人妻A
城西腐
第1話
二十何回目の誕生日のとある土曜日。この日は自分にとって年に一度の記念日ということもあろうに予定を入れずに自宅でゴロゴロと過ごしていた。
昼前に起きてコーヒーでアタマを起こしながらネットでニュースを読み漁るが、真新しい記事が目に止まるわけでもなくダラダラと、夕方くらいには出掛けようかと朝食を兼ねた昼食を取る。実家から送られてきた何処かの有名店監修のレトルトカレー。ブランチのお誘いでもなければ休日家での昼食は専らこんな感じだ。
食事と洗い物を済ませて再びデスクトップPCの前に腰を下ろす。この週末は何をして過ごそうかと思いながら、結局この日も好きなブランドの公式サイトで新作をチェックしながら、伊勢丹かそれらのブランドの路面店へ足を運んでみようかといったくらいに持て余していた。とは言え1人で寂しく過ごすしかないかと言えばそうでもない、何処かの誰かが必ず連絡を寄越して来てもいた。この日も隣の隣のマンションに住むアオイから誘いの連絡を貰っていたが、「よりによって何で誕生日にアンタと?」とでも意思表示するかのように、予定を入れてもいないクセに億劫だと返事を返さずにいることを気にしてもしていた。そうこうしていると案の定アオイから連絡が入る。今度はメッセージではなくコールだ。流石にご近所同士でお世話になっている手前、コールに応じないまでの太々しさは持ち合わせてはいない。
「どしたの?」
「『どしたの?』って。昨日メッセージ入れてたの読んでくれた?」
「一応読んでたけど返せていなかったね…」
「まぁいいや。今日何してるの?予定ある?誕生日って言ってなかったっけ?」
「特に無いけど忙しい」
「予定無いのなら忙しくないでしょう(笑)」
「うーん…。そのまま取られるとそうなんだけど、なんだか何もする気が起きないんだよね。夕方ジムには行くかも」
「外出れば?気が晴れるよ!駅前のお花屋さんに用があってさ、付き合ってくれるなら誕生日だしケーキご馳走する!1人では食べないでしょう?(笑)」
「優しいなぁ、有難う。考えとくよ…」
「いやいや、今日コレからって言ってるんだけど!ちょっとヒトの話聞いてる?」
「聞いてはいるよ。今から?まぁこのままゴロゴロしてるとジムにも行かないかもだし出掛けてみるかな…」
「いいね、そう来なくっちゃ!(笑)」
「いや、ちょっと待って。やっぱやめようかな…」
「いや、もう行くよ。1時間後に下で待ってるね〜」
「ってか今日旦那さんは?」
「明け方からサーフィン行ってるしいないよ。1人で遊びに行っちゃって、私も自分なりに休日を楽しまないと!」
「このお誘いは良いのか?ってか旦那さんの職場のヒトが駅の反対側に住んでるとか言ってなかったっけ?」
「まぁそうだけど私自身1回しか会ったことないし、『奥さんに似たヒトがオトコと歩いていた』とか曖昧なコト旦那に告げ口すると思う?しないでしょ(笑)」
「強えな…。でも確かに(笑)」
根拠も無く己の持論を振りかざしながら強気な彼女の逞しさにも魅せられてか、僕は妙に納得しつつ着替えるために洗面所に立った。指定の時間に自宅マンションの入り口を出ると。アオイが自宅方面から優雅に大きく手を振りながらこちらに向かって歩いていた。
上海から帰国して、共に渡航していたメンバーはそれぞれのチームから方々に散る形で次の仕事のアサイン先となる新天地へと身を移した。僕は何故かそれまでの成果が意外なところから評価され、昇進を前提としてとあるチームに歓迎される形で迎えられたのだが、そこは神奈川県のど真ん中に位置するクライアントの工場を拠点としていた。横浜から更に西へローカル線へ乗り継いで毎朝1時間を超える電車移動に加え、駅から更に30分もバスで揺られるという通勤時間には1ヶ月もしない内に嫌気がさし、直ぐに直属のマネージャーと衝突した。
そこで稼働している他のメンバーは、次第に妥協するようにその拠点の最寄駅付近に居を構えるのが常となっていたようだが「こんな地元と変わらないレベルの田舎の見知らぬ土地に越して来られるか!だからと言って1日の内の4時間も移動に充ててもいられない。どうにもならないのであれば会社を辞める」と強気に直談判し、「長期の稼働が見込めず、無理強いしたところで不安要素も大きい」と見放される形で元々の拠点であるみなとみらいのオフィスで、翌月から新規プロジェクトへ参画する方向で漸く話が落ち着いた。
そしてとある金曜日。僕の1ヶ月という短い配属の歓送迎と、チームの離職者の送り出しを兼ねた囁かな宴が町田駅前で開催された。それに対して「何で酒を飲むためにわざわざ町田まで移動しなきゃならんのだ」と思いながらも、一口飲めばそんなことはどうでも良くなり皆でわいわいと騒いで、終電間際の横浜線から東横線へ乗り継いで最寄り駅の改札を出た。
勤務地が変わってからは駅前で時間を潰す機会もうんと減っていたが、飲んだ帰りということと週末前の金曜日ということもあり、コンビニでドリンクでも調達して街を徘徊しようとしたところ、同じくらいの身丈のスラッとしたOL風の女性が、立ち止まろうとする僕の横を俯向き加減に足早に通り過ぎて行こうとしていたのところを反射的に声を掛けた。
「すみません…。ちょっと良いですか?」
「え…?あ、はい!」
思い立ったのとほぼ同じタイミングで目の前を俯向き気味に足早に通りかかる女性に声を掛けた瞬間、条件反射し過ぎて迂闊だったと一瞬だけ後悔した。背格好は何となく視界に捉えていたのだが、元々顔の好みや年齢層などを気にせず声を掛けるタイプの僕にしてみても、振り向きざま感が少々過ぎたのでは無いかというくらい、何も考える間も無く声を掛けていた。
顔を上げながらこちらを振り返った女性はいかにも電車に揺られながら寝ていて、目を覚ましたら丁度最寄り駅でドアが開こうとしていたところ、慌てて降車しでもしたかのように、虚ろな表情を浮かべながら寒空の下帰路を急ぐ途中といった恰好だった。驚いた様子で顔を上げると黒髪の内巻き気味に揃った前髪の奥に力のある瞳が寝起きだからか寒さのせいからか滲むように潤っている。自分で声を掛けて置きながら、「どうかしましたか?」とでも言い出しそうな彼女に気後れしながらも何とか取り繕うように続ける。
「すみませんね、何か急に。お姉さん、あっち方面に帰られる方ですか?」
「そうですけど…?」
「ぐわぁーってめっちゃ直進しちゃう感じですか?」
「暫くは真っ直ぐですけど、ぐわぁーって…」
「なるほど!じゃぁ、僕はそこの3つ目の信号を左折しちゃうんですけど、そこまで一緒に歩いちゃっても良いですか?」
「はぁ…」
「じゃぁ行きましょうか!(笑)」
「3つ目の信号って言いました?今」
「そうですね!」
「私もそこ曲がる感じです…」
「あぁ、そうなんですか!もしかしてご近所さんだったりします?」
「えぇ…。どうだろう…」
「ちなみにウチはここの公園の真裏なんで6丁目です!」
「え?住所は一緒かも!」
「マジか!じゃぁその辺まで一緒に歩きません?別に家まで付いて行こうなんて思ってないですから(笑)」
「ついて来られるとまでは思ってないです(笑)」
「飲み帰りなんですけど何だか喋り足らなくて、ちょっとだけ!」
「良いですよ」
「何か飲みます?僕ビールもう1本飲みますけど、暖かいものでも買ってきましょうか?」
「私もビールが良いです…」
「いいですね、買ってきます!」
数メートル先のコンビニに入りロングの缶ビールを2本買って外へ出ると、彼女は灰皿の前でロングのメンソールの煙草で目を覚ましでもしているかのようだったが、僕に気付いて火種を灰皿へ押し付けてこちらへ戻って来た。
「この道通って帰ろうとしていたのは公園の中が暗いからでしょ?」
「流石に女の子なので暗い夜道は…」
「超死角だらけだし僕信用してもらえることが前提なんですけど、暗いけどめちゃ近道あるんでこっちから行きません?」
「あぁ、じゃぁ」
「明るい時なら1人で全然使えると思いますし!」
「へぇ、どの道だろう。教えてー」
少し駅側に道を引き返し、駅前の大きな公園の手前の脇を入ると住宅地とその公園の間を抜ける筋が通っている。暫くは街灯に照らされながら普通の道を進むのだが、少しの間だけ山道のような急な階段を降りて抜けなければならず、死角だらけと言えどヒトが通ると逃げも隠れも出来ないとも言えるので、そこまで女性でも危険に晒されるわけでもないのかも知れない。
「ここだけ暗いんですよね」
「ホント真っ暗!」
「どうします?僕が急におっぱい揉んだりしたら。ってか僕も『2人だから大丈夫』とか言いながら『自分も知らないオトコじゃん』て今気付きました(笑)」
「私警察に知り合いいるから『こういう時はどうしなよ』って話よく聞かされるので余り気にしないかも知れないです」
「なるほど。やっぱ知見者の知恵は参考になりますもんね!」
「役に立ったコトは無いけど(笑)」
「それに越したコトはないでしょう。ってかお姉さん1人暮らし?」
「実は私年末に結婚するんですよ。なので相手の彼と同棲してます」
「おぉ、そうなんですね。それはおめでとうございます。ってかだったら早く帰らないとですね!」
「まぁとっくに先に帰ってもう寝てると思うし大丈夫でしょ」
「ですかね。そう仰るならビールだけ付き合ってください!」
そう言いながらもう暫く歩き、適当な場所に立ち止まって自分の荷物を放ってビールを開けた。
「座れるところまで行っても良いんですけど、旦那さん実はまだ帰宅中でかち合うとかしたらアレだなと思って」
「まぁ知ってるヒトに会っても説明が面倒だから同意かな」
「取り敢えず乾杯しますか!」
「じゃぁ頂きます」
「いや、逆に付き合ってもらってすみません」
「全然大丈夫。と言うか、いつもあんな感じで声掛けてるの?」
「あんな感じ?」
「面白いことコト言ってくるなぁと思って話聞いちゃった」
「まぁそんな感じですね。いつもって程ではないけど、今日は何か真っ直ぐ帰りたくなかったので。因みに僕も同棲しています」
「へぇ。結婚前提だったり?」
「いやぁ…。流石に同棲する時はそのつもりでお互いの親と食事したりしたけどマッハで浮気がバレてもうぐちゃぐちゃな感じで収拾がつかない感じですね」
「激しいな…」
「お姉さんは順調?ってか名前教えてください。偽名でも良いので下の名前(笑)」
「偽名だと意味ないじゃん。私はアオイ。あなたは?」
「城西で通ってるのでそう呼んでください。ちなみに下の名前は歩ですけど」
「じゃぁ城西くんね」
「アオイさん同い年くらいだよね?」
「だろうね。でも多分私の方が上かな」
「僕28ですけど」
「あ、思ったより際どかったかも!1つ違いだね(笑)」
「上は上なのか…。でも社会に出ると平気で10違い位のヒトが上下にいるし、1つ2つ位って誤差というか、同い年みたく親近感湧かないですか?」
「分かる〜。特に地方から出て来てて昔の馴染みと離れているもの同士だと余計に仲間意識芽生えちゃったりするよね。分かる(笑)」
「結婚する前ならこうやって男友達と会うみたいなのアリだったり?」
「した後でも良いんじゃないかな?って感じだけど、何なら友達連れ合って飲み会開いちゃおうか」
「良いですよ。そういうのはいつでも」
「そこで良い出会いが生まれたら私がここで城西くんと出会った事自体にも意味があるよね」
「僕は近所の同年代ってだけで十分だったりするけど、そういう考え方も出来ると思います」
「じゃぁ友達集めちゃおっと。連絡先も交換しなきゃ」
「話が早いヒト好きです」
そう言いながら、他にも仕事や同棲生活に関する話題で盛り上がりながら深夜にまで談話はおよび、「このままだと朝になっちゃいそう(笑)」と言うアオイが僕に顔を寄せたと思ったら思い切り唇で唇を塞がれた。呆気に取られながらも反射的に服の上から片乳を揉んだ僕のアタマを思い切り叩くと同時にアオイが歩き始めたので僕も後を追いかけ、そのまま2人の自宅マンションの間の交差点で別れた。
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