梅雨殺し
すだちうどん
梅雨
遠い国の山の麓
それはそれは綺麗な棚田に囲まれた小さな村がありました。
梅雨に降る沢山の雨が山に染み込み、岩の隙間から流れ出る水が棚田を潤していました。
山には一匹の大きな虎が住んでいました。
虎の棲家は山の頂上の岩穴です。
そこから少し離れたところに崖がありました。
虎は梅雨が嫌いでした。
自慢の毛皮が濡れるのです。
だから虎は梅雨が来ると崖から空に向かって吠えるのです。
木々が震え大地を穿つその咆哮は空を支配する厚い雲さえ怯えさせ、厚い雲は隣の国へと逃げてしまいました。
村の人々は困りました。
梅雨に降る沢山の雨が無くては棚田を潤せず、お米を作ることもできなければ美しい棚田にすることも出来ません。
これでは村の人々がみんな死んでしまいます。
村の長老達が集まりました。
山に棲む大きな虎が梅雨を追いやっているらしいのです。
虎を追い出そうにも小さな村の人々では到底虎には敵いません。
そうだ、生け贄を差し出そう。
長老の誰かが言いました。
他にすがる策のない長老達は村の人々の反対を押し切り、生け贄を差し出す事にしました。
若い娘を差し出すべきだ。
昔はそういった決まりがあったのです。
白羽の矢が立ったのは村一番の小さく可愛らしい娘でした。
当然娘の父親と母親は反対しました。
しかし翌日には父親も母親も生け贄の尊さを娘に説いていました。
娘には父親の手に何か握られているのが見えましたがそれがなんなのかは分からず、言う通りにする事にしました。
その次の日、娘は村の棚田よりもずっと綺麗に着飾って口に紅を塗り、籠に乗せられて山まで送り届けられました。
ありがとう、そう言う前に籠を持っていた男達はそそくさと村に帰ってしまいました。
娘は山の頂上を目指してひたすら登ります。
立派なお召し物が土色に染まった頃、ようやく頂上に辿り着きました。
岩穴はもう数歩先でした。
そのとき梅雨の雲すら怯える地鳴りのような声が響きました。
娘はゆっくりと岩穴の方に体を向けます。
岩穴から姿を現したのは村の男の4人分はあろうかという大きな虎でした。
そのたくましい爪や牙なら龍を引き裂くこともないでしょう。
しかし、娘の目を釘付けにしたのはその美しい毛皮でした。
村の棚田よりもずっとずっと綺麗な毛皮でした。
きれい、娘はそう言いました。
すると虎は、当たり前だと言いました。次に虎はこう聞きました。
小汚い娘、何か用か
娘は答えました。
生け贄よ、あなたが梅雨を追い払うから村のみんなが困ってるの
だから約束して、もう梅雨を追い払わないって。
約束を守ってくれたら私はあなたの好きなようにしていいわ
少し強い風が吹きました。
風が止んで、虎は笑いました。
どうして笑うの?
娘は聞きました。
虎は、それはお前が嘘をついているからだ、と言いました。
虎は続けて、
お前はさも自分が村の連中の為に生け贄になっているような口ぶりだったな。
それは嘘だ。
俺の前で嘘は許さん
本当の声を聞かせろ、お前のこころを。
でないと梅雨もお前も村に戻ることはないだろう。
娘は小さな口を開きました。
私は、あの村が嫌い。
みんな自分のことばかり
長老達は自分達が助かる為に生け贄を無理矢理決めて、父さんはきっと私を売って母さんは優しい言葉で私を騙したわ
籠を持ってた男達もそそくさと逃げ帰った。
あそこで暮らすくらいならあなたに食い殺された方がマシよ。
虎は満足気に言いました。
ここで暮らせ、獲物は分けてやる。
娘は目をまん丸にして言いました。
私のこと食べないの?生け贄だよ?
お前は不味そうだから喰わない。
腹が減ったら分からないがな。
こうして2人は暮らしはじめたのです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます