第28話

「あーあ、私英語圏に生まれたかったー」


根本が腕を伸ばしながら空を仰ぎ見る。小柄な体は伸びをしても拓哉の背に届かないくらいだった。

かぁかぁとカラスが空を飛んで行く。赤い太陽がずっと向こうのビルの影に隠れて行くのが見えた。


「お前英語得意だっけ?」

「うん、そうだよー、私英語だけは点数いいんだー、数学はさっぱりだけどね」


根本が舌を出して笑った。べー、とした顔は小動物に似ていた。


「俺は数学の方が好きかなぁ」

「山岸って理系かぁーすごいなぁ」

「そっちこそ文系ってすごいじゃん、数学と違って英語は色々使い道あるし」

「そうだけどさぁ」


二人で肩を並べて歩く。均等な少し小さめの歩幅が足の下に長い影を作った。駅までの長い道のりで会話は途絶えることなく、ぽつぽつと続いていた。


「あっ危ない」


対面から自転車が真っ直ぐにやってくる。かなりのスピードで向かってくるそれに、拓哉は思わず根本を引き寄せた。


「あっ、ありがと」


根本は俯いてぼそりと呟いた。


「な、なんだよ。照れてんの?」

「うっさいばか」


根本は拓哉の手を振り払うように身じろぎした。自然と手が離れる。俯いた根本の横顔は少し赤らんでいた。長い睫毛が頬に影を落としている。


「ねぇ」


しばらくの沈黙の後根本が口を開いた。

「山岸ってさ、彼女いるの?」

「え、は?いないけど」


何々と焦って聞き返す。しかし根本はふーんと言ってそれから黙ってしまった。気まずい沈黙が二人の間を流れる。


なんだ?なんでそんなことを急に聞いてきたんだろう。拓哉は内心ドキドキしていた。不可抗力とは言え抱き寄せた後の反応がこれだ。気にもなる。拓哉は横目でちらりと根本を見た。少し俯き加減であるく彼女の横顔は、頬がふっくらとして少し赤らんでいる。桃のような肌に夕日が当たって赤く照らされている。


「あっ、私こっち方面だから」

「お、おう。じゃあ」

「また明日ね」

「うん、じゃ」


駅の改札前で分かれていく。拓哉は歩き去る根本の姿をしばらく呆然と見ていた。

さっきのはなんだったのだろうか。気になって仕方ない。まさか根本が俺に気があるとか?

そんなまさか、と思った。男勝りなタイプの根本が誰かを好きだとかそういうのは想像できなかった。ましてやそれが自分にくるなんて全く予想だに出来ない。絶対勘違いだろう、と思うが不可解な点が多すぎる。なんで彼女がいるかなんて聞いてきたんだ。根本とは確かに部活内外でもよく話す女子の一人だったが、そんなこと聞かれたことなかった。からかうでもなく急に聞いてきた彼女の思考に理解が追いつかない。

拓哉は帰り道の間中、一人でうんうんと唸っていた。

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