盾の姫騎士
実茂 譲
第一章 皇女エスレイ
1.
籠城が始まって一年。
クステノの
クステノ市内を流れるフルン川の上流、西岸に二千五百の本隊。はためく旗はルーハイム王子キールの本陣があることを示している。そして、東岸の街道のすぐ北に別動隊が五百。
フルン川のさらに上流に
その数、五門。一アロー(約七百メートル)先から重さ五百リブラ(約五十キロ)の石の玉を火薬の力で飛ばすその新兵器は籠城軍の防御力を圧倒している。
城壁の上に作られた石造りの塔で大きな盾を背負ったマント姿の女騎士がため息をつき、真鍮の望遠鏡を持った腕を下ろす。
敵の大砲を臨む騎士はまだ顔にあどけなさを残す少女だ。エメラルドグリーンの瞳にかかる栗色の髪をうっとおしそうに払い、もう一度、敵の砲兵陣地を見る。
陣地の人間は減っていない。士官らしき指揮官も負傷をしておらず、陣地の部下を采配している。
「おかしい……」
少女はつぶやく。
そのとき、後ろの扉が開いた。
「姫!」
女騎士はやっと見つけたと一息飲んだ。
「ここにおられたのですか。探しましたよ。もし砲撃に遭ったらと――」
「ごめんなさい、クレセンシア」姫、と呼ばれた少女――は困った顔で微笑んだ。「どうしても確かめたいことがあって」
「確かめたいこと?」
少女は望遠鏡をクレセンシアに渡し、砲兵陣地を指差した。
「何が見える?」
「敵の砲兵陣地が見えます」
「少し後ろに火薬樽があるのが見える?」
「いえ。何も」
「そう。何もないの」
少女は塔の屋上の狭い回廊を後ろ手に歩きながら、ひとりごとを繰るようにつぶやく。
「最近、砲撃は最盛期の半分に規模が落ちている。でも、火薬が足りないせいではなかった。だって、砲兵陣地の後ろには使われない火薬樽がどんどん増えていた。敵の補給部隊は火薬樽を運び込むのに砲兵隊はそれを使おうとしない」
「大砲に不備があったのでは?」
「この三日、観察したけれど、全ての砲はきちんと発射されているし、砲兵たちは大砲を発射するのに怯えている様子はなかった。もし、大砲に不具合があって、暴発の危険が明らかなら、砲兵たちは生きた心地がしないでしょう?」
「確かに」
「大砲に問題はない。補給にも問題はない。砲撃は間違いなく効果があって、それは外からでも分かる。それなのに発射される砲丸の数が減っている。使わずにため込んだ火薬はどこに消えたのか――ねえ、クレセンシア。きっと何かある。わたし、大切なことを何か見落としているんだと思う。きっと、あと一つ。それさえ分かれば――あっ!」
少女は突然、望遠鏡で市街地を眺めた。
クレセンシアには何が何だか分からないうちに少女は走るのに邪魔にならないよう、マントの裾を引っぱって駆けていった。
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