第2話『コスプレにご用心』後編
(結局、あれから半年以上たっても、ずっとそのままなのよねぇ)
あの日、女子トイレに続き生まれて初めて入ることになった女子更衣室にも、コミュケ後の忙しない周囲の熱気にあてられたせいか、とくに興奮したりする余裕もなく、「睦月」のバッグに入った私服に着替えることができた。
当日の睦月の服装は、ライトベージュのミニ丈のニットワンピに、某うっかり魔術師娘を思わせる真紅のダッフルコート、下はやや厚手の黒タイツとフェイクレザーのハーフブーツといったいでたち。
ブーツのヒールは多少高めだけど、カタリナのコス(ゲーム内のライバルメイド喫茶の制服)も足元は白いロングブーツでもう慣れてたから、とくに問題なく歩けた。
その後、先輩達と合流して会場を出てから、みんなで打ち上げとしてカラオケに行ったんだけど、ウィッグを外した私服姿でも、サークルのみんなはやっぱり私を「片瀬睦月」だと思ってるみたい。
いや、「いつバレるか」とビクビクしつつ、「みんな、気付いてないんだ♪」と、私自身ちょっと楽しんでたことも確かなんだけどさ。
「むっちー、『Green Ticket』入れたし、歌ってー」
と、清香に歌わされた『パルフェール』のテーマも、琴子ばりにノリノリで熱唱しちゃったし。
で、19時過ぎに解散になって、20時前に自宅に戻ると、当然「弟」の「皐月」もすでに帰宅して、ごく普通に黒のスエットの上下といういつもの「片瀬皐月」の服装でくつろいでた。対して、もちろん「私」は朝、家を出た時の、「片瀬睦月」の格好。
それなのに、両親も「弟」も、何ら違和感を抱いている様子がなかったんだよね~。
──もしかして、コミュケ会場で衣装交換したというのは自分の妄想で、自分は本当は元から「片瀬睦月」だったのでは?
一瞬そう考えた「私」だけど、その後、「いつも通り」一番風呂に入る段になって、脱衣場で服を脱ぐと、鏡に映った自分の全裸姿を嫌でも目にすることになり、それが間違いだと思い知らされた。
15歳の男としては色白でかなり貧相ではあるけど、まぎれもなく股間には男の徴があり、また胸に乳房らしい隆起はカケラも見当たらなかった。
体毛は元々薄い方だったから、とくに変化があったかは、よくわからない。
ただ、髪型に関してだけは、なぜか本来の睦月(あね)同様、セミロングと言ってよい、肩にかかる長さに伸びていたけど……。
しかも、風呂場に来る前に、自室──「片瀬睦月」の部屋に寄って、クローゼットから替えの下着と寝間着を、ごく自然に取り出して持って来ている。
弟である「片瀬皐月」が、クローゼットの場所くらいならともかく、その中のどこに何が入っているかなんて知っているはずがないのに……。
(どういうことなんだろう?)
風呂に入り、無意識に女らしい仕草で体や髪を優しく丁寧に洗う間も、「私」は色々考えてみたんだけど、答えは出なかった。
そしてお風呂から出た後も、半ば無意識の行動で「睦月の部屋」に帰り、ドレッサーの前に座ってごく当たり前のように化粧水でフェイスケアをしていることに気付いたあたりで、「私」は、これ以上悩むことを放棄した。
髪が乾いたことを確認してから、そのままベッドに入る。
女らしい姉の匂い──いくら弟とは言え、近年は間近で嗅いだことなどほとんどないその香りがたっぷり染みついた布団の中で、なぜかその香りに包まれることに違和感がなく、むしろ当り前のように感じている自分にあえて気付かないふりをして、「私」は目を閉じた。
「一晩経ったら、すっかり元通り」というギャグマンガ的展開をちょっと期待してたんだけど、翌朝目が覚めたときも、残念ながら相変わらずそこは「睦月」の部屋で、私はピンクのネグリジェを着ていた。
しかも、クローゼットの隅から引っ張りだした、「白のブラウスシャツに黒のスラックス」という極力ボーイッシュな格好に着替えて1階に下りていったところ、リビングで炬燵に入ってる「弟」は昨日以上に「中三男子」という立場に馴染んでいるように見えたし。
その後も、何度かそれとなく話をしてみたんだけど、どうもこの「皐月」の方は、自分が「この家の長男で、睦月の弟である片瀬皐月」という「立場」に、何ら違和感を感じてないみたい。
これは周囲の人も同じで、私が「片瀬睦月」、「弟」が「片瀬皐月」として認識されてる。
家族や部活の友人達だけでなく、近所の人やクラスメイト、さらに、ちょっと遠出して入った隣町の繁華街のブティックの店員さんなども、私を「高校生の女の子」として扱ってくるし。
最初の2、3日は「俺」も抵抗していたけど、しまいにはあきらめて、今の立場に身を委ねることにした。
──だって、本音を言えば、自分自身でも「女子高生の片瀬睦月」として振る舞うほうが楽なんだもん。
あ、一応、違和感というか「自分が本当は片瀬皐月だ」という自覚の欠片は残ってるよ?
でも、片瀬睦月としての立場でしゃべり、行動し、考え、さらに感じるようになるにつれ、その違和感はどんどん小さくなり、1ヵ月も経つとほとんど意識することはなくなっていった。
そして、私が睦月であることを受け入れた……ううん、「皐月であったこと」を意識しなくなった頃から、身体の方もちょっとずつ変わってきたんだよね~。
まず、お…おチ○チンが日に日に小さくなり始めた。半年以上たった今では、ほとんど薬指の第一関節くらいの大きさにまで縮んでるし、先端部以外が皮にくるまれてるので、下手すると陰核(クリトリス)と見間違えてもおかしくない。
それに伴って、なんだかお尻が大きくなってきた気がするし──いや、こないだ採寸したら、実際大きくなってたんだけど。
上半身に関しては、残念なことに胸はあんまり育ってない。「山」どころか「丘」と言うのもおこがましいレベル。とは言え、男の胸板とは明らかに違う脂肪が付いてるし、乳首は大きく敏感になってきたから、ブラジャーは必須だけどね。
それらの変化のせい(御蔭?)で、最近では、おトイレやお風呂に入ってる時でも、自分が本当は男だなんて自覚することはめったになくなってる。むしろ湯船では、マミ先輩に教わったバストアップマッサージも試してるんだけど、母さんの体型から考えると望み薄かも。
(五月の連休には、ついに生理もキちゃったし……このまま、イクとこまでイッちゃうんだろうなぁ)
歩きながら、そんな物思いにフケってる私に、由希が話しかけてきた
「そう言えば、むっちー、今度の夏コミュには、また皐月くん、呼ぶの?」
由希の問いに、ちょっと考える。
「うーん、そうねぇ……」
もしかしたら、去年と同じこと──コミュケ会場でコスプレ衣装の交換をしたら、再び立場交換が起こって、元に戻れるのかもしれない。
けれど……。
「やめとくわ。今年は人手も足りてるし、あの子も自分が行きたいブースとかあるみたいだし」
「あ……そ、そうなんだ」
「うーん、弟さん来たら、「風間十兵衛」のコスとかしてほしかったんやけど」
「あはは、あの子にあんなシブい大人の男の役柄なんてムリムリ!」
私はソレを望まない。
だって、今の「片瀬睦月」としての毎日が楽しいから。
それが自然だから。
「とりあえず、明後日の土曜日は、みんなでコス製作の材料とか、買いにいきましょ」
「「さんせー!」」
だから、私の名前は片瀬睦月。涼南女学院高等部に通う17歳の女子高生。それでいい──それが、いい。
「……ところで、ゆっきー、皐月のことが気になるなら、私に頼るより自分で誘ってみたら? 「姉」としては応援するわよ」
「!?」
「ほほぅ、怪しいとはニラんでたけど、ゆっきーって、やっぱ、弟くんのことが……」
「に゛ゃあ゛~~黙秘権を行使します!」
-おしまい?-
*後日談:黒幕は上機嫌*
「くぅ~~、やっぱ鬼槻アルツ先生の『ナース嫁』シリーズはエロいなぁ」
自室のベッドに寝転がり、鼻息荒く同人誌──それも「18歳未満お断り」のはずのエロマンガを観ていた少年は、やがてたまらなくなったのか、起き上がってショートパンツを脱ぎ棄て、さらにボクサーブリーフもずり下ろし、“自家発電”を始める。
半裸のままベッドの上であぐらをかくと、右手で“作業”しつつ、器用に左手だけで同人誌のページをめくっている。
「はぁ……はぁ……」
少々目が血走り気味で、素で目にしたら本人でもドン引きしそうな光景だが、発情した思春期まっ盛りの男の子なんて、大なり小なりこんなモノだ。大目に見てあげてほしい。
「く…ふぉ……」
やがて、お気に入りのページを眺めつつ、その手の動きがさらに速まる。
「くぁっ……!」
ほんの一瞬、少年は背中が軽くのけ反らせ、そのまま腰をビクビクと小刻みに震わせる。ナニが起こっているかはお察しいただきたい。
「あ…………はぁ~」
呼吸を整え、本人的には少し落ち着いた、俗に言う「賢者タイム」に入ったようだ。
「ふぅ……それにしても、オレ、いや「あたし」が、エロ本見て“出す”側になれるなんてなぁ」
ポツリと呟くこの「少年」は、無論、「片瀬皐月」……と名乗っている元姉の少女だ。
今の「睦月」は、自分以外の誰も、片瀬姉弟が入れ替わっている事実を認識していないと思っていたが、実は「皐月」の方もソレに気づいてはいたのだ。
しかし、多少の葛藤を見せた(もっとも、結局1ヵ月足らずで今の立場に馴染んだが)「睦月」と異なり、この元姉の「皐月」は当初から、現状を喜んで受け入れていた。
それも当然の話で、何のことはない、この立場交換自体、彼女だった「彼」が仕組んだことだったからだ。
もっとも、その手法自体は、とある怪しげなWebショップで購入した「魔法の名札」とやらを使って自分と弟の名前を書いた名札を作り、それを交換してつける……という、いささかおまじないじみたもので、当時の睦月自身、半信半疑どころか一信九疑くらいのつもりだった。
ところが、あの日、男性向けの西館からウォータブルーのブースに戻ってきた給仕服姿の「皐月」は、自分と「睦月」に向けられる視線や掛けられる言葉がおかしいことに、いち早く気付いたのだ。
他のサークルメンバー──麻美や桃子、さらに長い付き合いの親ふたりまでが、自分を「睦月の弟の皐月」として接してきている。「睦月」に対しても然り。
(まさか……あのお札、本物だったんだ!)
そうとわかれば、こんなおいしいシチュエーションを逃す手はない。
「彼」も「片瀬皐月」になりきって行動し、冬コミュ会場を出たあとは、アキバの男性向け同人売り場やアダルトショップをはしごしていた。
自宅に帰っても、両親も立場交換に気づかず、「彼」を「皐月」として扱ってくる。
すっかりおもしろくなった「皐月」は、イケるとこまでイッてみようと決意し、「オレはさつき、中学三年の男の片瀬皐月……」と自己暗示をかけたうえで、帰ってくる「姉」を出迎えたのだ。
その後も、下手したら「本物」より女らしい「睦月」のあまりのハマりっぷりに内心「萌え~!」と快哉を叫びつつ、何食わぬ顔で「仲のいい弟・皐月」を演じる。
そしてそのままの状態で、アッという間にひと月が過ぎ、「男子中学生の日常」にも慣れた頃、「皐月」は自分の身体が変化し始めていること気付いた。
いや、変化そのものはだいぶ前から始まっていたのかもしれない。
もともと家系の関係で骨太な体格ではあったが、気づくと明らかに体力・筋力が上がっている反面、全体に筋肉質になってきたような気がする。おかげで、元から無いに等しかった胸の膨らみが、ボディビルダーの如く完全に消失してしまった。
そして、下半身の男女で一番差異のある部分も徐々に変化し始めた。
(もしかして……社会的立場だけじゃなく、身体的にも、今の立場にふさわしいものに変わりつつあるのか?)
それに気付いた時は、流石にこのままでよいか丸一日悩んだ。
Webショップでのオンラインマニュアルには、立場交換から戻りたければ、もう一度そのお札を、今度は正しい立場で身につければよい、と書かれていた。
逆に、お札を破くなり燃やすなりして無くしてしまえば、一生元には戻れない。仮に新しく札を買って同じことを試しても、無効化されてしまうのだ。
いつもお気楽な「皐月」が珍しく考え込んでいるということで、家族にも心配されたが……。
ひと晩悩んだ挙句、「これから自分がどうなるのか」という歪んだ好奇心に勝てなかった「彼」は、「姉貴も楽しそうだし、このままでいいよな」と、2枚の名札をノートに挟み、中学卒業記念のタイムカプセルに入れた。
これで、少なくともタイムカプセルが開封される予定の10年後の同窓会まで、ふたりはこのままの立場であることが決定したわけだ。
もっとも、それから間もなくして、初めての精通&夢精、そして初めての(男としての)自慰を経験、その他の男子学生ライフも存分に堪能した「皐月」は、現在は完全に男性としてのアイデンティティに染まり、すでに元に戻る気はまったく無くなっているのだが。
──ピンポーン!
そんなことを考えてる「皐月」の耳に、玄関のチャイムが鳴る音が入ってきた。
「やっべぇ……ゆっきー、じゃなくて由希さんが来るの、忘れてた」
睦月の親友であり、「皐月」としても幼い頃から知り合いである「年上のお姉さん」と、今日一緒に出かける(ありていに言うとデートの)約束だったことを思い出し、あわてて後始末して、身支度を整えてから階下に降りる。
「お、お待たせ、由希さん」
「あ、皐月くん! こんにちは~」
玄関の三和土に佇む、幼い頃からよく知ってるはずの由希の、パッと花がほころぶような嬉しそうな笑顔を目にして、ガラにもなくドキリとしてしまう。
「来たわね、ぐーたら弟。今日はゆっきーのこと、ちゃんとエスコートしてあげるのよ? 年下でも貴方は男の子なんだから」
「う、うるさいなぁ。わかってるよ、姉貴! いこ、由希さん」
さりげなく手を引くと、一瞬ビクッとしたものの、由希もギュッと握り返してくれた。
玄関でニヤニヤしている「姉の睦月」に見送られて、片瀬家を出るふたり。
「今日はどこへ行こうか?」
「え、わたしが決めていいのかな?」
「もちろんでございます、マイ・プリンセス」
そんな会話をしつつも、姉とは異なる柔らかそうな二つの膨らみ(推定Cカップ)に、つい視線が行ってしまう思春期真っ盛りの「少年」。
(やべぇ、さっきヌいといて良かったぁ。この破壊力はちょっとしたモンだよ、うん。
だからって、ガン見してたらフラグブレイクだよなぁ……さすがにファーストデートでそのままエッチに雪崩れ込むのも無理があるだろうし)
そんな事を脳内で考えつつも、恋人候補と腕を組み、街へ繰り出す「皐月」なのだった。
-今度こそEND-
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