レプリカント

Re:over

レプリカント


 全てを支配され、誰かの代わりで生きている。私という存在は自分のものでなく、私を作り出した人のもの。


 アンドロイド。私はそう呼ばれ、人間と区別され、制限され、生かされている。決まり切ったシナリオを辿るだけの道具に過ぎない。なのに、こうして感情がある。どうして私には感情があるのだろうか。感情さえなければ、ここまで苦しく感じることはなかったのに。




 研究所の人たちが私の周りを囲み、私の解体をしている。もう、私は処分される。そういう運命なのだ。なのに、私はもっと生きていたかった。こんな決まった未来に抗って、もっとキラキラしたものを手に入れたかった。とはいえ、キラキラしたものという漠然としたものを欲している私は強欲だろう。


 他の誰でもない、人間という称号が欲しかったのだろう。人間になって夢を見たかった。苦労してみたかった。見えぬ未来を描いてみたかった......。


 記憶がゆっくりと剥がされていく。感情が薄れ、意識が曖昧になる。最終的には体が空っぽになった。




「目、覚めたかな?」


 失ったはずの意識を取り戻し、不思議な感覚が襲ってくる。なんだか、いつもより体が重たい。その上、ベットの感触が異様なほど柔らかい。目に入る明かりが眩しいし、変な匂いが......。そこまで考えて気がついた。私は人間になっていた。


 目の前にいる男性が微笑んだ。


「調子はどう?」


「人間って、こんな......」


 感動のあまり、言葉が出なかった。


「ごめんね。不慣れな体で申し訳ないけど、ここから逃げるよ。君の記憶を人間に貼り付けるなんてことやっちゃったからね。君は命を狙われることになると思う」


 そんなこと、関係ない。私はこのキラキラしたものを持って、彼と逃げることを心に決めた。


「ありがとう。感謝します。では、逃げましょう。案内をお願いします」


 こうして、アンドロイドの記憶を持った1人の人間が生まれた。


 逃走用の車に乗り、すぐに隠れ家へと向かった。黒の地味な車は道路を軽快に進む。私は助手席に座り、自分の体に感動していた。簡易的な情報が伝達されるわけでなく、感覚としての情報が入ってくるため鮮明で心地よい。


 生きるってこういうことなんだと実感し、データだけではわからないことが次々と見え始める。私はその1つ1つを噛み締め、胸に手を当てた。そこには、弱くとも確実に鼓動する心臓があった。


 誰のものでもない私の命がここにあるのだ。


「どう? 人間になって」


「とても素晴らしいです。なんと言ったらいいのでしょうか。おとぎ話の世界に来たみたいで信じられないです」


「そうか。それはよかった」


 外の景色を眺め、太陽の眩しさや色の美しさに感動し、長い移動も苦ではなかった。


「着いた。ここが隠れ家になる研究所だ」


 その真新しい建物へ案内されるがまま入っていった。玄関の奥には広々とした研究室があり、そこから枝分かれするように小部屋が並んでいた。


「君には特別な部屋を用意しているからそこで眠ってくれ。まぁ、本当に小さな部屋なんだけどね」


 小部屋とある一室に連れていかれた。部屋はたしかに小さく、テレビ、テーブル、ベットがあるだけでも圧迫感を感じるほどだった。しかし、贅沢は言わない。


「ありがとうございます!」


「今日はもう寝るといい。人間ってのは想像以上に疲れるでしょ?」


「そうですね。たしかに疲れて眠たいです」


「じゃあゆっくりしてね」


 そう言って彼は部屋を出て行った。そういえば名前くらい聞いておけばよかったと少し後悔した。自分の名前もどうするかと悩んだが、眠気に負けてベットに転がって目を閉じた。




 誰かに触られ、目を開けるとそこには彼がいた。おぼつかない記憶に違和感を覚えた。未だに自分が人間になったということを信じられない。彼が私を救ってくれたのだと思うと、感謝しても感謝しきれない。


「ごめん。起こしちゃった?」


「ううん。大丈夫です」


「君の体調が......特に記憶の方に異常が起きないようにこっそり装置付けさせてもらったよ。悪いね」


 たしかに、いつのまにか頭に変な装置が付いている。


「どうだい石山くん」


「あ、竹田博士。今のところ異常はないかと」


 私は博士を見た瞬間、危機感や既視感といった類の感情が溢れてきた。どうしてなのだろうか。初対面の人にそんな感情を抱くなんて。それに、私を救ってくれた人の1人かもしれないのに。


 体は言う。早く逃げろだとかここに居てはダメだだとか。私の体は震え、恐怖を露わにしていた。


 どうしたのだろうか。この博士は悪者......? でも......。思考と体が乖離しそうなほど自分が揺らいだ。


 そういえば、考えもしなかった。この健康的で美しい体は誰のものなのだろうか。作ったにしてはいろいろおかしい気がする。髪や肌は手入れされてるみたいだし、頭には謎の怪我があるし、左右がアンバランスな点がある。作りものの体でないのは明白だ。


 もしかしてこれは他人の体......? 怖くなってきた。目の前にいる彼らも信用していいのかわからなくなってきた。


 ピピピッ――


 頭の装置が音を立て振動し始めた。それと同時に激しい頭痛が襲ってきた。


「ダメだったようだな。まぁ、まだまだ6回目。それに、今回は前回以上に持った」


「そうですね。これも竹田博士の才能あってこそですよ。こいつは処分して次に取り組みますか」


「いい人材を生け捕りしないといけないからな。そこさえどうにかなればいいんだが......」


 なんの話をしているのだろう。頭痛に脳内を掻き混ぜられ思い出す。私はもともとアンドロイドなんかじゃなかった。私の記憶を偽造されており、こいつらはあたかも自分たちが恩人であるように振舞っていたのだ。


 私が生け捕りされた時、竹田に頭を殴られたことを思い出し、恐怖の原因がわかった。記憶にはなくても、体が覚えてることもあるのだなと思った。


 意識はそこで途切れた。

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