クローン・キャスト 美鈴と浩太

亀野あゆみ

クローン・キャスト 美鈴と浩太

 B定食のトレイを手に、空いてる席を探してると、「おっ、美鈴」と、声をかけられた。振り向くと、白い柴犬が舌をベロリと垂らしてニタニタしてる。ただし、柴犬なのは顔だけで、身体は、人間。ひょろっとやせた男性だ。


 「浩太、あんた、元に戻り切ってないよ」あたしに言われて、「えっ、マジ?」と驚くから、スマホを自撮りモードにして突き付けてやる。「ちっ、緊急脱出してきたばかりだからなぁ」


 あたしが浩太のA定食のトレイを持ってやってる間に、奴は、元のクローン人間の顔に戻る。「サンキュ」と、あたしからトレイを引き取りながら、「やっぱ、『ジジババの日』の社食は、混んどるな」と言う。


 あゝ、そうだった。今日は、月に一度、退職したOB、OGが無料で社食を利用できる『先輩感謝デー』だ。


「浩太、『ジジババの日』って言い方は、ないよ。あんたも、いつかは、ジイさんだ。年寄りは大切にしないといかんよ」

あたしがたしなめると、浩太が顔をしかめて、「今の俺は、年寄りを大切にする気には、とても、なれん」と言った。


 浩太がお年寄りのそばを避けたがるもんだから、5分以上ウロウロして、やっと、2人席をゲットした。


 ここは、「日本昔話成立支援機構」本部の社員食堂(正式には職員食堂)。あたしたちの世界では味わえない地球の食材が使われてるので、普段から、大繁盛。まして、『先輩感謝デー』となると、地球の食材を懐かしむOB、OGで、ごった返す。


 あたしたちの世界は、地球の並行世界。地球には、日本という島国がある。そこの住民は、もの忘れがひどくて、自分たちの間に伝わってる昔話と怪談を、どんどん忘れてしまう。

 それだけなら、どうってことないんだけど、昔話の50%、怪談の70%が忘れられると、日本が消滅すると理論的に予測されてるそうで、これは、まぁ、おおごとと言えば、おおごとだ。


 あっちの世界とこっちの世界で、どういう話し合いがあったか、あたしは、知らない。ともかく、こっちから、日本にキャストを派遣して、おんなじ昔話、おんなじ怪談を定期的に再現してやることになった。


 昔話では動物が喋ったり、人に化けたりするから、動物の遺伝子を組み込んだクローン人間をキャストとして派遣する。それを仕切ってるのが「日本昔話成立支援機構」で、あたしと浩太は、そのクローン・キャストだ。


 あたしの名前は美鈴。もっとも、これは、子どものころ、養育センターでつけてもらった愛称で、正式名称はM3017、クローンとしての製造番号だ。


「そぉ言えば、浩太、緊急脱出してきたって、言ったよね。それと、お年寄りが気に食わないのと、なんか、関係あんの」

 浩太が、どんとテーブルをたたいた。

「よくぞ、聞いてくれた。俺、『花咲か爺さん』の犬役で、派遣されとって、そこで『花咲か爺い』にひっどい目に遭わされて、緊急脱出してきた」顔が犬のままだったところを見ると、よほど泡を食って、逃げかえってきたに違いない。


「ひどい目って、隣の家の意地悪爺さんに、想定外のひどいことをされたの?」

「違うよ。俺をとんでもない目に遭わせたのは、親切なジジイの方だ。俺は、親切なジジイの畑に宝物が埋まってるのを嗅ぎつけて、吠えて教えてやるはずだった。隣の意地悪ジジイがからんでくるのは、そのあとだ。今回は、意地悪ジジイが出てくるとこまで、行きついてない」


「えっ、なんで?」

「優しい・・・っていうか、優しいはずのジイさんは、俺が吠え出すまでは、確かに、昔話どおり、正直で、おだやかで、親切だった。ところが、俺が畑で吠え始めたとたんに、血相変えて俺をひっ捕まえて、口輪をはめやがった」


「どうして?」

「町内会の圧力に負けたんだ。俺がジイさんに拾われて、ジイさんの家に連れてかれる途中、町内会のチラシが大きな木に貼ってあるのを見た。『犬の吠え声はご近所の迷惑です。飼い主は、犬にムダ吠えさせないよう、厳重、注意願います』そう書いてあった」


「う~ん、そりゃ、お爺さんが負けたのも仕方ないわね。昔の日本は、今以上に同調圧力が強かったらしいから」

「だけど、負けるのが、早すぎだぜ。俺、口輪をはめられる前に、2回しか吠えてないから。それも、気をつかって、すっごく控えめに吠えた。それなのに、ジジイは、バネ仕掛けみたいに、ビョーンと飛び出してきて、口輪をはめやがった」


「そうね、控えめに2回吠えたくらいじゃ、ムダ吠えとは言えないかもね。それで、どうしたの?」

「仕方ないから、本部にSOSを送信したよ。ジイさんが寝静まったあとに、上司が来て、口輪を外してくれた。恥ずかしいったら、なかったよ。即座に吠えたかったけど、夜中に吠えたりしたら、ジイさんにぶち殺されかねないから、俺は、朝を待った」


「それで?」

「寝過ごした。目が覚めた時には、口輪がつけ直されてた。その日の夜から翌日の朝にかけて、もう一度、同じことが起こった」

「上司に口輪を外してもらっておいて、また、寝過ごしたの?」

 浩太が黙ってうなずく。「3回目のSOSを出したら、上司が、口輪をしたままの俺を時空転移装置に乗せて、こっちに連れ帰ってきた。『仏の顔も三度までだ」とか言って、えらい怒っとった。転移装置の中で、口輪だけは、外してくれたけど」


「浩太、それ、『緊急脱出』じゃない。『強制退去』だよ」

「そう思う?」

「思う。あんたが、本当に『緊急脱出』したと思ってるんだったら、頭のネジが、相当、ゆるんでるよ」

 浩太が天井をあおいだ。「やっぱ、そうか・・・俺も、『強制退去』させられたかなって、思わなかったわけじゃないんだ。ただ、そう認めるのが怖くってさ」


「浩太、あんた、『先輩感謝デー』に来てるお年寄りたちのことを嫌ってたよね。でも、あの人たちは、定年まで、ここで勤め通したんだよ。浩太は、そんな調子じゃ、ここに定年までいられないよ。あたしと一緒に『先輩感謝デー』に来られないよ」


 ちょっと言い過ぎたかなと思った。でも、あたしと浩太は、製造ロットが一緒、育ったクローン養育所も同じ。言ってみれば、幼馴染だ。親兄弟のないあたしたちにとって、幼馴染は家族も同然。その幼馴染と、一緒に、仲良く、定年を迎えられないなんて、こんな悲しいことはないよ。


 がっくり肩を落とした浩太が、見る見る白い柴犬に変身しだした。イスの上にお座りした格好になった浩太が、テーブルに顎をのせ、情けない目であたしを見上げて、クゥンと鳴いた。


 あたしは、浩太の顔を抱いて、頬ずりした。ガンバレ、浩太、あたしの大事な幼馴染み。




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