線香花火の君と僕

ゴリラ・ゴリラ・ゴリラ

第1章  不協和音

001  不協和音①Ⅰ

 いつもだったら太陽の光で目が覚めるはずなのだが、目の前は真っ暗な闇に包まれていた。

「まさか……白蓮、お前の口の中なのか?」

 と、暗闇から声をかけると、顔全体に体液のような粘液がべっとりとついていた。

 それが何なのかすぐに分かった音無優翔おとなしゆうとは白蓮の大きな口を両腕に力を入れて開けると、顔を出した。朝早くから人の顔を丸呑みしそうな勢いで起きている白蓮はくれんが、優翔の隣で横になって目を覚ましていた。

「あーあ、朝から良くない目の覚め方だよ……」

 白蓮の頭を撫でながら太陽の光に当てられる。だが、朝というのには少しばかり遅すぎたのかもしれない。壁に付けていた時計の針は、十一時を指していた。

「いつの間に昼……そう言えばいつ寝たんだっけ?」

 寝癖のついた髪を手で軽く整えた。

「そう言えば、昨日何をしていたのかも覚えてねぇ……」

 くぅーん、と小さく泣いて、白熊しろくまの白蓮が起き上るとベットから降りた。この小さな狭い部屋に白熊がなぜいるのかは理由を説明してもここの十人以外納得してくれないだろう。

 彼の寝床は優翔の部屋ではない。違う部屋の押し入れに住んでいるのだ。だが、たまにこうして隣で寝ていることがある。飼い主の張本人はどういうしつけをすれば人間に馴染んだ白熊が誕生するのだろうか。

 テレビの画面は点けっぱなしの状態でお昼のニュースが流れていた。リモコンは見当たらず消すのも面倒でそのままにしておく。

 中学から高校に上がるまでのこの長い一か月半の春休みは長いようで短い。

 この大きな敷地面積を持つ二階建ての木造の建物は、年齢の違う人間が住んでいる下宿屋である。

 テニスコート三面ほどの広さの庭には、ここに住む人間の私物ばかりが散乱している。

 それぞれ個室があり、台所やお風呂、リビングは共通で簡単に言えばシェアハウスみたいなところだ。

 高校までの距離は歩いて約二十分。自転車だとその半分、十分程度である。

 優翔の部屋は、建物の奥の部屋にある。中学入学からこの部屋に住んでいる。

 なぜ、中学からこの下宿先に住んでいるのかというと、両親が海外転勤ということもあり、中学生で一人暮らしは少し心配もあった。

 そして、この下宿屋は少しどころか、大いに変わっている。

 まず、その一。なぜか、白熊が温帯地域に生息している。この敷地地内で人間と同じように生活をしている。食事をしたり、お風呂に入ったりと人間と変わらない。この近所では有名人である。その二、ここの住人はほとんどが変人の集まりである。

 他にも色々とあるが、大まかに言えばこれくらいである。

 下宿代は電気・水道・食費を入れて、月に三万五千円と破格の値段である。炊事・選択も自分たちで行い。買い物は週に一度、住人たち揃って出かけることになっているのだ。

 ここに住んでいる住人は大学生が三人、高校生が三人、そして、ここの大家が一人の七人が住んでいる。

「そう言えば、なんでこんなに部屋が散らかっているんだ? 思い出せない……」

 溜息をつきながら、優翔は顔を手で覆った。

 高校生の春休みは短く、大学生の春休みは長い。同じ学生でありながらこんなに差があると、少し羨ましい。そう思っていると、押し入れの方から物音が聞こえた。

 なんだかあの中に幽霊ゆうれいがいるように思えてくる。

 いや、あれは幽霊などではない。確実に誰かがそこにいる。

 優翔は立ち上がって自分の押し入れまで歩み寄ると襖を横にスライドして開けた。

 優翔の押し入れには当初、自分の荷物を一段目に置いて、二段目には布団や服などを置いているはずだが、そこでは白い布団を敷いてド〇えもんのようにすやすやと可愛らしい少女が気持ちよく寝ていた。セミロングの栗色の鮮やかな髪は、ぼさぼさであり、服は乱れ、服と体の間からヘソがこっそりと見える。体のあらゆるところについた筋肉が見え、そして、あるようでないその胸は小さな山を強調させていた。

 こんな出来事は一度、二度ではない。この三年間の間で何度も自分の押し入れを占拠されたことはある。

 そして、今日も自分の服や押し入れは床に散乱しており、片付ける方の身にもなって欲しいものだ。

「鈴ちゃん、すみませんがここで寝ないでください」

 と、声をかけても全く起きる気配のない彼女の頬をつねると、痛みと同時に山本鈴やまもとりんが飛び起きた。

 彼女の着ている服は中華風の服であり、薄ピンク色にアレンジしてある。それが彼女の小さな体にピッタリと似合っている。日本人の父と中国人の母を持つハーフであり、中学生に間違われてもおかしくない顔立ちである。

 スポーツ万能の高校三年生であり、子ども扱いすると怒る時はあるが、子供料金で映画館や遊園地などには普通に違和感も払っている。

 鈴はこの小さな体でいくつもの大きい選手に対して対抗し、優れた天才を数々も倒してきた。

「うるさいね! 朝っぱらから人の顔をつねる馬鹿がいるか!」

「いや、もう昼前ですよ! 午前十一時ですよ」

「私の時間は三十六時間ね。それくらい分かっておけよ、凡人。いくら私が先輩だからと言ってもなめんじゃないね」

「はいはい。それじゃあ、鈴ちゃんは自分の部屋で寝てくださいね。俺は自分の部屋を片付けるのでついでに白蓮も連れて行ってください」

「白蓮、なんで優翔の部屋にいるアルね?」

「あんたが連れてきたんだろうが!」

「白蓮、優翔の頭に噛み砕いてもいいアルよ」

「ふざけるな! 俺の部屋が殺人現場になるわ!」

「自殺?」

「そこは他殺だ! いや、計画性のある殺人事件の方がある意味しっくりと来るような……」

「そんなのどうでもいいね。それよりも昼飯、作るアルよ」

「自分で作れ!」

「そんなの面倒ね。じゃあ、私が作ると優翔はいつも起こって結局は自分で作ってしまうよ。だから、お願いアルよ」

 手を合わせながら、毎回毎回『アル』という中学人特有の語尾をつけて、白々しくお願いをしてくる。これだから、ロリ体型の先輩は困る。だから、一部の男の間ではマニアがいるのだ。

「……鈴ちゃん。分かりましたからできるだけ手伝ってくださいよ。それと、朝食じゃなくて昼食ですからね」

「牛丼でいいアルよ!」

「そんな金、どこにもないわ!」

「ケチ、せめて豚のヒレ」

「高級部位、無理。絶対!」

 優翔は呆れながらしっかりと対応する。

「白蓮、テレビでも見よう」

 そう言いながら、鈴はこの部屋に留まり、白蓮と一緒にテレビを見始める。今まで見つからなかったリモコンを探し当て、チャンネルを変える。土曜の昼間から動物特集のバラエティ番組が始まっていた。

 毛布を広げて長方形に四つ折りにして、優翔はベットの上に置いた。

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