こうしてワタシの初恋は終わった。そして…

川崎涼介

第1話

ギィッ、ギィッ、ギィッ、ギィッ、ギィッ…

小刻みにテンポ良く、鉄を軋ませる音を鳴らしながら、アイツが近付いてくる。

ギィッ、ギィッ、ギィッ、ギィッ、ギィッ…

アイツが刻むリズムが大きくなったと思った時、アイツの姿が見えた。中学一年なのに高校生と間違えそうな大きな体格に目一杯力を込めて、アイツは、自転車を漕いでいた。

ギィッ、ギィッ、ギィッ、ギィッ、ギィッ…

ペダルに乗せている足は、蹴破るように踏み込み、ハンドルを握る手は、掌の中のモノを握り潰すように拳を作っていた。サドルは、ペダルの上に立つアイツの股下の辺りまで出ていて、誰も容易に座らせない位置にあった。しかしアイツは、そんな事お構い無しに、自転車を漕いでいた。

ギィッギィッギィッギィッギィッギィッ…

「うりゃああああああああああああああ!」

アイツは、表情に苦悶を表しながらも、雄叫びを上げ、更に力を体全体にみなぎらせた。それは、アイツからゴールが近い事を表していた。距離は、約200メートル。徒歩でも大した距離ではないが、もう2時間も重い荷物を乗せた自転車を漕いでいる現在のアイツにとって勾配20%の坂道は、一番の難関だった。

ギィッ…ギィッ…ギィッ…ギィッ…ギィッ…

坂道に入った途端、アイツのペースは、一気に落ちた。軽快なリズムを刻んでいた軋み音は、瞬く間に、重苦しい鳴き声に変わった。一回鳴く度に、聞いた人間全てを不快にしていった。ましてや鳴かしている本人に至っては、身体への苦しみや辛さを蓄積していき、それを打ち消すように、自転車を漕ぎ、またあの鳴き声を響かせる。こうして悪循環を繰り返しながらも、アイツは、目の前のゴールを目指した。

ギィッ…ギィッ…ギィッ……ギィッ…………

しかし残り10メートル付近で、アイツは、とうとう自転車から降りてしまった。足をペダルから地面に下ろし、その場から自転車を押し始めた。その姿は、ほんの数秒前の力強さが嘘と思える程、小さくてか細く、とても寂しそうだった。そんな姿を晒しながらも、アイツは、ゴールに向かって歩いてきた。道の左端を、力無く歩いてきた。そして、目的地に着いた時、アイツは、雄叫びのような嗚咽を洩らした。

「オェェェ…ェ、ェ、ェ……ゲホォ、ゲホォ、ゲホォ…」

「毎日、よく続くね。」

そう言ってワタシは、アイツに手を差し出した。その手に気付いてアイツは、自転車の荷台から一部の新聞を取り出して、私に渡した。そして私に会釈して、再び自転車に乗り、その場より立ち去った。ワタシは、角を曲がってアイツが見えなくなるまで見送り、自宅に入った。

「新聞、届いたよ。」

そう言ってワタシは、新聞を食卓へ何気無く置いた。その新聞を、丁度朝食を食べ終えた父が、手に取り読み出した。

「その様子だと、今日もダメだったみたいだな。」

私の素っ気ない態度に、父が、外の出来事を悟った。その台詞に母が、私の朝食を用意しながら、付け加えた。

「今日も残念だったわね、アナタの彼氏さん。」

「違うわよ!」

ワタシは、母の台詞をハッキリと否定した。そして、その勢いで用意途中の朝食を引き寄せ、そのまま一気に食べきり、食事と出発の挨拶を同時に言って、家を出た。

感情の勢いで外に出たワタシは、早足で学校に向かった。そうする事で、朝食時の母の台詞を打ち消そうとした。途中、クラスメイト何人かと会い、ワタシに朝の挨拶をしてくれたが、それらをワタシは、素早く済ませ、早足で学校に向かった。挨拶をしたクラスメイトの中には、後を追い掛けようとした者もいたが、ワタシの勢いと険しい表情に、近寄り難い雰囲気を察して、やむを得なく諦めた。

しかしワタシは、自分の評判を落としてでも、今朝母が言った台詞を打ち消したかった。

「何が、彼氏よ!」

しかしワタシの頭は、打ち消すどころか逆にアイツとの出会った頃を思い出させた。

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