死神

Re:over

死神


 人は死ぬべき時が訪れると、その人のもとに死神が現れる。


 そんな話を思い出しながら、目の前にいる少女に目をやった。


「だから、私死神なの」


 セーラー服に身を包んだ少女は復唱する。


 改めてその言葉を聞いてもしっくりこない容姿である。それ以前に、彼女が僕を殺す瞬間を想像できない。それくらいに美しく整った顔立ちをしている。長くて綺麗な黒髪は窓から入ってくる風でなびく。本当に死神なのか疑っているのだ。


 たしかに、僕はいつ死んでもおかしくない状態にあり、死神が現れても納得できる。しかし、彼女は一向に僕を殺そうとしない。


「君はどうして僕を殺さない?」


「一応、今日はお見舞いということできてるの」


 そう言って彼女は僕の隣にある椅子に腰掛けた。


 事故のせいで記憶は曖昧だが、歩きスマホしている僕は赤信号に気づかずに横断歩道に出た。その後は覚えていない。気がつけば両親の名前や自分のことも大方忘れ、病室にいた。


 憂鬱だった僕は気分を紛らわすため、スマホで癒しを求めていた。今となってはくだらない理由で死んでしまったことに後悔はなかった。


 憂鬱だった理由にも繋がるが、僕は事故の直前に失恋をしていた。何年もの間想い続けた女子が学校1のイケメンに告白されている場面を目撃してしまったのだ。


 対して、恋の相手は学校1の美少女と言われ、周囲からはお似合いだとか付き合っているのではないかと噂されていた。でも、彼女には好きな人がいるというだけで、決定的な証拠はなかった。それだけが、唯一の救いだったのに......。


 初めての失恋は想像を絶する辛さで、今すぐにでも消えてなくなってしまいたい気分であった。胸が裂け、何もかもが無駄に感じて虚無感だけが僕を支配する。最悪だった。


 一番辛いことは、僕にはどうすることもできないことであった。時間を止めることができないように。


 その記憶だけが鮮明に残っている。


 目の前に座る少女はただ座るだけで何も話さない。そのせいで気まずい空気が漂う。


「1つだけ」


 静寂を破ったのはどこか見覚えのある少女だった。


「1つだけ......質問してもいい?」


 彼女は目線を落として小さな声で言った。


「いいよ」


「あなたの好きだった人はどんな人だった?」


「それは......」


 本当は思い出したくなかった。全てを忘れ、何もなかったことにしたかった。彼女のことを思い出したら、辛い感情まで思い出しそうで怖かった。


「たしか......。黒くて長い髪に......綺麗に整った顔立ちで......手は小さいのに力強くて......」


 思い出していくたびにどこか引っかかるところがあった。彼女の手に触れたこともないのに、どうして彼女の手の感触を知っているのか。目の前の少女を凝視する。


「もしかして......」


「どうかした?」


「君だよ。僕が好きな人は」


 ふんわりとした形が、目の前にいる少女の輪郭と重なった。完全に思い出した。僕の目の前にいる自称死神こそ、僕が好きだった女子である。


「......本当に?」


「間違いない。でも、おかしいよね。君は死神だし、僕とは初対面であるはずなのにね」


「......実は私、死神じゃないんだ」


 もう、わけがわからなくなった。どっちなんだよという疑問と、少女が本当に僕が恋した女子だったらという期待が湧いた。


「でも、もうすぐ私は死んじゃう。だから、最後に自分の気持ちを伝えたくて......」


 頬を赤らめ、こちらを真っ直ぐに見つめる。その目には一切濁りがなく、透き通っていた。


「私......ずっと前からあなたのことが好きでした」


 熱がこちらにも伝わり、顔が熱くなっていく。動揺してるのがすぐにわかるほど唇が震え、心音が部屋に響きそうなほど心臓がバクバクしている。


「両想いだったのね......。もっと早く知りたかったな......」


 彼女は僕の手に指を絡めて一気に距離を詰めた。そして、動揺して震える唇にそっと唇を重ねた。柔らかくて、暖かくて、優しい。震えは収まり、体が軽くなった。


 唇が離れた。


「これからは私のことを忘れて、しっかり前を向いて生きていってね。死神さん」


 最後の言葉であの事故の真相を思い出した。僕は信号無視した後、車に轢かれそうになった。その瞬間、僕の背中を押す手があった。そのおかげで僕は軽傷で済んだが、僕を押してくれた人は車に轢かれた。


「こんなことしておいて忘れてって、魂抜き取るのと変わらないんじゃない?」


「あはは、そうだよね。ごめん」


 お互いに涙を堪えて笑った。


「こっちこそごめん。それから......ありがとう」


 僕は彼女の手を強く握りしめ、後悔した。先入観や他人の意見に惑わされ、勝手な想像で物事を決めつけていた。


 漸次少女の体は薄くなっていき、触れることすらもできなくなる。言いたいことがたくさんありすぎて、どれを言えばいいのかわからなくなった。


 悩んでいるうちに彼女の姿は完全に見えなくなっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死神 Re:over @syunnya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る