偏見

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偏見


 教室にふと現れる不穏な空気。くだらない日常に嫌気がさしたのか、優越感に浸りたいのか、はたまた、単に人を小馬鹿にしたいのか。そのどれなのか、本人すらも知らないほど些細な言葉が僕の耳に入ってきた。


 いちいち公にして言うべきことでもなければ、誰の得にもならないどころか、聞いていて不快になる発言。僕はつい眉をひそめてしまう。鈴木か。


「ははっ! 宮沢と谷口、まぁた変な話してんのかよ。機械が歌う曲聴くなんて、おまえらどんだけ現実逃避してんだよ」


 曲は曲だ。人が作った曲だ。それを、機械に歌わせれば曲ではないものに変わるのか? そうやって、やりきれない気持ちを抑えたかった。


 彼に話してるつもりはないし、そんなことを言われても困るわけで。谷口は明らかに頭きている様子で彼を睨みつける。しかし、その怒りを直接表面に出すことはしなかった。


 みんなわかっているのだ。鈴木が他人の好きなものを侮辱する最低野郎だということを。その上、彼の言葉を否定すると面倒事になることも。だから、誰も何も言わずに、無視するのが当たり前になっている。


「それよりさ、今週末映画見に行こうよ」


 僕は鈴木を無視して谷口に話しかけた。


「はっ、どうせ気持ち悪いアニメ見に行くんだろ。可愛そうに」


 何もそこまで言わなくても。なんて思ったが、口を噤んで俯いた。




***




 週末、僕が映画館で谷口を待っている時のことだ。ベンチに座ってスマホをいじっていると、美人の彼女さんを連れた鈴木が近寄ってきた。相変わらずの皮肉顔をぶら下げている。今日は彼女がいるせいで見栄を張るような気がした。


「お、宮沢じゃん。想像通りのダサい服。二次元女子のキーホールダー。いつ見ても面白いわ、おまえ」


 そう言いながら、不意に僕のスマホを覗き込んできた。イヤホンをつけていたため、無視しようとしたのが裏目に出た。


「あっ」


 僕は画面を遮れず、彼に僕の一番大好きなボカロPの曲を見られた。彼に僕の好きな人がディスられる。絶望すらも感じるほど、気が滅入ってしまった。


「何聴いてるのかと思えばボカロかよ!」


 嘲笑われ、僕の内で燃える一種の愛情に水をかけられた気分に陥った。全てをめちゃくちゃにされ、この鬱憤をどう晴らそうかと考え始めたくらいだ。


「ほんと、これ作ってる人含めて社会のゴミだと思う」


「ふ〜ん。鈴木くんってそんなこと思ってるんだ」


「当たり前じゃん。こんなくだらないもの作る人も、聴く人もゴミ同然」


 彼女が反応し、鈴木の罵りを煽るようなことを言った。嘘だろ、彼氏彼女揃って人の好きなものを踏み荒らし、汚すような人だったなんて。そう思った瞬間、思いがけないことが起きた。


「実はね、彼の聴いているその曲、私が作ったんだ。だから、私、ゴミなんだよね? 鈴木くんもゴミと一緒にいるのは嫌でしょ? 別れよう」


「へぇ?」


「......へぇ?」


 僕は自覚のない声を漏らし、遅れて鈴木の理解が追いついた。


「だから、私ゴミなんだって。それに、今日観ようとしていた映画のキャラも嫌いみたいだから、私たち趣味合わないんだよ」


 えっ、そんな......と言いたげな鈴木の呆気にとられた表情は、僕の気分を晴らしてくれた。それどころか、フラれるなんて思っておらず、吹き出しそうになった。対して、彼女......いや、彼女は満面の笑みでじゃあねーと鈴木に手を振り、少し強引に映画館から追い出した。


「ごめんなさいね。私の元彼氏が迷惑かけて。まさか、あんな最低男だなんて知らなくて」


 苦笑いしながらそう言う。


「別にいいんだよ。いつものことだし。それより......」


 僕は鈴木のことよりも、気になっていることがあった。


「この曲作ってるって本当?」


 彼女がPV(プロモーションビデオ)をチラ見しただけで自作だと気づいたのか、ただ、僕を助けるためだけに嘘をついたのか。それを問いただしたかったのだ。


「それは想像に任せる。でも、私とあなたの趣味が近いことは確かだと思うよ」


 僕が本当に知りたかったことは、本人であることがバレるのが恥ずかしいのか、曖昧な返事でやり過ごされた。そんなこんなで、話に花を咲かせていると、急に「おい」という重低音が耳元で鳴る。


「彼女できたなら先に言えよ。俺、めっちゃ気まずいじゃねーか」

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