第36話

しばらくして店員の手の上にふかふかに敷かれたパンケーキの山が現れた。綺麗な黄金色のクッションの上に白いバターがじんわりと溶け、温かくて甘い匂いが鼻腔をくすぐった。


「わぁ、すごい!美味しそうー」


根本は少女のように手を叩いて喜んだ。口角が上がりほっぺたがふっくらと盛り上がっている。

机に置かれたパンケーキを前に根本はスマホで写真を撮り出す。拓哉はとっさに手など邪魔なものが映らないように避けた。パシャリパシャリとシャッターの音が響く。そして心ゆくまで撮り終わったのか、根本は皿を取り出すと二枚に重なっているうちの一枚を皿に取り分け、拓哉に寄越してくれた。


「お、ありがと」

「食べよ食べよ!」


根本に促されるまま拓哉はフォークとナイフを手に取ってパンケーキを一口大に切り分けた。シロップをかけて一口頬張る。口の中に蜜の甘い味と生地の香ばしさ、仄かな甘みが合わさって絶妙な美味しさが広がる。焼きたてのパンケーキはふわふわで噛んだらすぐに無くなってしまうほどだった。


「美味しいなこれ」

「でしょ?私この店ずっと目を付けてたの、評判良くって」

「根本ってパンケーキが好きなの?」

「うん、結構色んな店を回ってどこのパンケーキが美味しかったかランキング付けてるくらい」

「今日のこれは何位くらい?」

「うーん、一位かも」


うふふ、と根本は嬉しそうに笑う。スイーツ好きという根本の新たな一面が見られて少し嬉しく感じた。快活でスポーティな印象のあった根本の、お菓子好きという女子らしい面は少し意外性のあるものだった。根本の可愛らしい部分を知れて優越感を感じる。根本のこんな一面も知っているんだぞ、と中本あたりに自慢したくなった。


根本は本当に美味しそうにパンケーキを頬張る。ハムスターのように頬を膨らませて食べる様子は見ていて可愛らしいものだった。

こんなに可愛い女の子と一緒にいられるのは嬉しいことだ。今この状況にいる自分が素晴らしいものに思えた。お洒落な珈琲屋で美味しいパンケーキをつつきながら可愛い女の子と談笑する。男子高校生にとってはこれ以上ない幸せだと思う。俺は気分よく過ごせているが、根本はどうなんだろう?残念ながらイケメンではない俺と一緒に過ごして嫌ではないのだろうか?根本の真意が知りたくて拓哉は根本に尋ねた。


「なんで俺を連れて来たの?他のやつでも良かったんじゃ?」

「なんでそんなこと聞くの?」


根本は笑い混じりにそう返した。確かに聞くにしては唐突すぎたかも知れない。それて拓哉は知りたかった。


「知りたいんだ、なんとなく」

「なにそれーよくわかんない理由」

「いいじゃないか」

「もー」


根本は上機嫌のままわざと頬を膨らませて怒ったふりをした。フォークを置き、髪を撫で付けて弄りながら拓哉と目を合わせた。


「一番誘いやすかったのが山岸だったってだけだよ。部活の中でなんだかんだ一番仲良いの山岸だし」

「そうなのか」



一番、という言葉に嬉しくなる。どきりと心臓か跳ね上げ、心踊った。しかしそこで拓哉はふと思いついた。こんな根本の一挙手一投足にどきりとしたり嬉しく思ったり、まるで根本のことが好きみたいだ。好き、と言葉にするとそれは恥ずかしく思えた。俺は根本のことを好きなのだろうか。自分で分からなくて根本をじっと見つめる。


「根本はその、噂とか気にならないの?」

「噂?」

「ほら、あの…俺との噂だよ」

拓哉は言いにくそうに言葉を濁して言った。それに対して根本はしばらく逡巡した後、ああと呟く。


「なんかからかわれてたやつ?私全然気にしないよ。それに山岸なら大丈夫っていうか」

「俺なら大丈夫?」

「ううん、なんでもない」



それって根本も俺のことをまんざらでもなく思ってくれているっていうことか?と期待に胸が膨らむ。根本をじっと見つめて真意を見透かそうとするが、目が合った根本はすぐに目を逸らしパンケーキの残りを食べ進めていった。

もし根本が俺のことを好きだとしたら、と拓哉は考える。そしたら自分はどうするだろう?嬉しい?付き合うのか?

拓哉はまだ好きという気持ちを整理できていなかった。何をもって好意とするのかがわからない。けれどこの胸のドキドキだけは本当なのは確かだった。

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