ぱらして

@nekonohige_37

ぱらして

 人は何かしら欠けた部分を持っている、そして不幸な事にその部分を埋める術は何処にも無い。

 故に人は模造品を用意して、そんな乾きを癒やす。

 だけど、生憎な事にそれが可能なのは一定状の生活水準を持つ都会に限った話であり、例外的に外された場所ではそれはとても難しい事であり、自分の生まれ育った町は俗に言う寂れた田舎だ。

 流石に『コンビニは7時オープン11時クローズが基本』『携帯電話の概念が無い』などといったレベルの其れでは無いが、最寄りのコンビニに行くにも車が必要で、キャリアによってはしばし圏外表示が液晶に表示されるその一角を、誰もが田舎だと口を揃えはするだろう。

 何にせよ、田舎は娯楽に飢えているのが事実だ。

 娯楽に飢えているからこそ、暖かい近所付き合いの裏で相手の腹の探り合い、そしてそこから派生した噂話に主婦共々は熱を入れ。

 一家の大黒柱は稼いだ給料を乱立したパチンコ屋へ金を持ち寄り、思考回路すら必要としないしょうも無い道楽を嗜む。

 そして子供と言えば、『スポーツの町○○』なんていう傍迷惑な標語の元に作られたスポーツ施設を背に、もっと簡単な道楽を始める。

 群れの中で一番弱い個体を見つけ、それをよってたかっていじくり回し反応を伺う遊び、つまりはいじめと呼ばれる習性に夢中になり、義務教育を終えるまでの9年間、自己顕示欲を満たす事に夢中になる。

 詰まるところ、自分自身はいじめられっ子だった。

 生まれつき備わっていた後頭部の小さな出っ張り、幼い頃は少しだけ自慢だったそのパーツを、クラスの子供は笑いの種にし、『エイリアン』だの『後頭部』だのとはやし立て、今となっては其れをネタに人気者になれば良かった筈なのだが、当時の自分は何故か腹を立て、そして喚き散らした。

 いじめの全貌の全ては覚えてはいないが、それがいじめの切っ掛けだったのは間違いが無い事だ。

 学校の選択肢の少ない田舎において、小学校で受けたステ振りは中学まで引っ張るのが主で、『いじめられっ子』という特殊スキルを持っていた自分は、中学でも色々と嫌な眼に合わされた。

 それでも無事中学を卒業した自分は、今までとは違う町にある高校へわざわざ電車を使って通う様になった。

 一応興味がある科がその高校にあったのは事実だが、一番の理由は自分を良く知る人達から距離を置きたかったという至極単純明快な物だ。

 生後15年齢の自分が思いついたその作戦は功を奏し、無事『いじめられっ子』のスキルを『変な奴』へと書き換えた自分は、なんだかんだ楽しい高校生活を送った。

 今でも他人の笑い声は怖い、知らない人の笑い声を聞くだけで被害妄想に特化した自分の耳は、それらの声全てを自分の事を馬鹿にしているのだと嘘を吐く、だから町を歩く時はイヤホンが欠かせない、人の声がする場所ではなるべく耳を塞ぐ。

 そんな考えが染みついた自分でも、12年間の学生生活の中唯一幸せだと思えた3年間はあっけなく終わりを迎え、自分は県外の職場へと就職を決め、嫌いだった地元へは年に一度、親に無事を知らせるためだけに帰る様になっていた――筈なのだが、自分は何故か実家の直ぐ側にある田んぼ道を歩いていた。

 その刹那ふと我に返った自分は、左手で握っていた携帯電話を覗き込み、日付を確認する。

 やはりおかしい、何がおかしいかって、こんな暑い季節に自分がこの町に居るはずが無いのだ、何より自分には此処にやって来た記憶すら無い。

 ある日突然氷漬けにされ、そのままこの路傍に放置されていたかの如く、自分には此処にやって来た記憶すら残っていないのだ。

 だけど、そんな混乱は不思議と直ぐにおさまり、気が付けば今置かれているこの状況を自分はすんなりと飲み込んでいた。

 理由や過程はどうでもいい、少なくとも自分は何かしらの理由があってこの田舎へと帰ってきたのだ。

 そう思い、自分の右手を掴んでいたそれと眼を合わす。

 「ぱらして」

 はっきりとした口調でそう告げたそれは、見る分には幼い少女の姿をしていた。

 生憎この年齢になっても子育てなどした事が無い自分には、この子供の年齢を正確に言い当てる事は出来ないが、おそらく小学校に上がるか上がらないか、その程度の年端の子供は、再び「ぱらして」と呟くとにぃっと笑っいコーヒーゼリーみたいな瞳を輝かせる。

 この子供は何なのか? そもそも子供なのか? いいやきっと人間の子供だ、自分にはそう判断する他無い気がした、だからその手を引き、とりあえずと実家の方へと足を進める事にした。

 加減を知らない天候のせいで猛暑が続くこの時期、下がアスファルトで無いにしても日の光は情け容赦なく照りつけ、素肌をじりじりと焼き、シャツの下には玉の汗を滲ませる。

 すっと鼻に意識を傾けると、刈り取られた雑草の匂いとむせかえる様な熱気が感じられ、ほんの少しの間を空けて素肌に塗りたくった制汗剤の匂いがした。

 「ぱらして」

 こんな暑い天気の中、子供が歩くのは大変な筈だが、自分の知らないその子供(と思われるそれ)は繰り返し四文字の単語を呟きながら自分の背後にぴったりと寄り添う。

 本当に、嫌味な程暑い日だ。

 でも文句を言った所でどうしようも無いと思いながら足を進めると、あぜ道は終わりを告げ代わりにアスファルトの舗装路が始まった。

 もうここまで来れば後は大した事無い、太陽光温水器が乗っかった白い家を目指し、自分は歩幅をほんの少しだけ広げた。

 「ぱらして」

 この子供が呟いている言葉は一体何なのだろう?

 考えても判る由の無い疑問を反芻していた自分は、道すがらでまた奇妙な物を見つけ、思わず足を止める。

 実家へと続く舗装路、そこから脇に視線を動かすと、大きな窓を開けたままの一軒の民家があった。

 オレンジの外壁が特徴的なその古い家など大して珍しい物では無いのだが、その家の中に居た生き物が奇妙だった。

 大きさは馬や牛と同じ位、太い四本足の先に繋がった体には何一つのくびれも無く、ただ饅頭の様につるりとした輪郭の体が乗っかっており、目や口の代わりに、その一端からは胴体と同じ羊羹色の触手が一本伸びている。

 何処が似てるかと問われると自分でも判らないが、なんとなくそれはクラゲの様に見えたそれだが、自分の知らない生き物が家の中に居ること自体おかしい事だ。

 何よりおかしいのは、そのクラゲはありふれた民家の中、家の住人と共に『家族』として過ごしていたのだ。

 明らかに規格オーバーな巨体を揺らすクラゲは、卓袱台を囲んでその家の家族と談笑(あくまでもその会話は一方的だが)をし、クラゲの目の前に置かれたコップには、家の主であろうと思われる老人が焼酎を注いでいる。

 まるで遠くに出ていた息子が家に帰ってきた時の様、目玉すら無いクラゲを相手に、本当に楽しげに過ごしているのだ。

 本来その家に居た子供は、大人になる前に事故で命を落としていた筈なのだが、まるでその子供が今でも生きていて、そして大きく成長して里帰りをしているかの様な光景を見て自分は少しだけ胸が痛くなる気がした。

 根拠は無い、だけど何故か、その家の住人全てがそのクラゲに依存しているのだけは判った。

 例えば古い車が壊れ、修理するにも純正パーツが手に入らないから社外同形状品を使うみたく、その家の家族は似ても似つかないクラゲを家族だと思い込んで過ごしているのだ。


 ――カチャリ――


 狭い家の中、図体を揺らしたクラゲはコップをひっくり返し、その中身を零す。

 放射状に酒が卓袱台に広がるが、家の主は「まぁまぁ○○ったら」と死んだ筈の息子の名前を口にしながら、染みの浮いた布巾で其れを吸い取り、キッチンへと運ぶ。

 そんな光景を見ていた自分の手を少しだけ強く握ると、子供だと思われる其れは口を開いた。

 「ぱらして」

 あのクラゲはおそらく、人の欠けている部分になれるのだ。

 そして人も欠けた部分を除きたくないから、クラゲの嘘に騙される。

 その理由は簡単だ、きっとその方が幸せなのだ。

 本物じゃ無くても無いよりはまし、だから精一杯都合の良い妄想に騙され、にこにこと気色の悪い笑顔を作るのだ。

 「ぱらして」

 再度そんな言葉を呟く子供の手を握り返すと、その指は何故かぐにゃりと変形した気がした。

 例えばゴム手袋に水をいれたみたいに、軟骨すらあるのかと疑問に思える程、一瞬歪んで見せた小さな手の感触を感じ、自分はそっと手の力を緩める。

 多分これは本当に子供では無い、その正体だって知っている。

 「ぱらして」

 だけど、そんな事をしても何も幸せにはなれない、だからこそ自分は、ぱっとみは唯の子供にしか見えない(気がする)それの手を引くと、その子供を守る為家に向かって足を進めるのだった。

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