第10話 水神の里の問題を解決しました

「聖女様はどこに?」

 辺りを見回しヘクターは呟くが、瀑布の音に掻き消されて相方の耳には届かない。

 周囲が光に包まれて、光が消えた後にはヒカルの姿は消えていた。

 青い壁に彼女の黒髪が消えていったようにも見えたが一瞬の出来事だったので確信が持てない。

「わうっ!」

 地面の匂いを嗅いでいたユキが一吠えして目の前の青い壁をカリカリと掻く。

 やはり彼女の匂いが壁の中へと続いてるらしい。

 鉄の塊が全荷重をかけて殴ってもびくともしなかった壁をどうにかできるとは思えず、二人と一匹はに待つ以外の選択肢は無かった。


            ◇ ◇ ◇ ◇


「ここは一体・・・・・・?」

 壁の中は瀑布の音で何も聞こえない外とは打って変わって静寂に包まれていた。

「何だろう、ものすごく気になる」

 さほど広くない部屋の中央にはヒカルの背丈よりも高い水晶柱が立っている。

 服を着るのも忘れ、その水晶柱に引き寄せられるように手を触れる。


 さあぁぁぁっ!


 水晶柱は光の粒子となって広がり、周囲の空間を別のものへと塗り替えていく。

「貴女が訪れるのを待っていました」

 水晶柱のあった場所に女性のシルエットが現れる。

「水の神様?」

「ええ、私は水の神です」

 ヒカルの問いかけをシルエットは肯定する。

「わたしを待っていた?」

「何者かが我々神々と人々の関係を断ち切り、信仰を奪い消し去ろうとしています。

 強大な敵に対抗するためにも、貴女に真の力を与えます」

「真の力?」

「私達は太陽神の力を借りて貴女に強化改造を施しました。

 ですが、間接的な参加故に太陽神以外が与えられた力は不完全な物」

「え? ということは・・・・・・」

「太陽神を除いた他の神々も貴女が訪れるのを待っています」

「そうですか。

 ところで・・・・・・なんでわたし拘束されてるんでしょうか?」

 気が付けば寝台のような物の上でガッチリと拘束されていた。

「まあ、暴れないように」

「暴れるようなことをするということですか?」

「大丈夫、痛いとか苦しいといったことはないから」

「い、いや、それはそれで不安・・・・・・って、あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 静寂の空間にヒカルの嬌声が響いた、外に漏れる程に・・・・・・


            ◇ ◇ ◇ ◇


 中に入ることは諦めながらも、中の様子は気になると壁に耳を当てる二人と一匹。

 壁の向こうは静かなようで微かにだが物音が聞こえてくる。

 誰かが居るのか内容までは聞き取れないが話し声が聞こえ、そして・・・・・・


 近づいてくる気配に慌てて壁から離れる二人と一匹。

 壁から離れて何も聞いてないといった体裁を装い待機していると、ひどく疲労したヒカルが壁の中から現れる。

 両手をだらりと垂らした猫背で疲れ切った表情をしているが、頬は上気して赤く息遣いも心なしか荒く感じられる。

 そんなヒカルを見て気まずくなり、思わず視線をそらす二人と一匹。

(まさか聞いてた!? っていうかユキまでその反応ってどういこと?!)

 思いがけない出迎えに脱力し、がっくりと膝をつくヒカル。

「わうっ!」

 ユキはヒカルに近づくと背を見せるように座り込む。

「え、何? 乗れってこと?」

「わうっ!」

 ヒカルは返答を肯定と判断し、ユキの背中に跨がる。

「うわぁ、柔らかい~」

 疲労でもたれかかった瞬間、モフモフの感触の包まれてそのまま惚ける。

「帰るか」

 ヘクターは言葉と手振りで帰還の意を示し、オライオンとユキは頷く。

 ヒカルはモフモフの感触に惚けているのでユキがそのまま運ぶことにした。


            ◇ ◇ ◇ ◇


 ユキが居た為に一行が里に戻ると緊迫した雰囲気で出迎えられたが、報告を兼ねて事情を説明したらすぐに落ち着いた。


「ヒカル様が歩けなくなるほど疲労するなんて、よほど激しい戦いだったのですね」

 心配そうに呟くリリアに対し、気まずくなりながらも相槌を打つ二人。

「ヒカル様、おケガなどはありませんか?」

 リリアがヒカルの身を案じてユキの背中に駆け寄る。

「あ~、幸せってこんな所にあったんだぁ・・・・・・」

 ユキのモフモフに惚けていた。

「ヒカル様!」

「はいっ! え、あれ、ここは?」

 リリアの呼びかけでやっと現実に帰ってきた。

「あ、戻ってきたんだ。それならば・・・・・・」

 ユキの背中から降りるとヒカルは懐から何かを取り出した。

「ヒカル様、それは一体?」

 ヒカルの手には手の平からはみ出す大きめの水晶が握られていた。

「これは水の神様の依代の一部。

 水神の奇跡! 大浄化!」


 ぱあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!


 ヒカルが水晶を頭上に掲げると光が波紋のように広がった。

 光の粒子が全てを塗り替えるかのように全てを清め浄化していく。


 光がが収まった後には美しい里の原風景が広がっていた。

 流れる水はどこまでも澄み渡り輝き、作物も瑞々しく生命に満ち溢れ、空気さえも高原のごとく澄み渡ってる。

「お、おおぉぉぉぉぉ!」

「まさに奇跡だ」

「まさに神の御使い・・・・・・」

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 目の前で起きた奇跡に里の人々は感嘆の声と歓声をあげる。

「里長さん!」

 ヒカルは里長に近づくと依代の水晶を手渡す。

「これをどうしろと?」

 とんでもない物を手渡されたと里長は戸惑う。

「里のどこか、簡単に出入りできる場所に祀ってほしい。

 そうすれば洞窟まで来なくてもみんなの祈りや声が届くって水の神様が言ってた」

「・・・・・・。

 わかりました。里長として責任を持って取り扱わせていただきます」

 一呼吸置いて意を決した表情で宣言する里長。


 くぅぅ~


 里長の言葉が終わりかけたところでヒカルのお腹が鳴った。

「ひ、ヒカル様・・・・・・」

 リリアは笑いをこらえている。

「え、あ、あの、ユキ、ユキにお弁当あげちゃって何も食べてないから!

 あとユキもわたしのお弁当だけじゃ足りなかったと思うから!」

 真っ赤になりながら慌てて弁明し、ついでにユキも巻き込むヒカル。

「では、簡単な物ですが用意させましょう。

 宴を催すつもりですが、それよりは早く食べられる物の方が良いでしょうから」

「お、お願いします」

 ヒカルは真っ赤になって俯きながら答えた。

「しかし、ユキ殿にはどのような物が良いのでしょうか?」

「あ、今調べるね」

 ヒカルは虚空から半透明の板を取り出した。

 板の表面には幾つもの文字のような物が浮かんでいる。

「ムーンライトハウンド、食べ物・・・・・・」

 ヒカルが調べる内容を呟きながら板を指で突く。


叡知のインテリジェンス水晶板タブレット

 神様から貰ったアーティファクトの一つ。

 脳内インストールだけでは補えない一般常識から外れたこの世界の知識や現代日本側の知識を調べることができる水晶板。タッチパネル操作。

 使用言語が日本語で、聖石による承認起動なためにヒカル以外は使うことが出来ない。

 ちなみに現代日本側の知識は『ぐぐればわかる程度の知識』に限定されている。


「えーと、

『雑食、なんでも食う。巨体の維持のために選ぶ余裕が無く、この食性になったと推測される。

 毒物耐性が極めて高く有毒の動植物でも平気で食す。

 知性と味覚は犬より発達しているため、飼育された個体は人間と同じ食事を好む』

 ということだから普通に人と同じ物で良いみたい」

「ではそのように用意させます」


「ヒカル様、報告のために帰還するので長居は出来ない事をご了承ください」

 ヘクターがなぜか申し訳なさそうに申告してきた。

 食事が運ばれてくる頃にはその態度の理由も理解できた。

 別れを惜しむ里の人達に囲まれてしまい、ヒカルは落ち着いて食べる事が出来なかったのだ。


            ◇ ◇ ◇ ◇


 水神の里の事件が解決してから数日後。

 里の中央の広場には里の人々が集まっていた。

 広場の中心には布を被された何かが建っている。

 里長が布に近づき除幕を宣言する。


 里長が布の端をつかみ、強く振り払うよに引くと同時に歓声があがる。

 目を真っ赤に充血させた者達──不眠不休で働き異例の速さで仕事を終えた職人たち──は感極まって泣いていた。


 そこに佇むは『白き巨獣を従え、水の神の依代を天高く掲げる蒼き衣の聖女の像』──

 ──水の神の依代と蒼き衣の聖女、その両者が同時に祀られていた。

 もちろん、白き巨獣と蒼き衣の聖女当人達の預かり知らぬ所での出来事である。

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