黒ドレスの女 ④




 アンと共に墓地巡回を終えて遅めの夕食にしようと墓守小屋に戻ってくると、窓越しにカーテンの隙間を横切る影が見えた。


 来客の約束もないし、派遣教会ギルドの職員たちも依頼人が来るようなことは言っていなかったが——。


 墓守小屋はあくまでも派遣教会ギルドから借りている物件、さらには神王国ベネトラの所有物である。小屋の鍵は派遣教会ギルドでも管理しているため、俺以外の職員がやって来て墓地を掃除する道具を借りていくことも少なくはない。

 だが、ラガロ・バーガスに見せた賢者の石フィロソフィスのこと、そしてサラマイヤーについて調べていることを知っているダストン・マールのことを考えると、良くないものを呼び寄せた可能性もある。


「どうかしました?」


 アンが俺の変化を感じとり、心配そうにこちらを見上げる。


「——ここで少し待て」


手に持つランタンの灯りを消してアンに渡し、足音を忍ばせて小屋へと駆け寄る。上着に隠した特注のショルダーホルスターから神器セイクリッドのSIG SAUER P226を引き抜き、窓から中を窺いたいが——カーテンの隙間から微かに見える人影は一つ、小屋への入り口も一つ。


 ここは一気に突入するしかないか——。


 入り口のドアに手をかけ、ゆっくりと回していく——鍵はかけられていない。


 木製ドアはどう動かしたって音が出る。僅かに動かした後は、一気に開けて中へ飛び込んだ。


「あっ、お帰りなさ……い? ゼンさん、何をしているのですか?」


 P226を構えて突入した先にいたのは——シックな紫を基調とした派遣教会ギルドの制服に身を包む少女だった。

 修道服にも似たデザインなのだが、腰回りが細く、胸元を強調するデザインからは敬虔けいけんさの欠片も感じない。


「シスター・マリアナ、来ていたのか」


 俺が構えているP226に視線を向けるも、これが武器だとは想像がつかないのか、シスター・マリアナは首を傾げてこちらを見ていた。

 この神世界フェティスにも銃に近しい武器は存在するのだが、火薬で鉛玉を飛ばすものではなく、信仰の力で神の力を撃ち放つ神砲プラーガくらいなもの。

 そしてそれは拳銃などよりも大きく、神々しい存在感を放っているため、P226のようなこじんまりとした物体が一目でソレと思われる可能性は低い。


 シスター・マリアナは、俺に墓守としての仕事を手配してくれた少女だ。まだ十代らしいが、落ち着きのある立ち姿に愛嬌のある笑顔からは、もう少し上の年齢ではないかとさえ感じさせる。

 頭に被っているベールから覗かせる金髪は、見慣れていた燻んだ金髪とは違う、金糸のような美しい輝きを放っていた。


「あっ、シスター・マリアナじゃないですか! こんばんは!」

「こんばんは、アンちゃん」


 シスター・マリアナは俺に墓守の仕事を手配して以降、時折小屋を訪れては食事を作ったり、汚れた服の洗濯や小屋周りの掃除などをしたりと、色々と手伝いをしてくれている。

 今夜も鼻腔をくすぐる香りに引き寄せられ、P226をホルスターに戻しながら囲炉裏に目を向ければ、チロチロと燃え弾ける火の上には白い湯気が立ち上る鍋が掛かっていた。

 アンもこの匂いに誘われたのだろう。中に居るのが見知った友人としるや、トトトッと中へ駆け込んで囲炉裏前に座り込んだ。


「夕刻の炊き出しで美味しいスープをいただいたので、お裾分けで持ってきたんです。もう少しで温まりますから、座って待っていてください」

「シスター・マリアナのスープ大好きです!」


 シスター・マリアナはアンに優しく微笑み、P226のことは忘れて鍋の中をかき回し始める。


 とりあえずP226をホルスターに戻し、手洗い用の水瓶みずかめから柄杓ひしゃくで水をすくい、手を洗って囲炉裏前のカウチに座る。


「ふぅー」


 不審な人物の侵入ではなかったことに一つ息を吐き、俺も意識を切り替える。

一仕事終えた後はカウチに身を預けて蒸留酒を一杯やる。金儲けの意識をオン・オフにする儀式を毎日続けることが、ストレスなく金儲けを続ける秘訣だと俺は考えている。


「はい、どうぞ」


 一杯目を一気に呷ったところで、シスター・マリアナが椀にスープをよそって差し出した。


「あぁ」


 差し出された白いスープの中には野菜とキノコがたっぷりと入っていた。サイランではポピュラーなミルクスープで、炊き出しと言えばこのスープを指す。


 スープを受け取り、木製のスプーンで掬って口へ運ぶ。


「アンちゃんもどうぞ」

「ありがとうです!」

「美味いな」

「はい、“豊穣の神ノーマ”様のご加護で豊かな実りが得られました」

「ご加護か……悪くないな」


 この神世界フェティスに来てタバコと疎遠になったせいだろうか、妙に食事が美味しく感じる。

 娯楽の類いは随分と数少なくなったが、美味い飯と美味い酒、そして充実した金儲けができれば、それだけで人生を謳歌できる。


「それでは私は帰ります。おかわりもありますから、ゆっくり食べてくださいね。」

「あぁ、気をつけて帰れよ」

「シスター・マリアナ、また明日〜」

「はい。あっ、洗濯物が派遣教会ギルドに溜まっていますから取りに来てくださいね。それと、ブラザー・ジルバが地下納骨堂の清掃日について話し合いたいそうです」

「わかった。ブラザー・ジルバには明日の朝一番で会いに行こう」

「よろしくお願いします」


 小屋を出て行くシスター・マリアナを見送り、さらにミルクスープを掬って口に運ぶ。


「う〜む、やはり美味い」


 知識は持っているアンも料理はできるのだが、やはり料理というものはレシピさえ知っていれば美味しくできるものでもない。

 アンが美味い料理を作るには、まだまだ経験と身体的能力が足りていなかった。



 

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