第43話

次の日の学校に行くのは拓哉にとってとてもどぎまぎすることだった。昨日の相田の台詞、私のタイプは山岸くんみたいな人、というのか頭にこびりついて離れなかった。あれはどういう意味なのだ?からかって言ったのか?それにしてはあまりに唐突で、急いで去っていったように思えた。

駅から学校への道のりを歩く足が重い。自然と歩幅も小さくなった。横を行き過ぎていく生徒たちは皆楽しげに笑って歩いていく。拓哉のようにあからさまに悩んでいるような様子の生徒はなかなか見当たらなかった。

これでも相田が去ってから翌朝学校に行くまで丸半日ほど悩んでいたのだ。あんなことを言われたら、まるで告白みたいじゃないか、と拓哉は思う。相田が何を思ってあんなこおを口走ったのか定かではないが、高校生の拓哉にとって、タイプだと言われたことは初めての経験だった。それだけ大きなイベントなのだ。正直どんな顔して次に相田に会えばいいのかわからなかった。もし顔を見たら照れて顔を逸らしてしまいそうだった。


下駄箱で上履きに履き替え、教室へと向かう。すれ違う生徒の中に相田がいないか、ちらちらと顔を確認してしまった。どうせ同じクラスなのだから確実に顔を合わせることは間違いなかったが、心の準備が必要だった。


「おはようー」


「お、山岸おはよ」


出来るだけ周りは見ないようにして席に着く。しかしすぐに足音を立てて駆け寄ってきた人物のせいによって顔を上げざるを得なかった。


「山岸お前昨日美女と手繋いでたんだって?」


中本が開口一番興奮気味に聞いてくる。ビッグニュースを得た、と言わんばかりの顔で、とても興味津々だ。


「は?美女?」

「駅前で!お前のバイト先の本屋だっけ、の前で見てたやつがいたんだって、赤い派手な服着た美女と」

「え?あぁ、あれは…」


と、思わず相田の方を見る。相田はいつも通り席に座って本を読んでいた。長い前髪でその表情は見えない。

あれは相田だ、と言ってしまえばいいような気もしたが、そしたら相田に手を引かれていたのが皆にバレてしまう。それは俺にとっても相田にとっても知られたくないことなんじゃないか、と押しとどまった。


「あれは知り合いだよ。手を繋いでたんじゃなくてちょっと連れてかれてただけ」

「すげー美女だって言ってたぞ!紹介してよ」

「嫌だよそんなの」


たしかに昨日は普段の相田からは想像のつかない見た目だった。長い前髪も上げ、眼鏡もコンタクトにして、地味な雰囲気のある相田が派手な赤いワンピースを着ていた。相田と気付かれなくてもおかしくないことだ。


「お前最近噂多いな。この前は根本と抱き合ってたし、こんどは謎の美女か」


斎藤が話を聞いて後ろを振り返ってくる。あれはそんなんじゃないと否定しても、じゃあどうなったら本物になるんだ?と少し意地悪く聞いてきた。それに対して答えられず拓哉は唸り声を上げる。


「お前気をつけた方がいいぞ。根本にこの噂聞かれたらやばいんじゃないか?女子の嫉妬って怖いぞ」

根本に聞かれたら、と言われ拓哉は体に電流が走るのを感じた。何故かとてつもなく、それだけは嫌だと考えた。根本にだけはこの噂は聞かれたくない。激しく嫌だという感情が拓哉を支配した。


俺はなんでこんなに嫌なんだろう。噂なんて大したことじゃないのに。根本には聞かれたくなかった。そのためにはこの噂をされるのを止めなければ。


そう思った拓哉が、帰り道にふらりと通った神社に願いを頼むまで1日もかからなかった。

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