第5話
一つの結論に達した悠人はいてもたってもいられなかった。自分の見つけた事実に驚愕し、高揚していた。頭の先から熱いシャワーをかけられているかのようだった。背中がぞわぞわする。どくどくと心臓が体中に血液を送り込む音が鳴り響いた。
もう授業など聞いている場合ではなかった。はやく授業が終わらないか、としきりに考える。悠人には確かめたいことがあったのだ。
祥子のことだ。
彼女の心が知りたくてこの力を願ったのだ。今すぐにでも確かめたいという気持ちはある。しかし同時に怖くもあった。今なら真実を見透かせられる。それは本当に良いことなのだろうか。本当のことを知ったら立ち直れなくなるかもしれない。
ぐるぐると渦巻く葛藤の中で、それでも確かめたいという気持ちがまさっていた。授業の鐘と同時に荷物を纏めて立ち上がる。
「ごめん森岡、俺先にサークル行ってくるわ」
早口でそう言うと足早に教室を去ろうとする。おい、どうしたんだよ急に、と後ろから声がしたが答えることはしなかった。そのかわりに走り出す。目指すのはサークルの部室だ。
タッタッと廊下を走る性急な音がかけていく。通り過ぎる学生たちは皆楽しそうにお喋りをしている。一人急いでいる悠人を怪訝そうに見る人たちもいた。心臓の鐘の音が速い。頭に浮かぶのは祥子のことだけだ。こんなにも人のことを思うのはどれだけぶりだろう、と考えた。言い様のない焦燥感が悠人を襲う。はやく、できるだけはやく祥子に聞きたかった。俺のことをどう思っているのか、と。
「祥子!」
部室の扉をバタリと開けて彼女を目にした途端に名前を叫んだ。祥子はいきなりのことに驚いているようで、びくりと背筋を震わせてこちらを見た。
「悠人…?」
「祥子、話があるんだ」
そう言いながら祥子の腕を掴む。椅子に座って寛いでいた祥子は困惑の表情を浮かべ、何?どうしたの?と悠人を伺い見ていた。その祥子を引きずるようにして部室から出て行く。強引なやり方だが、二人きりで話す必要のある悠人にはなりふり構っていられなかった。
「ちょ、ちょっと痛いって!」
離してよ、と手を振り払われたのは廊下に出た時だった。廊下の奥からは様々な楽器の練習する雑音が響いてくる。猥雑な音色に混ざるようにして二人で対峙した。目線が合う。
「ごめん、急に」
「どうしたの、悠人」
「どうしても君に聞きたいことがあったんだ」
祥子の両肩に手を置いて見詰める。視線を逃さないようにするその構えは戸惑っている祥子の泳ぐ目線を捉えて離さなかった。
あばらの奥から熱い血液が溢れ出す感覚がある。頭に血が上ってちかちかと視界が眩しい。悠人は一呼吸置いてから祥子を問いただした。
「お前いつから先輩のことが好きなんだ?」
「え?何?急に何言ってんの」
「いいから答えて」
ーそんなこと急に言われても困るよ。っていうか悠人どうしちゃったの?なんか怖い
「俺のことは好きじゃなくなったのか?」
「悠人怒ってるの?怖いよ」
「質問に答えて!」
無言の時間が流れる。祥子は目を下にそらしつつ目にはじんわりと涙を溜めていた。
ーそれは好きだったけど。悠人のことは今でも好きだけど、でも先輩のことが忘れられないから仕方ないのよ。
その言葉は悠人の胸を強く打った。と同時に我に帰る。目の前の祥子は目に大粒の涙をたたえ、悠人のことをそっと伺うように見ていた。
俺のことが今でも好き。その言葉はじわじわと体に染み渡っていく。嬉しさと同時に悲しさが心を支配した。
「そうか、ごめん」
悠人は彼女の肩に置いていた手を下ろした。脱力する。急な態度の変化に首をかしげる祥子から目を逸らして、悠人はがっくりと項垂れた。
俺のことが好き。けれどそれ以上に先輩のことが好きなんだとしたら、もう諦めるしかない。祥子は自分の感情に嘘をついていないのだ。もうこれ以上聞くことはなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます