第37話

それからというもの、拓哉と根本の間に特に進展は無かった。あれからデートに誘われるようなこともなく、周りの人間もすぐに二人のことをからかうのは飽きたようで普通に話しても何も言われなくなっていた。普通の日常が戻ってきたといえば、いいことにも思えた。いつも通り斎藤や中本とふざけ合いながら駄弁る日々。たまに喋る女子といえば根本と相田くらいのものだった。

根本は拓哉のことなど気にしていないような素振りで、いつも通り仲良く接してくれていた。拓哉にとっては日常が戻ってきたのは嬉しいことでもあった。何も気にしなくて済む、いつも通り過ごしていればいい状況は居心地が良かったし楽だった。ただ、刺激が少ないといえばそうでもあった。

根本と二人で過ごした時のようなあのドキドキ感を思い出す。あの胸の高鳴りは思い返すだけで心臓が強く脈打つのを感じる。喉の奥から甘い飴がせり上がってくるような感覚。新鮮な草花で頬を切りつけられるような衝撃は忘れられなかった。二人で過ごした楽しい時間を思い出すとそれだけでにやけてしまう。根本のことが好きだとかそういう感覚はいまいち分からなかったが新鮮な気持ちになれることは確かだった。

拓哉は自分がどうしたいのか分からなかった。いつも通りの平生に甘んじてぬるま湯に浸かっている気分もした。もっと能動的に動かなくては。脳が警鐘を鳴らす。まずは好きという気持ちを学ばなければ。拓哉はそう考えて最適な人物に教えを請うことにした。



「なぁ斎藤、好きってどんな気持ち?」

「なんだ急にどうした」

「好きって言う気持ちがわからなくて知りたいんだ」

「お前気になる人でもいるのか?」

「それすらわからない。気になるといえば気になる」


おぉーと斎藤から歓声が上がる。整った顔を綻ばせて斎藤は少し前のめりになった。


「そういうの疎いお前から聞けてなんか嬉しい。相手はなんとなくわかるから聞かないでおくよ」

「あ、あぁ」


拓哉はなんだか恥ずかしくなる。斎藤なら相手を見抜くことなど簡単だろう。そもそも仲良く話す女子が二人くらいしかいないのだから。


「それで、どんな気持ちなの?」

「どんなって言われてもなぁ。あ、ほら、相手の顔を見て、なんでもない時に幸せだなぁって感じたりとか、一人でいる時につい相手のことを考えちゃう時とか」


うーんと拓哉は考え込む。根本と話していて楽しいと思うが、幸せを噛みしめるほどではない気がした。けれど一人でいるのに根本のことを考えるのは当てはまっていた。むしろ最近はそのことばかり考えてうんざりするくらいだ。そのくらい拓哉の心の中を根本が占めていることは確かだった。


「難しいなぁ好きって」

「難しく考えんなって。よくは独り占めしたいかどうかって話だよ」

「独り占めかぁ…」



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