第29話

「おい山岸、お前昨日根本と抱き合ってただろ?」


朝登校して一番に聞かれたのがその言葉だった。言葉の意味が分からず、ぽかんと首をかしげる。


「昨日、浅田が見たって言ってたぞ」

「は?確かに昨日根本と帰ったけど…、あ」


拓哉はひととおり考えてやっと当てはまったことに声をあげる。そしてすぐに慌てて訂正した。


「いや、あれは車が来たから危なくて手を引いただけで」

「やっぱり抱き合ったんだ〜!」


ふぅーと周りから歓声が上がる。拓哉は辺りを鎮めるように手をバタバタさせた。やるじゃん山岸ーと声がかかる。

顔に全身の血が集まってくるのが分かった。かぁっと顔が熱くなる。


「違うってば!」


焦りで声が上擦り、必死に訂正しても周りの声は止まなかった。


「おいお前ら山岸困ってるんだからその辺にしとけよ」


救世主のように後ろから声をかけて騒ぎを鎮めたのは斎藤の一声だった。しょうがないなぁという声と共に周りの皆の注目から外れる。それでもなおこそこそと話し声と共に視線が浴びせられるのを感じた。


「ありがとう、斎藤」

「いや、なんか困ってそうだったから。でも山岸、お前その話本当なのか?」

「あーえっと、手は引っ張ったけど抱き合ってはないよ、不可抗力。ほんとに車が来たから危なくて引っ張っだだけ」

「そっか。俺はいいと思うけどな、お前と根本」

「はぁ?斎藤まで何言ってんだよ」

「根本可愛いじゃん」

「そりゃ確かに可愛いけど」

でも、そんな、と口ごもる。反論したいけど過剰反応は逆効果な気がしたし、反論しすぎるのは根本に悪い気がした。結果としてうまいことが何も言えずに返す言葉を見つけられずにいた。


「何々?恋の話?俺そういうの好きだよ?」


中本が首をひょっこりと出して興味津々の笑顔を向ける。拓哉はその楽しそうな顔を押し退けて、いいんだよお前は、と誤魔化した。


「なんだよー俺にも話してくれたっていいじゃん」

「お前は話をややこしくするからいやだ」

「えーひどい!俺、まじめに聞くよ?」

「絶対からかうだろ」


ははは、と斎藤が笑う。中本はまだ聞きたそうに体を揺らしていたが拓哉は頑なに話すことを拒んだ。中本は絶対に面白がるに決まっている。中本に話すと無駄に話を大きくされそうで恥ずかしかった。


しかし昨日の僅かな時間だけでこんなに噂されるなんて思っていなかった。全く予想していなかった周囲の声に自分の行動を恥じた。根本も根本のクラスで同じように揶揄されているのだろうか。そう考えると次に会うのが気まずかった。どんなに頑張っても今日の部活で会うのは決まっているのだけど、どんな顔をして会えばいいのかわからなかった。


「まぁ、頑張れよ」

「だからそんなんじゃないってば」

「何?気になるー」

「うるさい中本」


それ以上は何も言わない斎藤の優しさに感謝しつつも、内心はとてもドキドキしていた。心拍数が何百倍にも上がった気がした。

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