第47話
それからその日はいつもと同じ、いつもと全く違う日になった。
ビデオのランキングを伝えるラジオ、主婦の話し声、僅かな足音。いつも通りの雑音が静かに耳に伝う昼過ぎ、誰もいないレジ前で浩二がすることは考え事だった。だが今日は違う。浩二は動画サイトを思い浮かべて、興味のあった投稿者の動画を想像する。
すると見たこともない動画がいきなり鮮明に再生され、映像と音が広がり出す。それは記憶ではない。ネットに繋がったリアルタイムの情報だった。
まさに魔法のような出来事に思わず口元がにやけてしまう。仕事しながら動画を見られるなんて、最高すぎるだろう。浩二はあまりの出来事に心が躍るのが止まらなかった。これさえあればどんな時でも好きなことが出来る。
漫画やアニメだって見られるし、もしかしたらネットゲームが出来るかもしれない。無限の可能性が目の前に広がっていた。なんだって出来るぞ。浩二はこれからなにをやろうかとわくわくしていた。現代社会において、ネットと脳が直接繋がっているのはほぼ万能に変わりなかった。
「あのーすみません」
「あ、はい」
浩二は気づくと目の前のレジに人がいてびっくりする。頭の中に集中していたせいで全然気が付かなかった。
「これ、お願いします」
「はい、かしこまりました」
大学生風の若い男性がDVDを2枚差し出す。カードを受け取り、レジ作業を行った。
危ない、危ない。頭の中に全神経を集中させるから目の前にいるのに呆けて気付かなかった。これじゃあ完全にぼーっとしてる馬鹿店員だ。うまく制御しなければ、と浩二は気をつけるように心掛けようと決めた。
男性を見送った後しばらくして店長が顔を出す。
「海野くん、さっきはどうしたの?らしくない。ぼーっとしてないでね仕事なんだから」
「はい、すみません、気を付けます」
浩二は店長に頭をぺこりと下げた。店長はすこし顔をしかめていたが、浩二の様子をみて表情を戻しまた裏へと戻っていった。
正直浩二は店長があまり好きではなかった。いつも裏で事務作業を行いながら店員の行動に目を光らせている。そんな店長のぬかりない性格は店員たちにとってすこしうんざりする所があった。
以前若い大学生のバイトの男女がいたことがあった。二人はバイトを通じて仲良くなり付き合うことになったのだが、仕事中に少しでも笑顔を見せて雑談をすると一々店長が注意してきたのだ。あれは可哀想だった。店長としては公私混同は避けて真面目に仕事をしてもらいたかったのだろうが、思うにあれは嫉妬も含まれているに違いない。店長は独身でもういい年になるからだ。
ああいう細かい性格でねちねちとしてくるところが浩二は好きではなかった。
それにしてもネットを使うにはこれから気を付けなければ。つい全神経を集中してしまうから危ない。側から見ればなにも持たず虚空を眺めてぼーっとしているだけにしか見えないが、危険度は歩きスマホにも勝るだろう。うまく意識を分散してスマホを使う程度の集中力で良くさせなければ、と浩二は肝に銘じるのだった。
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