除けば、確かに“今時の女子大生”らしい格好でそれなりに似合っており、不覚にも一瞬見惚れてしまった。

 「あ……えーと、北条先生? 何か俺に用ですか?」

 「ふふっ、もう学校の外だから、「とも姉」でいいわよ」

 「いや、それは……」

 俺が言い淀んでいると、身長140センチ代の教育実習生は「やっぱりね」とどこか寂しげに笑った。

 「今日、これから何か用がある? もしないなら、ちょっとお話ししたいことがあるのだけれど」

 とりたてて用はない。それに、俺の方も彼女に訊きたいことがあったのは確かだ。

 「……わかった。つきあうよ」


 「とも姉」に案内されたのは、予想していた喫茶店やファミレスの類いではなく、ウチの高校から歩いて15分ほどの位置にある、小奇麗なマンションの一室──つまり、彼女の部屋だった。

 「ふふっ、この部屋に入る男の人は、お父さん以外では“ハムテルくん”がふたり目よ」

 先程の憂いはどこへやら、小悪魔めいた表情でそんなことを言われると、いくら目の前の女性が小学生にしか見えずとも、緊張せざるを得ない。

 「お、お邪魔しまーす……」

 自然と挨拶の声も遠慮がちになる。

 促されて一歩足を踏み入れると、リビングは彼女の幼い外見に似合わず落ち着いた印象の部屋だった。

 壁紙やカーペットが桜色やラベンダー色でコーディネートされていたり、ローテーブルに一輪ざしが飾られている点は女らしさを感じさせるが、ぬいぐるみやマスコット人形の類いは見当たらない。

 もしかしたらドア1枚隔てた寝室はもう少し異なる雰囲気の可能性もあるが、さすがに許可なくそこを覗き込むほど無礼じゃないつもりだ。

 「コーヒーと紅茶、どちらにする?」

 「じゃ、じゃあ、紅茶で」

 リビングに隣接するキッチンスペースでは、「とも姉」がリクエスト通り紅茶を淹れてくれている。容姿は全然異なるはずなのに、その仕草はありし日に“ともえ姉ちゃん”がミルクティーを淹れてくれた時の光景とダブり、俺を不思議な気分にさせた。

 「はい。男の子が喜ぶようなお茶受けがなくて、ごめんなさいね」

 「い、いえ、お構いなく」

 出された紅茶のカップをすする。いい茶葉を使っているのか、それとも淹れる人の腕前がいいのか、本格喫茶さながらに美味しかった。

 「──さて、私に何か聞きたいことがあるんじゃない?」

 自らもカップに口をつけたあと、彼女がズバリと切り込んできた。

 「えーっと……」

 この部屋に来て以来、どうにもペースを握られっぱなしの俺は何を言えばいいのか一瞬迷う。

 先程から目にした事象の数々は、目の前の女性の外見が不釣り合いに幼いという点を除けば、確かに年上の女子大生に相応しいものばかりだ。

 あるいは、すべては俺の勘違い、妄想に過ぎないのではないか? 「朝実ちゃん」も「とも姉」も、何ら問題なく、その立場を全うしているではないか……。

 そんな気分にさえなってくる。


 何と言えばよいかわからなくなった俺は、部屋を見回してとっさに目についたモノ──写真立てについて話題をふってみた。

 「えっと、あの写真の男性、ずいぶん親しげですね。もしかして、彼氏ですか?」

 話のとっかかりくらいになればと思ったんだが、彼女は意外な反応を示した。

 「ええ、そうよ。私の恋人……ううん、お互いの両親の了解も得たから、婚約者(フィアンセ)というほうが正確かしら」

 薄紅色の宝石がついた指輪を誇らしげに左薬指にはめてみせる「とも姉」。おそらく、婚約指輪というヤツなんだろう。

 「へぇ、どういう人なんですか?」

 「天野せんせ…じゃなくて、正成さんは、小学校の先生をしてるのよ! 私も、彼の影響で教師を志したの!!」

 早口で言い直す様子が微妙に引っかかる。

 「──もしかして、その天野さんって、桜庭小学校に勤めているんじゃないスか?」

 当て推量で、「朝実ちゃん」が通っている学校の名前を挙げると、ビクンと背筋を震わせる。なるほど、ビンゴか。

 「さらに言うと、“水原朝実”の担任の先生だったり?」

 疑惑の眼差しで追及してみると、しばしの沈黙の後、彼女は小さく溜め息をついた。

 「…………はぁ~。おにぃちゃん、勘が良すぎ」

 やっぱりか。そして、俺の事を“おにぃちゃん”と呼ぶからには……。

 「朝実ちゃん、なのか?」

 「うん、まぁね」


 本物の朝実ちゃんが言うには、彼女が昨年度の担任教師だった天野正成に恋をしたことが、事の発端らしい。

 もっとも、小学5年生の女子と新任とは言え23歳の成人男性が結ばれることは、現代日本の社会常識に照らし合わせれば、まずあり得ない。これが、10年後、朝実ちゃんが21歳、相手が33歳になった頃なら話は別だが。

 無論、聡明な朝実ちゃんもそのことは理解していたし、大好きな先生を困らせるつもりもなかった。

 そのままなら、彼女も恋心を秘めたまま卒業・成長し、幼き日の淡い思い出にすることもできたろう。

 だが、運が悪いことに、天野教諭が婚約したこと、その婚約者が学生時代の後輩で現役女子大生であること、そしてその女性が他ならぬ従姉の北条朋絵さんであることを、新学期に朝実ちゃんは知ってしまったのだ。

 相手が見ず知らずの女性ならまだ良かった。それなりに恨みもしたろうが、詳細がわからない以上あきらめはつく。

 しかし、よりによって姉にも等しい女性が自らの想い人と結ばれることは、“彼”のことを思って想いを心の内に封印した朝実ちゃんにとって、どうしても我慢ならなかった。

 かといって、たかだか女子小学生に何ができるわけでもない。

 鬱々とした気分を抱える中、ある日の下校中に、朝実ちゃんは道端で見慣れぬ露天商を見かける。普段なら、変な寄り道などしない優等生な朝実ちゃんだが、その時はまるで磁石が鉄に吸いつけられるように、その露天商のもとに歩みよってしまったらしい。

 時代劇の侍みたいな編み笠をかぶった、うさんくさい露天商は、しかし彼女が声をかけると、やけに親切に応対して、一組の名札を2000円で売ってくれた。

 それは“鳥魚相換札”という呪いのアイテムで、自分と相手の名前を書いたうえで、自分が相手の、相手が自分の名札をつけることで、互いの立場が交換されるという効果があるらしい。

 いかに小学生とは言え分別のしっかりしてくる11歳の少女だけに、そんな魔法じみた内容に半信半疑だったが、その効能は確かだった。

 1ヵ月程前、両親が留守にしているタイミングで、朝実ちゃんは朋絵さんに連絡をして、久しぶりに水原家に遊びに来てもらうよう依頼する。

 訪れた朋絵さんとしばらく歓談した後、ごっこ遊びのフリをして名札をつけてもらったところ、いきなりふたりとも眠り込んでしまい、目が覚めるとふたりの髪型と服装──のみならず立場までが入れ替わっていたのだ!

 しかし、そのままでは朋絵さんは何とか元に戻ろうと試行錯誤するだろう。あるいは、あの名札に原因があると気付くかもしれない。

 そこで、露天商がサービスでつけてくれた「あい・まい・みぃ」という記憶を曖昧にする使い捨てのスプレー薬を、隙をみて「朝実の立場になった朋絵さん」に吹きつけて吸い込ませることで、完全に彼女を“水原朝実”の立場に馴染ませることに成功したのだ。

 しかも、それ以後、彼女は極力水原家に近寄らないようにしているらしい。


 「それで、あの「朝実ちゃん」が朋絵さんのことを覚えていなかったのか……」

 「ただ、立場交換した朝実と朋絵の両方に強い因果を持つ人なら、現状に違和感を感じるかもしれないとは言われていたわ。それがまさかおにぃちゃんだったとは思わなかったけど」

 肩をすくめる偽とも姉。真相を知った身からすれば、目の前の相手は女子小学生に過ぎないはずだが、仕草は妙に大人びていた。

 「もしかして、記憶や知識も交換されているのか?」

 「ええ、それに仕草とか癖の類いもね。もっとも、完全に交換されるまでには大分時間がかかったけど、半月ほど経った最近は、ようやく自然に振る舞えるようになってきたわ」

 そう答える彼女の様子は、確かに数日前と違って本来の年齢には不相応な落ち着きを感じさせる。


 「ところで、これからおにぃちゃん──“ハムテルくん”は、どうするつもりなの?」

 話が一段落した時点で逆に聞き返されて、返答に詰まる。

 「えーと、念のため聞くけど、元に戻るつもりは……」

 「ないわね。今は、せっかくあの人の婚約者になれたんだもの」

 「ですよねー」

 いかに好きな人のためとは言え、彼女には、両親や友人も含めた元の生活環境を捨てるだけの覚悟があったのだ。生半可な説得は無意味だろう。

 「それに……本当に戻ってしまっていいの?」

 再び小悪魔めいた視線を俺に向けてくる偽とも姉。

 「? どういう意味かな?」

 「貴方、小さい頃から、朋絵お姉ちゃん──「本物の北条朋絵」に憧れていたでしょ」

 見抜かれてたのか。女の子は如何に小さくても女なんだなぁ。

 「“叔母様”とも電話でお話ししたのだけれど、あの子、ずいぶんと貴方に懐いているみたいじゃない。貴方自身も満更じゃないのでしょう?」

 うん、まぁ、否定はしない。

 「3、4年経てば──ううん、あの子が来年中学生になったら、貴方は高校3年生。高校生と中学生なら恋人になっても、世間的に見てそれほどおかしくないはずよ」

 「!」

 「パパとママ──いえ、“叔父様”や“叔母様”も“ハムテルくん”のことは気に入ってるみたいだし、貴方になら娘を任せてもいいと思っているのじゃないかしら?」

 ──思い当たるフシがないでもない。と言うか、明らかに外堀は埋められてるような……。

 「でも、もし元に戻ったら……憧れのお姉ちゃんは、見知らぬ男のもとにお嫁に行っちゃうわね。あらあら、“ハムテルくん”可哀想」

 小悪魔どころか本物の悪魔じみた誘惑だらくの言葉を囁く偽とも姉。

 「それは……」

 「ねえ、このままでいいじゃない。それに……そうそう、あの子、現状のままなら間違いなく処女バージンよ?」

 「ぶほっ!?」

 さすがに吹いた。

 「な、何を根拠に……」

 「だって、“わたし”がそうだったもの。ま、“北条朋絵”は、すでに何度もあの人に抱かれてるけどね」

 立場交換してから初めて彼に抱かれる時、覚悟してたんだけど、血も出なかったし痛みもなかったからね~と、偽とも姉はアッケラカンと暴露する。

 (つまり、そういう面の立場までも交換されているワケか)

 ほんの一瞬、この幼い少女の裸身が写真の男性とベッドで絡み合っている背徳的な様が脳裡に浮かび掛けるが、慌ててその妄想を振りはらう。

 「──俺に何をしろって言うんですか?」

 その質問は事実上の敗北宣言と言えた。

 「何も……ううん、あの子に優しくしてあげて。そのうえで、ちゃんと両想いになったら、あの子のことはよろしくね」

 イトコとしての情か、“姉貴分”の立場を得たが故の気遣いか、あるいは彼氏を奪ったことへの引け目からか──いずれにせよ、先程悪魔の取引を持ちかけた女性とは思えぬほど優しい容貌かおで、「とも姉」はニッコリと俺に微笑みかけたのだった。



*エピローグ*


 そして1年後の6月。俺は、朝実ちゃんを始めとする水原家の人々と共に、丁越市の中心部から、やや外れた位置にあるチャペルに来ていた。

 今日は結婚式があるのだ──無論、俺達のじゃなくて朋絵さんの、だけど。

 「──汝、天野正成は、この者、北条朋絵を妻とし……」

 キリスト教式の定番の作法で式典が進む。本人ならともかく親族とはいえ部外者の身では少々退屈にもなってくるのだが、俺の隣りに座る妹分にして(半ば親公認の)恋人は違うようだ。

 「ともえお姉ちゃん、綺麗……」

 うっとりした目付きで、純白のウェディングドレスを着た花嫁である「従姉」を見つめている。

 確かに綺麗で可憐だ。それは認める。

 あいかわらず身長は150センチに満たず、胸や腰の凹凸には乏しいものの、それが逆に妖精じみた不可思議な艶気を醸し出しているという意見も、否定するつもりはない。

 それに、俗に言う人生最良の門出の日を迎えている歓びのせいか、ウェディングメイクされた顔も4割方美少女ぶりがアップしているようにも思える。

 しかし!

 美人度ランキングでは、隣りにいる朝実ちゃんも決して負けていないと思うのだよ!

 ライムグリーンの袖無しシフォンドレスに、白いオーガンジーのショールを羽織り、スカート丈はローティーンらしくふくらはぎの半ばまでで、裾のフレアーがふんわり広がり気味なのがキュートだ。

 足元はちょっと背伸びした感がある白の7センチハイヒール。背中の半ばくらいまで伸びた髪をドレスと同じ色のリボンでポニーテイルに結い上げ、顔も真沙子さんにお化粧してもらったおかげで、中学1年生には見えないとびっきりの美女に仕上がっているのだ。

 (──まぁ、本当は22歳なんだから、当然なんだろうけどな)

 そう考えつつも、こんな顔も体も性格も極上の娘が自分のことを慕ってくれていると思うと、つい顔がニヤケてしまう。

 「? どうしたの、お兄ちゃん?」

 「んー、いや、俺達もいつか、こんな風に幸せな結婚式挙げられたらいいな、と思ってな」

 「や、やだ、もぅ♪ お兄ちゃんってば、気が早過ぎるよぉ~」

 そう言いつつも、頬を染め満更でない感じなのが、丸わかりだ。チョロ可愛い。


 (1年前のあの時は、とも姉の言う通り何もしないままでいいのか、ちょっと悩んだけど……)

 少し、ほんの少しだけ自省じみた感慨にとらわれる。

 (こんな風にみんな幸せになれたんだから、きっと正しい選択だったんだよな?)

 本音を言えば、真実を知ってしまったが故の罪悪感は、完全になくなったわけじゃない。

 でも、新郎新婦、そしてその親族や友人その他の列席者の笑顔を見ていると、「これはこれでアリだよな」と自分でも納得できる気がした。

 「お兄ちゃん、外に出てライスシャワーに参加しようよ!」

 朝実ちゃんに誘われ、俺もチャペルの外に出る。

 「ブーケトス、取れたらいいなぁ」

 「ヲイヲイ、さっき気が早いって自分でも言ってたじゃないか。この場は、もっとセッパ詰まったアダルトな方々に譲ってさしあげなさい」

 「はーい」

 ちょっと残念そうだが素直に頷くマイ・スイート・ラバー。本当に優しくていい子だ。

 「大丈夫、ブーケなんか取らなくても、10年後にはもらったげるから」

 耳元で囁くと、朝実ちゃんは満面の笑顔になって頷いた。

 「うんッ♪ 待ってるから!!」



-おしまい-

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