第26話
サトルの質問に村長は首を振る。この近辺に思い当たる場所が無いというのだ。
「たしかにあの森の中にはかつて砦として使われた場所がありますが、出入り口は巨岩で厳重に封じられているのです。子供のイタズラはもちろん、村の者が総出で掛かっても動かす事は出来ない大岩なのですが……」
「今は無理だけどあとで要調査だな」
今は視察の最中で装備はもちろん情報も揃っていないので、すぐに討伐というわけにはいかないのだ。
「あれだけ派手に追い散らしたから、少なくともここには迂闊に攻めて来ないと思うけど」
周囲を見渡すと、サトルたちが討伐したノブゴブの死骸が無造作に転がっている。村人たちが少しずつ片付けはじめているが、この分だと明日まで掛かるであろう。
「それまで村の者たちだけで対応せねばなりませんか……」
大きく肩を落とす村長。確かに村はずれにこの大量の死骸を積み上げておけば、当分は警戒してこの村には来ないであろうが、脅威が完全に去ったわけではないからだ。
「今までは遥かに小規模で、年に一度襲撃があるかどうかだったで対処できていたのですが……」
「だろうね。だって空堀も土塁もかなり急いで作ってたみたいだし。元々この辺りってそんなに危ない群れっていなかったんじゃなかったっけ」
「騎士さまのおっしゃるとおりなのです」
マドカの指摘に村長は頷く。
「討伐のために軍は動かせないのでしょうか?」
合流したマナも会話に加わる。マナはこの村が見渡せる付近の丘からサトルが持ってきていた三八式歩兵銃にスコープを取り付けたもので、ゴブリンたちを狙撃していたのだ。無論、男児の殺害を止めたのも彼女の放った銃弾である。
「イトナは簡単に軍は動かせないんだよ。この国は国境側にはかなりしっかりした防塁と軍隊を置いてるんだけど、国内は基本そんなに警戒してなかったはずだからね。その辺りは領主くんが一番わかってると思うけど」
「そういえばカイはどこに?」
「え、ええ。今は私めの家に……」
そのカイは村長宅にいた。家人たちからあまり入らないようにと告げられるが、戸に近づくと中から女性の厳しい叱責の声と、カイの許しを請うか弱い懇願が聞こえて来た。
「姉上!どうかご理解下さい!」
どうやら鐘楼の上から矢を放って村人のために戦っていたのはカイの姉のようだった。
「何を言いますか!姫様の婿になるためにと皆の反対を押し切って出場したというのに、初戦で無様に敗退したと言うではありませんか!」
「そ、それは……」
サトルは家に小さな出窓があったので家の中を覗いてみた。出窓は昔の船の丸い窓のようになっており、アクリルのような材質がはめ込まれていた。後で聞けば、これは巨大な甲殻生物の目の部分だという。
「あちゃあ。あの弓を引いてたひと、領主くんのお姉さんだったんだ」
マドカは覗きながら思わず苦笑していた。
(それにしてもあの人、どこかで……)
一方サトルは眼前でカイを激しく詰問している女性が見知った相手にあまりに似ている事に気が付いた。
「姫様を娶れねば自害するとまで言った手前!相手と相打ちになったならまだしも、相手に手傷一つ負わせずに素手で気絶させられてしまったとは、一族の末代までの恥!!亡きお父様ばかりかご先祖さまに会わせる顔もありません!」
「面目次第もありません……」
「自決せぬというならこの手で私が!」
腰に差していた細身の剣を抜き放ってカイに突きつけたのを見て、皆が慌てて村長宅に飛び込んだ。
「ナ、ナツキさま!僭越ながら何卒若君さまをお許しになってくださいませ!若君さまが来てくだされなければこの村は、もちろん貴方様までがご無事では!」
あまりの言葉を聞いて村長が無礼を承知で止めに入ったのだ。
(ナツキ?!)
その名を聞いて驚くサトル。マナもマドカも共に家に踏み入っていた。
「そうですよ!真っ先に駆けつけたのは弟くんなんだから」
カイを擁護するマドカ。だがナツキは収まらない様子。
「部外者は……」
しかし視界にサトルが現れた瞬間、明らかに様子が変わった。
「すみません。ナツキさんってもしかして……、あの、ナツキ先輩ですか?」
「あ、あなたは……」
「サトルです。鵜来中学校で一緒だった……」
その名を耳にした瞬間、ナツキは落雷に打たれたような衝撃を受け、前世の記憶を取り戻した。
そう、彼女はサトルの初恋の相手で、初デートに向う途中で事故死してしまい、この世界に転生していたのだ。
「うそ……。ねえ、本当にサトルくんなの?」
「あの時の約束、果たせなかったのがずっと心残りでした」
その言葉を聞いた瞬間、ナツキは崩れるようにサトルに抱きつくと、周りを憚らずに大声で号泣し始めたのだった。
「あ、あの、姉上?」
居合わせた全員が驚き絶句している中、サトルは無き縋ってくる転生してしまった初恋の相手を優しく抱擁し続けていた。
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