第4話『戦う妖精乙女プリティキュート!』前編

 「来ちゃった……」

 春日部 望(かすかべ・のぞむ)は、大学に入って初めての連休に、関東の地方都市から電車を乗り継いで横浜まで来ていた。

 目的は──半年ほど前にできたアミューズメント施設“プリティキュートワールドスタジオ”。女子小学生をメインターゲットに、一部の「大きなお友達」も含めて巷で大人気のアニメ『プリティキュート』シリーズをモチーフにした、屋内型テーマパークだ。

 断っておくと、望はインドア派ではあるが、いわゆるアニメヲタクというわけではない。純粋に『プリティキュート』が好きなのだ。

 これは、小学生時代を通じて、日曜朝の『プリティキュート』シリーズを2歳上の姉とともにワクワクしながら見ていたという幼児体験に基づくのだろう。

 中学校に入ってからは、さすがにその種の番組を見るのは思春期の少年にとっては気恥ずかしく、一時は『プリティキュート』から遠ざかっていたのだが……。

 高校生になって小遣いに余裕ができてからは、こっそりレンタルでDVDを借りて見るようになり、再び『プリキュー』熱が再燃したのだ。

 結局、大学入学時までその熱は醒めることなく、ネットで横浜にこのプリティキュートワールドスタジオが出来たと知って、今回一念発起してここまでやってきた、というわけだ。


 プリキュースタジオの各種展示やアトラクションにも心惹かれながらも、真っ先に今日のお目当ての場所に行くことにした望だったが──残念なことにひとつ誤算があった。

 「えっ、ダメなんですか?」

 「はい、誠に申し訳ありませんが規則ですので……」

 「そ、そんなぁ~」

 この施設の目玉企画のひとつである「プリティキュートなりきり撮影会」のコーナーで、がっくりとうなだれる望。

 望の今日の一番の目的は、「このコーナーでプリティキュートの衣装(コスチューム)を着て写真を撮ってもらう」ことだったからだ。

 「えっと、ネットで調べた限りでは、フレッシュネスプリキューとかプリティルナリスのコスチュームなら、僕もサイズ的にも着られると思うんですけど」

 このスタジオの公式サイトの説明によれば、プリキュー乙女の中でも、比較的長身なイメージのフレッシュネスの4人やルナリスの衣装は160センチ用のものが準備されているという。

 望の身長は163センチで体重も軽く、19歳の男性としてはかなり小柄で華奢な方だ。普段はあまり嬉しくないが、そんな特徴が思いがけず役に立つと思っていたのだが……。

 「いえ、衣装のサイズの問題ではなく、この企画は小学生の女児限定のものですから」

 しかし、係員の返事は無情だった。


 * * *


 「はぁ~~、残念だなぁ」

 気落ちして、トボトボと歩み去ろうとした望。だが、天は彼のことを見捨てていなかった──後々の展開ことを考えると天の恵みというより悪魔の戯れのような気もするが。

 「ちょっとキミ、いいかしら?」

 「へ!?」

 ポンと肩を叩かれ、声を掛けられた望が慌てて振り返ると、そこには20代後半から30歳手前くらいに見える優しげな女性が立っていた。

 左手で7、8歳くらいの女の子の手を引き、さらにその隣に小学5、6年生くらいの少女がいるところから見て、そのふたりの保護者なのだろう。

 「キミ、なりきり撮影会で写真を撮るの断わられてたわよね。何とかしてあげようか?」

 いくら相手が優しげな年上の美人でも、初対面の人にこんな風にいきなり声をかけられたら、怪しく思うのが普通だろう。

 しかし、今の望は一番楽しみにしていたことのアテが外れて激しく落ち込んでいた。そのため「藁にもすがる思い」というヤツで、相手の話につい耳を傾けてしまったのだ。

 「! 本当ですか、お姉さん!?」

 「あはは、やーねぇ、こんなおばさんにお姉さんだなんて。でも、うれしいから、おねーさん、はりきっちゃうゾ♪」

 途端に上機嫌になった女性──本人は西条眞子(さいじょう・まこ)と名乗った──は、望を人目を避けるようにアトラクションの裏手のスペースに連れこみ、年長のほうの娘の耳元に何事かを囁く。

 「……って感じなんだけど、どうかしら?」

 「いいよ。何かオモシロそうだし」

 どうやら少女の方からも同意が得られたようだ。


 その後、眞子から聞かされた話は荒唐無稽な代物だった。

 彼女達──眞子とその娘たちは魔女の末裔で生まれつき不思議な力を持っていると言うのだ。

 「と言っても、血の薄れた現代じゃあ、それほど大したことはできないんだけどね」

 それでも、魔法の力を秘めたアイテムを作って、こっそり裏ルートで売りさばいていたりするらしい。

 「で、そのひとつが昨日作ってみたコレ。「立場交換の名札」。ふたりの人間が自分の名前を書いた後、その名札を交換してつけると、周囲からは名札に合わせた立場として認識されるの」

 この名札を使い、彼女の娘の希美(のぞみ)と一時的に立場を交換したらどうか、と言うのだ。

 「そ、そんなことが……」

 ゴクリと唾を飲む望。普段なら眉唾物な話しだが、望は直感的に相手が嘘をついていないと感じていた。

 「えっと、希美…ちゃんは、それでいいの?」

 「うん。元々、ここに来たがったのは妹の真菜(まな)で、ボクはそんなに興味なかったし」

 確かに希美は、髪が短かめでシンプルなパーカー&デニムのショートパンツという服装の、いかにもボーイッシュな印象の子だ。こういう魔法少女系の番組に夢中になるタイプとは思えない。

 「それに、大学生の男の人の立場になってみるってのも、おもしろそうだし。

 あ、でも、ボクの代わりに今日は真菜につきあって、このスタジオを一緒に回ってあげてね」

 それが対価ならお安い御用だった。


 * * *


 望と希美の立場交換は呆気ないほど簡単に実現した。


 少女と並んで休憩スペースの一角に腰掛け、眞子から渡された名札にサインペンで自分の名前を平仮名で丁寧に書き込む。

 「お兄さん、はい、コレ」

 希美から彼女の名前が書かれた名札を渡され、代わりに自分の書いた名札を手渡す。

 手にした「さいじょう のぞみ」名義の名札を、安全ピンでトレーナーの胸に止める。

 望がしたのはそれだけだ。

 名札を付けた時、ほんの一瞬、静電気のような悪寒が背筋を駆け抜けたが、それもすぐに収まった。

 念のため確認してみたものの、着ているものはそのままだし、ガラスに映る顔も元のまま変わっていない。服を脱ぐわけにはいかなかったので直接見たわけではないが、身体の方も男のままだろう。


 だが、周囲の反応は一変していた。

 先程までの、周囲の親子連れ(の特に親)からの場違いなものを見るような視線は皆無になり、不審げな視線の矛先が望の名札を付けた希美の方に向けられるようになっていたのだ。

 「うーん、このまま此処にいるのは居心地悪そうだし、ボク、通りの向かいにあるブックセンターで時間をつぶしてるよ。終わったら、迎えに来てね」

 望と異なり、プリキューに興味のない希美は、あっさりその場からの離脱を選ぶ。

 「ええ、わかったわ……じゃあ、行きましょうか、「ノゾミ」、真菜」

 “母”である眞子に促されて、望は眞子や真菜と共に、再び「なりきり撮影会」のコーナーへと足を運んだ。

 またもや断わられるかも……という望の懸念は杞憂に終わり、係員はにこやかに“母娘三人”に応対し、衣装の用意された着替え室へと招き入れてくれた。

 「マナはねぇ、『スマキュー』のプリティハピネスがいいなぁ」

 “妹”の真菜は、“変身”するプリキューをすでに決めてあるようだ。なるほど、真菜の両耳の上で髪を束ねた髪型は、ハピネスに変身する夜空みきのヘアスタイルを真似たものなのだろう。

 「ねぇねぇ、「ノゾミおねぇちゃん」は?」

 「え!? ぼ、僕は……」

 作品ごとに分けて陳列された衣装に目をやる。

 最初に来たとき係員に対して口にした『フレッシュネスプリキュー』やプリティルナリスの出る『ハートフルプリキュー』も決して嫌いではなかったが、望の一番のお気に入りは別にあった。

 「──プリティビューティフル、とか」

 奇しくもそれは、真菜が好きなプリティハピネスと同じ作品『スマイリングプリキュー』に登場するプリティキュートで、5人目の仲間となるプリキュー乙女の名前だった。

 「あら、じゃあ、ちょうどいいじゃない。ねえ、係員さん、ハピネスとビューティフルの衣装、この子達のサイズのものはある?」

 「はい、そちらの小さいお嬢様の分はございます。お姉様の分も……問題ありませんね。160センチ対応のものが用意されておりますから」

 どうやら、大丈夫なようだ。


 * * *


 ハンガーに掛けられた衣装──青を主体にしたフレンチスリーブのミニドレスや小物類を受け取り、ドキドキしながらカーテンで区切られた1メートル四方くらいの狭い試着スペースに入る。

 望自身の今日の服装は、着替えやすさを考慮して紺のトレーナーとカーキ色のバミューダショーツを着てきていた。アンダーは白のTシャツとブリーフだ。

 手早くトレーナーとバミューダショーツを脱ぎ、襟周りが露出したデザインのワンピースなのでTシャツも脱いでから、ちょっとためらったものの最後のブリーフも脱いで全裸になり、まずは化繊の青い三分丈スパッツをじかに履く。

 (わっ、すべすべ……)

 興奮しそうになるのを懸命に堪える望。股間の余計なものは、万が一を考えて無理矢理後ろ向きに押さえこんでからスパッツを履いておいたのだが、どうやら正解のようだ。

 自然と内股気味になりながら、ミニドレスの背中のジッパーを下ろし、袖を通す。

 「ちょっとキツ……くもないか」

 丈はともかくウェストや肩回りが厳しいのではと思ったのだが、多少手間取りながらもジッパーを上げてみると、意外にも望の身体にあつらえたようにピッタリだった。

 両手首に白いリストバンドをはめ、狭いので苦労しつつ、白と水色で彩られたエナメル製のロングブーツを履く。

 鏡がないので全身は見えないものの、視界に入る胸から下は、これでまるっきり憧れのプリティビューティフルとまったく同じ姿になれたのだ。望は感無量だった。


 と、その時。

 「ノゾミぃ~、お着替え大丈夫?」

 カーテンがめくられ、“母”──眞子が覗き込んできた。

 「ひゃっ! だ、だいじょーぶデス」

 「あら可愛い。あとは髪型だけね……ほら、こっち」

 手を引いて試着スペースから連れ出される。

 今まで経験したことのない“かかとの高い靴”の感触にバランスを崩しかけたが、幸い眞子が支えてくれたので、どうにか転ばずにすんだ。

 「あはは、ノゾミちゃんにはハイヒールはまだ少し早かったかな」

 係員に微笑ましいものを見るような視線を向けられ、真っ赤になる望。

 (うぅ~、恥ずかしいよぉ)

 そのままスツールに座らせられると、頭に何かをかぶせられる。

 視線を動かすと自分の頭から青いロングヘアが垂れ下がっているのがわかった。氷の乙女ビューティフルと同じ髪型のウィッグをかぶせられたのだろう。

 さらに、軽くメイク(といっても、アイライナーで目の周りを強調し、薄くリップを引いたくらいだが)までしてもらった後、ようやく望は姿見の前に立って自分の姿を確認することができた。

 「ふわぁ……」

 鏡の中の自分は、まるっきり「プリティビューティフル」そのものだった。


 「──しみじみと染みわたる清き心! プリティビューティフル!! 」

 憧れのプリキューになれた。その感動と興奮のあまり、思わず作中のビューティフルの決め台詞を言いながら鏡の前でポーズをとってしまう。

 そこで我に返れば羞恥のあまり逃げ出したくなっただろうが……。

 「ノゾミおねぇちゃん、カッコいい!」

 “妹”の真菜が絶賛してくれたおかげで、昂揚した気分を保つことができた。

 「そ、そう? ありがとう。真菜ちゃんも可愛いよ」

 その言葉は決しておせじではなく、ピンクのお下げをなびかせて桃色基調のコスチュームを着た真菜は、抱きしめたいほどにキュートだった。

 「えへっ、そうかな。「キラキラきらめくきぼうのひかり! プリティハピネス!!」……どう?」

 やや舌足らずながら、ドヤ顔で台詞とポーズをキメる真菜の姿に、その場に居合わせた者全員──「ノゾミ」や眞子、担当係員だけでなく、他のお客や係員までもが、思わず拍手する。

 その勢いのまま撮影スペースでの記念撮影になだれ込み、カメラマン(と言っても撮影係というだけだが)も大いに乗り気で、このノリが良くて絵になる“姉妹”を撮影。

 本来はひとりにつき写真撮影は5枚だけなのだが、運がいいのか悪いのか、偶然にもちょうど他の3人のスマイリングプリキューのコスプレをしていた子たちがいた。

 そのため、個別写真とは別に、ノゾミと真菜は彼女たちと合流して5人並んで様々なポーズで10枚以上撮影されたうえ、「ぜひ、このスタジオの宣伝用サンプルとして使わせてほしい」と懇願されてしまう。

 勢いで了解したものの、後日、“姉”の方は公式サイトに掲載されている自分達のコスプレ姿を見て、恥ずかしさに身悶えるハメになるのだった……。

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