9話「妹たちと転校生」後編

「陽ちゃーん」


 昇降口に着き、靴を履き替えていると背後から聞き覚えがある声が聞こえた。

 振り返るとそこには幼馴染の菜摘が立っていた。


「お、おう菜摘。 今から部活か?」

「うん、大会近いからね。 皆張り切ってるよ〜」


 菜摘はそう言って靴を履き替え、俺の隣にいるレナに気がついたようで笑顔で会釈をした。

 レナもつられて会釈をする。

 菜摘は陸上部で短距離走者だ。

 小さい頃から幼馴染の俺なんかより運動神経が良くて色んなスポーツをやっていて、どの競技でも人並み以上の能力を発揮していた。

 だから高校入学当時は色んな運動部にスカウトされてたっけ。


「陽ちゃんのお友達? あまり見ない顔だけど」

「あ、ああ。 今日転校して来たんだよ」

「へー、そうなんだ。 私、松江菜摘って言います。 レナちゃんのクラスの隣のクラスにいます。 よろしくね」

「私は藍原レナって言います。 まだ転校して来て間もないので色々分からないことがあるけど仲良くしてくれたら嬉しいな」


 レナはとびきりの笑顔で菜摘に自己紹介をした。

 なるほど、レナは菜摘の前でも猫をかぶるということか。

 まあ、初対面の相手だからそりゃあそうか。

 ……俺も初対面だったのになんだこの対応の差は……


「うんうん! 仲良くするする! レナちゃんすっごく可愛い〜。 お人形さんみたい。 いいなぁ〜、私もこんなに可愛いく生まれたかったなぁ〜」

「え〜、そんなことないよぉ〜。 菜摘ちゃんの方が可愛いよ〜」


 と、まあそんな会話を5分くらい続けて菜摘は部活へと向かっていった。

 まったく、女子同士の「可愛い」はどうしてこんなにも嘘っぽいのだろうか。

 はあーっとレナは深くため息をつく。


「あ〜、もうレナ疲れた。 猫かぶるの疲れた」

「そんなに猫かぶる必要あるのかよ」

「うるさい」


 レナはそう言うと俺を置いてスタスタと歩き出した。


「おい、待てって」


 俺はすぐさまレナに置いてかれないように後をついていった。


 ✳︎


「じゃあ俺家ここだからまた明日な」


 俺はそう言って我が家の門を開け帰宅しようとした。

 するとレナは俺の左足を思い切り踏みつけた。


「ちょっと待ちなさい! 家まで送るって約束でしょ!」

「痛ってえなちくしょう! ここからならお前の家まで近いだろ! 一人でも十分帰れるだろうが!」


 そう、俺とレナの家までの距離は徒歩五分ほどの距離だったのだ。

 小さい頃から一体この豪邸にどんなやつが住んでいるのだろうと思っていた。

 まあ、想像通りの金持ちワガママ娘だったわけだが。


「ふーん、そんな口聞いていいんだ〜? クラスの皆にあることないこと言ってもいいのかしら?」

「……わかったよ! 送ればいいんだろ送れば!」


 まったくなんでこいつはこんなに俺に家まで送ってほしいんだよ。


「言っとくけど、私あんたと一緒にいたくて送ってほしいわけじゃないんだから」

「……そーだろうよ」


 なんなんだこいつ。 俺の心を読んだように。


「あんたはただの私のストレスのはけ口なんだから。 私に従ってればいいのよ」


 外道とはまさにこいつのことではないだろうか。

 俺が何したって言うんだよ!

 耐えるんだ陽太。 耐えた先にある希望の光のために……


「陽兄〜、ただいま〜」


 振り返るとそこには我が妹である智咲と茜が立っていた。


「お、おう、おかえり智咲、茜」

「あれ、陽兄その人だれー?」


 さっきまで笑顔だった茜の顔がレナの顔を見た途端に不機嫌な顔になる。

 

「あ、ああこいつはただのクラスメイトでさ、今日転校してきてさ……」


 と、俺が恐る恐る茜に弁明していると、


「かんわうぃいいいい! え、なに!? この子達あんたの妹なわけ? 超天使じゃない! ねえ、あなたたち〜、お姉ちゃんと遊ばな〜い?」


 うへへとレナはいつか俺に見せた顔をして我が愛しの妹たちに近づいた。

 レナほどの美少女じゃなきゃ即通報されてるレベルの気持ち悪さだぞ。


 そんなレナの気持ち悪さに智咲は恐怖を感じたのかすぐさま我が家へと逃げていった。

 そんな智咲とは対照的に茜はさっきからずっとレナのことを睨み続けている。


「そ、そんなに見つめられるとお姉ちゃん照れちゃうな〜! あ、私レナって言うんだ〜。 レナお姉ちゃんって呼んでね!」


 と、レナが一方的に話しかけても茜は睨み続けた。

 これはまずい。 菜摘に対しての態度と同じだ。

 完全に茜はレナのことを敵として見ている。


「あ、茜……ちょ、ちょっと兄さんはこいつを家まで送らなければならない理由があってな……」

「……ふーん。後でいっぱいお話しようね陽兄」


 茜はそう言って笑った。

 いや……目が笑っていない……

 これはマジで怒ってる時の茜だ……

 俺が何をしたっていうんだ……


 ✳︎


「……てないかしら」

「え、なんだって? って痛ってえ! 何すんだよ! 俺の足はお前のサンドバッグじゃねえ!」

「うるさい、耳が遠いあんたが悪いのよ!」

「……そうかよ! で、なんだって?」

「……嫌われてないかしら。 あんたの妹ちゃんたちに」

「はあ?」


 レナを見ると珍しく悲しげに俯いている。


「うーん、まあ俺の妹だからそんな簡単に人のことを嫌いになったりしねえよ」


 まあ、茜はレナのことが嫌いというか俺の周りにいる女の子が嫌いな気がするし、智咲に至っては気難しいだけど話せばこいつとも仲良くなれそうだし。


「ふーん、そう」


 レナはそう言ってそっぽを向いた。

 しばらくしてから顔をこちらに向け、


「よかったぁあ〜」


 と、満面の笑みを見せた。


「レナ、可愛い子とか可愛いものを見るとあーなっちゃうのよ」

「なるほどな。 ってなんだよ! また足踏みやがって! サンドバッグじゃねえって言ってるだろ!」

「このこと誰にも言っちゃダメだからね」


 レナは何故か恥ずかしそうな顔をしてそんなことを言った。

 不覚にもこのワガママ娘を少しだけ可愛いと思ってしまった

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