第9話 洞窟の奥でピンチになりました
ウォーターデススパイダーの死体を焼却し、ヒカルが落ち着くまで一行はひたすら周囲の哨戒を行っていた。
(子蜘蛛はもう残ってないよな?)
(一匹でも残ってたら大騒ぎだからな)
(わうっ!)
完全に殲滅したことを確認し、ヒカルが落ち着いた所で歩を進める。
川を渡った向こう岸を少し歩くと緩やかな坂道に繋がっていた。
坂道の上からは微かに滝の音が聞こえてくる。瀑布の音に紛れて金属音も響いていたがユキ以外は気付かず、ユキとしても伝える手段が無いからあえて反応は示さずにやり過ごした。
坂道を登りきった先には幻想的な風景が広がっていた。
辺り一面を水晶が覆われた広間と広大な地底湖、そしてその湖に注ぎ込む幾多の瀑布と陽光が織りなす七色の光彩。
坂は湖の中央に向かって伸びる道と繋がっており、湖の中央では何かが青い壁に向かってひたすら殴打を繰り返していた。
一行は『あれはなんだろう?』と顔を見合わすが、互いの声は瀑布の轟音に掻き消されて会話は成り立たなかった。
金属音がユキ以外にも聞き取れる所まで近づいたが、それが何なのかは分からなかった。
拳大の金属球の集合体、それが右手が異常に大きいアンバランスな人型を作っている。
異常に大きな右手は威力を増すための仕様だろう。
右手を振りかぶるとバランスを崩しかけてよたよたとよろめきながらも、全荷重を掛けた拳を壁に叩き込む。
その姿は非常に滑稽であったが、状況的に良からぬ事を行っている事は容易に推測出来た。
─── ????? ?
─── ちから:600 ─── はやさ:12 ───
─── 無生物 ─ 遠隔操作 ───
データに無い存在らしく『
ただ、『ちから』の驚異的な数字にヒカルは自らが
さすがに今回ばかりは背を向けてもらって、全裸になってから変身するという訳にはいかない。
「変身!アクアフォーム!」
かっ! ばりぃぃっ!
太陽の使徒サンブレイバーこと青空ヒカルは改造人間である!
彼女は体内に埋め込まれた聖石の力を開放することによりサンブレイバーへと変身するのだ!
「太陽の使徒! サンブレイバー!」
変身の光に反応したのか、金属球の人型集合体がヒカルの方を振り返る。
人型集合体は右手の鉄球を全身に振り分けてバランスの取れた形態へと自らを変化させると、拳を振り上げながらヒカルに向かって走り出した。
ひゅっ!
対するヒカルは相手の接近を待たずに一瞬にして間合いを詰めた。
「
ざしゅぅっ!
巨大な獣の引っ掻きのような三本の水の刃が人型集合体を切り裂く。
だが、人型集合体は瞬時に再生してそのまま拳を振り下ろす。
ごぐぅわっん!
ヒカルが後ろに飛び退り、拳は空を切って地面にめり込む。
「
ざしゅっざしゅざしゅざしゅざしゅぅっ!
多数の水の刃が連続で多方向から斬り掛かり、細切れになる人型集合体。
だが崩れ落ちることもなく、一瞬で再結合して元に戻る。
ヒカルは少し焦る。
洞窟の外で一度変身しているために少しだが力を消耗している。
ヒカルの変身は日の光をエネルギー源として力を発揮する。そのため、日の光の届かない洞窟内での戦闘は屋外よりも消耗が激しい。
力を使い尽くしても動くなくなるようなことは無いし、ヒカルの身体能力ならば変身なしでも攻撃に当たることはまず無いだろうが、力を使い果たせば変身が解ける。
それが大きな問題だった。変身の際にヒカルの衣服は全て吹き飛んでいる。
変身が解ければ全裸で戦うことになるのだ。
それだけは無理だ。変身の為に全裸になるだけでも顔から火が出そうなほど恥ずかしかったのにその状態で戦えとか無理ゲーにも程がある。
だから最悪、倒せなくても追い払うか無力化させなければいけないがその目処すら立たない。
思案するヒカルをよそに人型集合体は後退して間合いを広げると、左手を前に突き出し弓をひくような姿勢を取る。
ひゅぱっ!
左手の鉄球が矢のように打ち出された。
ヒカルはそれを容易く躱す。だが、その直後にあることに気づいて慌てて後ろを振り返る。
たたっ! とんっ! どさっ!
ヒカルの心配は杞憂に終わった。
ユキが飛んでくる鉄球の横に回り込み、器用に前足ではたき落としたのだ。
それを見てヒカルは違和感を感じていた。
(アナライズスキャンの数値を考えるとユキの力ではたき落とすなんて出来ないはずなのに)
飛んでいく鉄球が数値通りの力で飛んでいたらはたき落とすどころか軌道を変えることすら難しかったはずなのに、鉄球は今もユキに押さえられて戻ることすら出来ないでいる。
「少し光が見えたかも」
ヒカルは間合いを詰めると人型集合体の右腕に手を掛ける。
「
すぱぁぁん!
水の刃を纏った手刀が人型集合体の右肩から先を切り落とす。
再結合しようと戻りかけた右腕を引くと僅かな抵抗があったのみであっさりと離れる。
「ていっ!」
そして、切り落とした腕をそのまま遠くに投げ捨てる。
ばちゃばちゃぼちゃん!
「あれ?」
右腕はある程度飛ぶと空中分解してバラバラに着水する。
時間稼ぎになればと思っての行動が思いがけない結果を生んだことに少し驚く。
(本体と切り離されると極端に力が弱くなるだけじゃなく、離れすぎると完全に力がなくなるんだ)
予想以上の収穫に喜び、左手も同じ様に切り離そうと襲いかかる。
だが、うまくはいかなかった。
「え!?」
切り離された左腕はビクともしなかった。
まさに数値通り力強さで全く動かなかった。
驚いて動きが止まったヒカルに対し何かが巻き付いてきた。
「!!!!」
鎖のように細く連結された鉄球が蛇のようにヒカルの体に巻き付き締め上げる。
ぱしゃん!
ヒカルの姿が一瞬にして崩れ、ただの水塊となってその場に落ちる。
地面に落ちて飛び散った水は少し離れた所に集まり、ヒカルの姿を再構成する。
(左手が本体? それとも本体は移動してる? どっちでも同じか)
ヒカルは相手の形状から鉄球の一つが本体というか
そして切り離された際に核を含まない部分は極端に力が弱くなり、離れ過ぎれば完全に力を失う。それがヒカルの導き出した結論だった。
問題は『
『刻んで力の弱い方を遠くに投げ捨てて小さくする』を繰り返せばいずれは
変身の維持には力を消費する、技を繰り出せばより大きく力を消費する。巻き付きを受けて自身を水塊に変化させた防御も大きな消耗だった。
「やるしかないか」
繰り出せる技の回数と残り時間に余裕は無い、一切のミスは許されないギリギリの状態。もはや迷ってる時間すら惜しいとヒカルは覚悟を決めた。
ヒカルは人型集合体に向かって突撃する。向かってくるヒカルに対し、人型集合体は腕を振り上げて迎撃の姿勢をとる。
ぱしゃん!
ヒカルはそのまま水塊に姿を変えて人型集合体の体をすり抜けた。
そして体を再構成するがそのままでは止まれないので青い壁にぶつかって
「あれ?」
ヒカルの予想に反し、壁はヒカルの体を素通りさせたのだった。
「どういこと?」
壁に守られた存在は気にはなったが今は瞬きの間すら惜しいほど時間がない。すぐに踵を返して戦いの場に復帰する。
「
しゅいぃんっ!!
水の刃が一瞬にして全ての鉄球の繋がりを断ち切ってバラバラにする。
「そこだ!」
バラバラになった鉄球の一つを掴み取る。
ヒカルが掴み取った鉄球と結合しようと鉄球群が集まってくるが、一蹴りでそれを払いのける。
見た目は他の鉄球と全く同じだが手に取れば違いがはっきりと分かる。
音波のような力を発しているのがはっきりと手に伝わってくる。
水塊に変化しての体当たりはこの
水塊となってぶつかって鉄球の隙間をすり抜ける事で人型集合体の内部を調べると、音波や振動のような物が伝達しているのがわかった。
そして次の技は内部に残った僅かな水分を起点として、きっちりと全ての鉄球を切り離した。
それと同時に、水の刃に伝わる音波と振動で
「これで終わり!」
ヒカルは
「
ばしゃぁ!
「え、うそ!」
落ちてきた核を手に取り青ざめる。
もはや次の技を繰り出す余力はない。それどころか変身解除まであと僅かという状態。
(どうする!? 投げる? それとも・・・・・・・あ!)
ヒカルの手から
それと同時に崩れ落ちる人型集合体。
(無生物だからもしかしたらって思ったけど・・・・・・・って時間がない!)
異次元ポケットは生物は受け付けない様になってるが無生物の
異空間に放り込んで入り口を閉じてしまえば距離は無限に離れる。だから残された人型集合体は即座に制御を遮断されて崩れ落ちたのだった。
戦いはヒカルの勝利に終わった。だが、ヒカルのピンチは終わっていない。
変身解除までの時間はすで3カウントに入ってしまっていた。
ヒカルの勝利を喜び駆け寄ってくる仲間を止めようと思っても瀑布の音に声は掻き消される。
ヒカルは仲間に背を向けると半ばヤケクソで青い壁に突っ込んだ。
ぴかぁ!
青い壁に入りかけた瞬間、ヒカルの体が発光して変身が解ける。
彼女にとって幸運だったのは変身解除にも発光を伴う事であろう。おかげで仲間たちには壁の中に消えていく髪の毛しか見えなかったのだから。
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