この世界を救うためなら、僕は死の中で死を願う

宇枝一夫

この世界を救うためなら、僕は死の中で死を願う

『世界というのは、決して自分の思い通りにならない』

 みんなはいつ、どんなときに、それを気がついたのだろう?


 部活の大会、習い事の上達、遅刻した時に願う青信号から、テストのヤマカン、そして恋愛……。人それぞれ、己の願望は決して叶わないと、いつかは気がつくものさ。


 でも”僕は違う”と、思春期真っ盛りの僕は断言しよう。

 申し遅れた。僕は潮見鳴海しおみなるみ。高校二年生の健康な男子さ。

 そして僕は


最悪の結果を”想像”すると、そこそこ良い結果に。

最良の結果を想像すると、そこそこ悪い結果に

”世界が変わる”能力


を持つ、ちょっとややこしい人間なんだ。

 ああ、もちろん他人の運命なんて変えられない。あくまで自分のことだけさ。 


 そんな自分の能力に薄々気がついても、”そんな馬鹿な!”と鼻で笑って、何度かあらがおうとしたよ。

 テストでもちゃんと勉強をして、自信を持って回答欄を全部埋めても、良くて平均点ぎりぎり。慢心して”校内トップかな!”とふてぶてしいほどの態度でテストを受けたら、全教科赤点とったこともあるんだ。

 クラスメイトから馬鹿にされるは、両親には怒られるは、自分の能力を呪ったね。


 後日、心身ともに最悪の状況で追試を受けると、なぜかいい点を取ってしまう。先生の顔から浮かぶ複雑な表情が忘れられない。


 そして恋愛。

 かわいい子には瞬時に目がいくし、お近づき、そして、”くっつきたい”と願うのは思春期真っ盛り、○欲盛せいよくさかりまくりの男子生徒にとっては当たり前のことだ。……よね?


 いくら僕に”能力”があろうとも、恋は盲目。

『恋もスポーツも、負けることを考えながら戦う人間がどこにいる!』

 そう、自分が振られる事なんて微塵も思わない!


 ……結果は玉砕。いや、告白して振られるのならまだしも、スタートラインにすら立てなかった。風の噂で別の男子が好きだったり、”あんなやつ!”と思えるような奴とすでに”くっついた”って声も聞こえてくる。


 時は初夏。

 今から僕は世界をひっくり返す。

 この”能力”によって。

 僕が死ぬことによって。


     ※

 なんの変哲もないネットニュース。

 NASAが発表した、○月○日にアンタレス方面より彗星が飛来し、地球からも見えるというニュース。

 不思議だ。隕石なら大騒ぎだけど、彗星だと何か幻想的だ。


”この日は期末試験前か。勉強……”

 違和感を感じた。今までは試験結果を平均点ぐらいに”想像”するんだけど 頭に浮かぶのは試験で全教科満点! さらに校内でモテモテ! ”あっは~ん! うっふ~ん!”な状態だ!


 さらに”神”にでもなったかのように、この世のすべてが見えるようになった!

 目を閉じて”意識”を飛ばすと、まるでヴァーチャル地球儀みたいに世界が見える! 声が聞こえる! そして、人の心の中が読める!

 ムフフなことは割愛して、自分の能力に慣れた今の僕の魂でもびっくりした。そして僕にこんなすごい力が宿ったってことは、逆を言えば……。


『近々、僕自身、いや、世界が崩壊する』


 結論、そして原因は瞬時に浮かんだよ。何せ神の力を得たから。

 そこでさっきの彗星だ。すぐさまNASAに意識を飛ばすと、やっぱり蜂の巣をつついたような大騒ぎ! なんてこった! 英語がわかるなんて、この神の力も本当だったのか!

 

 数日後、僕はある作戦を決行する。もっとも、この作戦で彗星がどうにかなる訳じゃない。

 しかし、僕の能力がより絶対的なモノと確定する、大事な作戦なんだ。


 図書館のカウンターでいつも通り座敷童ざしきわらしと化し、文芸部員としての活動、つまり読書をしている。まもなく下校時間だ。


 今日もいつもどおり、どうでもいい噂、例えば先ほど言った、僕が気にかけた子が誰かとくっついた噂を、聞きたくないのに話しかけてくる人物が、来なくていいのにやってくる。


 一日の3/4が過ぎ去ろうとしているこの時は、僕にとって惨状さんじょうの始まりだ。

 でも今日だけは来て欲しかった。だって、もう時間がないのだから。


美土里みどりちゃんただいま参上! あ~暑~い! きゃ! 涼しい~! やっぱクーラーは最高だね』

桃山ももやま、静かにしろよ。ここは図書館だぞ」

「いいじゃん、どうせ鳴海しかいないんだしさ。こちとら陸上で青春の汗を流していたんだぞ」


 ”コイツ”は桃山美土里。遠縁のいとこだ。もちろん浮いた話なんてない。

 これまでは盆や正月での集まりで顔を合わせるぐらい。一緒の高校に入ったのは知っていたが、一年時はクラスが違う為、せいぜい連絡事項の確認や忘れ物の貸し借り程度のつきあいだ。


 そして二年になってクラスが一緒になったとたん、やたら絡んでくる。

『入学式の時、おばさんから鳴海をよろしくねって言われたから』だそうだ。そんなのこっちは知ったこっちゃない。


 ちなみに勉強はコイツの方ができる。学園順位に名前が載るほどだ。おかげさまでよく比較される。ちょっと肩身が狭い。

『あたしのヤマ教えようか?』

 コイツの言うヤマとは、試験範囲全般を指しているからなぁ。あまり意味がない。


 カウンターの向こうでは”ばっさばっさ”と音がする。またスカートをうちわ代わりにしているのか。

 でも作戦前の高揚感なのか、それとも別の理由なのか、僕の体はいつもとは違っていた。


「あ~涼しい。これだけは女に生まれたことに感謝するわ~。鳴海もやってみたら~」

「そんなに暑いならスカートを短くすればいいだろ。ナチュラルに履いているのなんておまえぐらいなもんだ」


「短くしている子はアンスコ履いているんだよ。知らなかった? それにあたしは蒸れるのは嫌いだし、ムッツリな鳴海の為にも”生パン”しているんだから」

 いつもは鬱陶うっとうしく思っても、今日の僕には蜜のような甘美な声と、体をふるい立たせる単語。


 僕はゆっくりと立ち上がると、スカートであおいでいる桃山、いや美土里の後ろに立ち、

 ゆっくりと、抱きしめた。


「えっ!」

 固まる美土里。

「好きだ。美土里。大好きだ!」

 名前と簡単な単語の組み合わせ。そんな単純な文章を、僕は彼女の耳元で呟く。

「ちょっ! なに! 離して!」

「好きなんだ!」

 美土里が暴れた為か、男子の本能か、抱きしめた手が美土里の胸元へと移動する。

 初めて手の平に感じる、柔らかい感触。


「いやっ! やめて! 変態! 馬鹿!」

 これぐらいでいいかな。僕は腕の力を緩めると、”彼女”は腕を振り払い、すぐさま僕から離れた。

「いやだよこんなの……馬鹿! アンタなんか死んじゃえ!」

 僕は目をそらさなかった。最後まで彼女の顔を見据えた。吐き出される罵声ばせいと唾液。

 そして、こぼれ落ちる涙。


 図書館を飛び出して行く彼女。

 またしても僕の想像、いや、ここ数日間、ずっと願っていたことと”逆の結果”になってしまった。

 もし彼女が僕を受け入れてくれたら、作戦は失敗。

 次の瞬間にやってくるであろう世界の終わりを、彼女と一緒に過ごしたかもしれない。

 

 でも作戦は成功! 僕の勝ちだ!


 僕は校舎の非常階段を上る。飛び降りは屋上が定番だが、最近は高いネットが張られている。しかし、非常階段はそうではない。

 最上段の踊り場にたどり着くと、ついさっき置いた牛乳ケースに足をのせる。

 空を見ると、本当に彗星がぶつかるのかと思えないのだが、ここはNASAを信じよう。


 地面はちゃんとコンクリートのタイルで埋め尽くされている。木に引っかかったり植木に落ちる可能性はゼロだ!

 そして、躊躇なく体を重力に預けた。瞬間な激痛も生暖かくなり、僕の作戦は最終段階に入った。


(これで僕は死ぬ。この世界も……死ぬ)

 誰かの声を思い出す。

『死んじゃえ!』

(『僕の世界』が死ねば、世界は……生き残るんだ)


 生きているのか、死んでいるのかわからなかった。僕はただ横になっていた。

 でも匂いは感じた。最後にかいだ匂い。汗と息と、甘い、女の子の香り。

 本能で目が開いた。黒い髪が白い布団の上に横たわっていた。


「あ……え」

”誰?”と言ったつもりだけれど、僕の声で黒い髪は起き上がり、なにやら訳のわからない叫び声を上げながら離れていった。

 僕の周りを医師と看護師が取り囲む。奇跡という言葉が盛んにかわされる。どうやら怪我もたいしたことないみたいだ。

 僕の母親に抱きしめられながら黒髪、いや桃山が泣いている。


 結論から言えば、僕の作戦は失敗だ。どうやら死ぬという想いが、逆に僕を生き返らせたみたいだ。

 しかしNASAの発表によると、彗星は”突如”崩壊した。


 電気を消した病室。桃山と一緒に彗星の破片である流星群を見ながら、僕はつぶやいた。

 僕の”能力”のこと。そして、図書館での出来事は謝った。

 意外にも桃山は怒らなかった。むしろ、ホッとした顔を僕に見せた。


「笑わないでね。あたしは逆にね、昔から願ったことがかなう力があるみたいなの。テストの山とか……あと、受験とか」

「?」

「中三のお正月の時にね。鳴海に志望校聞いたでしょ。その、一緒の高校に入りたいと思ったの」

「僕が落ちたらどうするんだ?」

「あ!」

 今頃気がついたのか。いや、むしろそのおかげで僕は合格したかもな。


「まぁそれはおいといて。でもクラスがバラバラだったから、二年になる時に一緒のクラスになりたいって思ったの。そうしたら……なっちゃったし」

 でも、それは偶然……か?


「あと、調子にのって恋占いみたいなの始めたの。占いに来た子で鳴海がいいなって言ってた子もいたけど……サービスで絶対かないます! って言っちゃったの。そうしたら……」

 なるほど、わざわざ僕に報告に来たのはそういうわけか。


「で、でも! あ、あんたが意識を失っていた時だって、あたし……あたし、『鳴海! 生き返って!』って何回も叫んだんだよ!」

「ありがとう。おかげで生き返ったよ」

 今度は僕が抱きしめられた。僕はゆっくりと抱き返す。

 あの時とは違う。僕たちは固く、強く、優しく相手を抱きしめていた。


 再び思い出す桃山の『アンタなんか死んじゃえ!』の叫び。

 ということは、『死んじゃえ!』って言われたから僕は死んだのか? んん? 

 

 『アンタ』、『アンタレス方面の彗星』。

 もしかしたら、その罵声の先に彗星が飛んでいたとか……ハハ、まさかね。


「馬鹿! 鳴海の馬鹿! 大馬鹿野郎! ヒック、あたしがどれだけ心配……グス」

 ありゃりゃ、こりゃ今度の試験は学年最下位だな。

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