第27話 恩知らずを追い詰めました
「朝から景気が良いね」
酒場のマスターは呆れたように言った。
朝食代わりに酒と肴、その男は昨夜も泥酔して潰れる寸前まで飲んでいた。
「はっはっはっ! ちっとばかしデカい儲けがあったからな!」
男はほろ酔いで上機嫌に笑う。
男は昨日、野盗に襲われ馬車も積荷も全て失った。
だが、それは使い古しのボロ馬車に老いた駄馬、積荷も食料や日用品など価値の低い物が少しあっただけで大した損失ではなかった。
しかも怪我してを倒れている所を最上級の美女と毛皮に助けられた。
そして、男は迷わず恩人を非合法の人買いに売り飛ばした。
代金として一回の取引では人生最高額となる金を受け取り、売り飛ばした事を当人たちに気付かれる前にその場を去った。
失った馬車などを新調しても余るほどの大金を得たので、先に贅沢を満喫していた。
すぐに酔いが冷めて地獄に叩き落とされる事になるとも知らずに・・・・
「朝定食一つ、あと持ち帰り出来る食事も一人前ください」
女がカウンターでマスターに注文をしているのが聞こえてきた。
その声がなんとなく気になって、女の方に視線を向ける。
顔は見えないが長く美しい黒髪に、他に類を見ない特徴的な青い服・・・・
どがっだたん!
男は驚きのあまり、椅子ごとひっくり返った。
「ななな、なんでここに・・・・」
昨日売り飛ばしたはずの女が酒場兼食堂のこの店で悠長に朝飯を食っている。
転んだ音が気になったのか、女が振り返る。
間違いなく昨日の女だった。
肌の色や顔立ちなどがこの国の住人とは明らかに違う異国の美女、強く印象に残る存在だけに間違えようがない。
「あわわぁぁぁ!」
朝の分には多すぎる金貨を残して、転がるように男は店から逃げ出した。
そんな男を見送りながら少女は呟く。
「うまく釣れるかな・・・・」
◇ ◇ ◇ ◇
「一体どうなってるんだ・・・・」
男は酒場を飛び出すと、その足である場所を目指して走った。
女を売り飛ばした施設、通称『温泉宿』だ。
街から少し戻って、脇道に入れば宿と言うには強固すぎる造りの建物があるはずだった。
「な、なんだこれは・・・・」
目的の場所に着いて男は崩れ落ちた。
建物があったはずの場所には瓦礫と肉の塊が転がり、建物の向こうにあって見えなかった渓谷がはっきりと見える。
「こっちに戻ってきたか・・・・」
背後からの声にあわてて振り返ると青い服の少女と巨大な白い獣。
「あわあばばばばば・・・・」
男は腰を抜かしてへたり込む。
次の瞬間、一瞬にして眼の前から少女と獣が消える。
「こっちに行っても崖しかないよ」
「わうっ!」
振り返ると道を塞ぐように立っていたはずの少女と獣が背後に回り込んでいた。
「ひ、ひぃぃぃぃ!」
男は情けない悲鳴をあげながら無様にそこから逃げ出した。
その後姿を見送りながら少女はため息を吐いた。
「結構面倒だねこれ・・・・」
「わうぅ・・・・」
◇ ◇ ◇ ◇
街道に戻って後ろを振り返るが、追いかけてきてる様子はない。
「ぜぃ、ぜぃ・・・・はぁぁぁ、どうしたものか・・・・」
呼吸を整え、落ち着いてから思案する。
すぐに手出ししてこなかったということに関しても楽観視出来ない。おそらくしばらく嫌がらせを続けて精神的に追い込もうとしている事は容易に想像がつく。
「はやめにケリをつけねえとな」
嫌がらせに飽きたら直接的な報復に出る可能性が高い。
「しかし、なんだよあれは・・・・」
崖下からの引き上げの件で身体能力は高そうだと思っていたが、『温泉宿』を建物ごと消し去るとか高いを通り越してバケモノの領域だ。
「組織に匿ってもらうしかねえか」
男は周囲を警戒しながらある場所を目指す。
人通りのある街道ならばまず襲われる心配は少ないとは言え、油断はしない。
そしてしばらく進んでから脇道に入る。
人目のない襲撃には絶好の場所だけに恐怖に心臓の鼓動は速まり脂汗が流れる。だが、ここを避けたらずっと相手の気まぐれに怯えながら過ごす事になる。
「まだ、大丈夫そうだな・・・・」
背後に気配はある。隠れてるつもりなのかは分からないが物陰から白い尻尾や犬の耳が顔を覗かせている。
その脇道は街道から死角になる場所で行き止まりの袋小路となっていて、その行き止りの壁には不自然な木の看板が掛かっている。
看板に両手を乗せて、ぐっと体重をかけて押し込む。
ごぉりごぉりごぉり!
岩が擦れ合いながら動き、馬ぐらいならば余裕を持って通れそうな洞窟が口を開く。
すぐさま滑り込むように洞窟に入るとそのまま洞窟の入り口を閉じ、さらに外のスイッチを無効化させる。
「とりあえずはこれで安心だな」
◇ ◇ ◇ ◇
「おう、俺だ。すこし匿ってくれ」
洞窟のは少し進むと開けた場所に繋がり、男はそこで赤と青のローブを着た二人組に声をかけた。
「キドラントか・・・・」
赤ローブがどこか機械的な声と共に男に視線を向ける。
フードの影に隠れて表情をうかがい知ることは出来ない。
「とんでもないバケモノに目をつけられた。身を隠したいから少しのあいだ匿ってくれ」
「あいつらのことか? そのバケモノというのは」
青ローブがキドラントの背後を指差す。
「は? な、何を言って・・・・」
恐る恐るキドラントは後ろを振り返り、驚愕の表情で硬直する。
白い獣と青い服の少女が付いて来ていたのだ。
「なななな、なんで!」
洞窟の入り口を塞いで外からは開けられない様にしてきたから入ってこれないはずなのに、二人は侵入してきていた。
「確かにとんでもないバケモノのようだな・・・・」
「組織は大きな損害を被った、貴様のせいで」
ローブの二人がキドラントの腕を両脇から掴む。
「ま、まて、代金なら返す! 少しばかし使ったから全額とはいかねえが、全部返す!」
「貴様に支払った代金だけではない、わが組織の損失は」
「貴様に支払った代金の返却は当然のものとして、戦闘員10人に『温泉宿』の消失はどう補填するつもりだ・・・・」
「・・・・・・・・」
「一つだけだだ、対価となる手段は」
「眼の前の驚異を排除できたら見逃してやろう・・・・」
「いや、何言ってるんだ! そんなこと出来るわけ無いだろ!」
「方法はある、ここに一つだけ」
青ローブが注射器を取り出す。
「や、やめろ! そいつだけは!」
キドラントが恐怖に目を見開いて叫ぶ。だがそんな事はお構いなしに青ローブは注射器を突き立て、薬液をキドラントの体内に送り込む。
「ぐ、ぐうぉぉぉぉぉぉ!」
キドラントが獣のような咆哮をあげ、苦しみだす。
ぼんっ! ばんっ!
体中の筋肉が異様に膨れ上がり、衣服が弾けていく。
ミシミシと骨が軋む音が聞こえ、キドラントは苦痛にのた打ち回る。
「・・・・・・」
三人のやり取りを黙って眺めていたヒカルはマジカルステッキを頭上に掲げる。
「
ぱあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!
光の波紋が広がり、周囲が淡い光に包まれる。
「ん・・・あれ?」
光が収まるとキドラントは苦しみから開放されていた。
以上に膨れ上がった筋肉は嘘のように治まり、弛んだ中年のだらしない体に戻っている。
「なんということだ・・・・」
「ありか! こんなの」
「うーん、まさかこれで上手くいくとは思わなかった」
変異の過程が苦しそうだったから、変異を引き起こす薬剤を毒扱いで消して変異も怪我や病気扱いで治癒の力でリセットできないかと考えて試しに『大浄化の奇跡』を発動させたのだが、予想外に上手く行ったことにはヒカル自身も驚いていた。
「た、助かったのか・・・・」
変異の苦しみと怪物になる恐怖から開放されたキドラントは自分を救ってくれた少女に視線を向ける。
「さっきの扱いからして、これ以上の釣りは無理か・・・・」
ヒカルに言葉に僅かな希望を打ち砕かれ、愕然として膝をつくキドラント。
「最初から我々が狙いだったようだな・・・・」
「歯向かうつもりか? 組織に」
「組織の情報、しっかりと吐いてもらうよ!」
ヒカルはビシッとマジカルステッキを突きつける。
「どのような手段を使って破壊したかは知らんが・・・・」
「ノロマな岩人形と同列だとは思うな! 我らを」
赤と青の二人はローブを脱ぎ捨てると同時に地を蹴って駆け出した。
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