第29話 遭難しました
スプリットワンスとの戦いを終えてキドラントの始末という目的もなくなり、本来の旅路へと戻ったヒカル達一行。
ひゅごおおおおおおおおおおおお!
吹き荒ぶ猛吹雪が視界を遮る。
積雪でヒカルはまともに歩けずユキの背にしがみついていたが、ユキも吹き付ける吹雪の前に進むべき道と方角を見失い途方に暮れていた。
「ユキ、この状況で動くのは危険だから今日はもう休もう」
「わうぅ?」
吹雪のせいでユキもしっかりと聞き取れないようだ。
ずぼっ!
ユキの背中から飛び降りると腰まで埋まってしまった。
「わうぅっ!」
ユキが慌てて引き上げる。
「ごめん、ユキ。この状況でうまく出せるかな・・・・」
ヒカルは積雪にマジカルステッキを突き立てる。
ぽぅわ!
光の輪が広がり、直径2メート程の円になった所で円の中から岩山が積雪をかき分けてせり上がってきた。
「よかった、ちゃんと使えた」
アーティファクト『
召喚円が地面ではなく積雪の上となったが岩戸は問題なくその姿を現した。
「おいで・・・・」
「わうっ」
ヒカルに誘われるのを待つこと無く、さっさとユキはヒカルに近づくとそのまま岩戸の中へと入り込んだ。
◇ ◇ ◇ ◇
全く経験のない異常気象だった。
本来は温暖な地域で雪という物の存在を知っていても実物を見たことはないという者が殆どというほどに雪とは無縁の地域だ。
それが今や豪雪に埋もれ、その噂を聞いて帰郷しようとした自分の命も奪おうとしている。
眼の前は真っ白な吹雪に覆われ、前に伸ばした自分の手すら見えない。
身体に降り積もる雪は溶けて衣服に染み込み、体温を奪っていく。
もはや歩いてる方角が本当に故郷の方角なのかすら分からなくなっている。
(・・・・)
冷気を痛みとして感じていた思考が薄れてくる。
(!!)
吹雪の向こうに見えた微かな光が沈みかけた意識を奮い起こした。
なにかがある。たとえ村などでなくても人が居て人の営みがある。
希望が感覚が無くなって仕事を放棄しかけた身体をかろうじて動かす。
(????)
光の元にたどり着いて抱いた感情は困惑と絶望だった。
そこには小屋などはなく、半分雪に埋もれた岩の一部が煌々と光を放っているだけだった。
だが、これだけの光を放っているのならばそれなりに熱を持っているはずだと縋るような想いで光源に触れてみる。
(冷たい・・・・)
発光しているにもかかわらず全く熱を持っていない。
突きつけられた絶望を前に、彼女は意識を手放した。
◇ ◇ ◇ ◇
ぴーんぽーん!
外で誰かが岩戸の呼び鈴に触れたようだ。
「ユキ、行ってくれる? 必要ならば入り口までは入れても良いから」
「わうっ!」
ヒカルは来客の対応をユキに依頼する。
通常なら自分が出る所だが、入浴中ではそうもいかない。
「うーん、なんだろ。外があれだから遭難者かな・・・・」
ユキに全て対応させるわけにもいかないのでヒカルは入浴を中断して出入り口へと向かうことにした。
「わわうっ! わうぅ!」
着替えて出入り口に向かうと慌てた様子のユキが出迎えた。
「ちょっと、どうした・・・・」
言い掛けた所でユキの背中に乗った人物に気付く。
フードを被った女性が意識を失った状態でユキの背に乗せられていた。
顔は真っ青で唇も紫に変色し、時折見せる痙攣がなければ生きているとは認識しなかっただろう。
「って、痙攣とかヤバすぎ! 急いで手当しないと!」
と言いつつもヒカルはパニック状態で右往左往するだけであった。
「わうっ!」
落ち着けと言わんばかりにユキが前足でその頭を抑え込む。
そして、背の女性を下ろすとその服を脱がせようとする。
「あ、そうか! 濡れてる服を脱がさないとね」
フードを取ると短く切りそろえられた銀髪が顕になる。
濡れた分だけと思っていたが水の侵入は下着にまで及び、結局全て剥ぎ取ることとなった。
年の頃はヒカルと同じぐらいだろうか、浅黒い肌でヒカルと比べてスレンダーというかやせ細った身体付きをしている。
「えーと、どうすればいいんだろ。あ、温めるんだよね。そうだ、人肌で暖めないと!」
「わうっ!」
全裸に剥いた気まずさから再びパニック状態に陥り、服を脱ごうとしたヒカルの頭をユキが再び抑え込む。
「わうっ!」
そしてクイっと顔を浴場の方に向ける。
「あ、そうか! お風呂にいれれば良いんだね、ちょうど裸だし」
冷え切った身体に熱い風呂は刺激が強すぎるだろうと、水を加えてかなり
「じゃ、濡れた服を洗ってくるからユキはその子を見ていて。溺れたりしそうになったらわたしを呼ぶかしてね。
あと、体温も戻れば気が付くだろうからその時はお湯を入れてあげて」
「わうっ!」
◇ ◇ ◇ ◇
(・・・ここは?)
明るい部屋の中、見慣れない天井。
肌を包む冷たく濡れた衣服はなく、裸で温かい水に浸かっている。
(お風呂?)
かなり
(夢でも見てたのかな・・・・でも・・・・)
さっきまで吹き荒ぶ猛吹雪の中で死にかけていたことが嘘のように思える。
しかし、入浴中に眠って夢を見ていたのだとしてもこのような場所で入浴をした記憶はない。
「やっぱり、死んじゃったのかな・・・・」
猛吹雪の中で絶望して死んだのが現実で、ここは死後に訪れるという天国なのではないかという考えが浮かんでくる。
「わうっ!」
声がした方を振り向くと犬が居た。
真っ白でふわふわの毛に覆われた愛嬌のある顔立ちの、しかし超々大型犬とも言える尋常じゃないほど巨大な犬がしゃがみ込んでこちらを見つめていた。
白い犬は少女が意識を取り戻した事を確認すると湯船の横に備えられたレバーを器用に動かす。
じょぼぼぼぼぼっ!
レバーの付け根にあった金属の管からお湯が溢れ出して湯船に注がれていく。
「温かい・・・・」
温すぎる湯が適温まで温かくなり、冷えていた身体も温まっていく。
体が温まるに連れて思考がはっきりとしてくる。そして、なおさら今の状況が判らなくなり困惑する。
(えーと、なにこの状況・・・・)
吹雪の中で絶望してもう死ぬと思って意識を失い、気付いたら巨大な犬に見守られながら入浴中。
まったく前後が繋がらない状況に困惑するしかなかった。
「あ、あの・・・・」
困惑しながらも、立ち上がって犬に話しかけてみる。
「わうぅ」
犬は落ち着けとばかりに前足で肩をぽんぽんとやさしく叩く。
「あ、うん・・・・」
とりあえず肩までゆったりと浸かってみる。
「ふいぃー」
思わず声が漏れる。
犬に見張られているとは言え、これほどゆったりとした快適な入浴など経験したことがなかった。
(少し長湯しすぎたかも)
見張りの犬は少女が落ち着くのを確認するとそのまま浴室を去っていった。
少女は個人風呂などという滅多に経験できない贅沢をしっかりと堪能しようとした結果、少しのぼせてしまった。
浴室から出ると清潔なタオルとバスローブ?のような衣と平たい紐が備えてあった。
遠慮なくタオルで体を拭き、綿で織られた薄手のバスローブのようなものを羽織る。
衣に紐を付いてないからこの平たい紐で留めるのだろうか。
衣をまとい、タオルを濡れた頭に巻くと脱衣場の外に出てさっきの犬を探すのだった。
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