第20話

僕は一瞬また白く世界がスパークしたと思うとその次の一瞬で晴臣さんの目前に引き戻された。晴臣さんがまた僕の耳を強く噛んだのだ。

痛みではっとすると、晴臣さんが僕の頬をぬぐった。

少し視界が鮮明になった。それでも次から次に涙が溢れてきて次第にさっきと変わらぬ状態になってしまった。

それでも晴臣さんは何度かそれをくり返し、それでも僕の涙が止まらないので仕舞いには瞼を口に含んで涙を飲んでしまった。


ああ僕は、もうすっかりわかってしまったのか。

それともその逆で、すっかり盲目になってしまったのだろうか。いままで逃げていたそのわけも、その反対に逃げることが出来なかったわけも。


僕は晴臣さんが怖かった。

ずっと恐怖でしかなかった。

世間一般の恋情の甘い苦しみを僕は一度だって晴臣さんに対して抱いた事はない。

ところが、僕は今気付いてしまった。ずっといままで懸命に認めるのを拒んでいたのに、今それに負けた。


晴臣さんの生命の揺らぎが欲しい。


碧灰色の美しい瞳に宿る灼熱のマグマが僕のものになるならば、僕は死んでしまったって構わない。

それを認めることもなく、たった今まで僕は逃げ走ってきてしまったのか。いつか捕まる時を知りながらそれでも逃げることにこそ自分を常人として保つ道があると本当に信じてここまで来てしまったのか。

ところが僕は知っていた。快楽もそれに伴う痛みも、そしてもちろん愛情ですら、たった一瞬激しく瞳に燃え消える、あの業火には敵わない。

晴臣さんが僕を生かしている限り、僕は普通でなんかいられない。


「…ああ、壊してぇ…全部、俺のものになればいいのに」

僕の首はすでに、晴臣さんの肩に力なくぶら下がり、とうとう涙も乾いてしまった目を半分開けたまま、おおよそ意識を失いかけていた。

ただ、晴臣さんの言葉だけ、どうしてか鮮明に耳に入ってくる。いらいらと体を揺らして、堪えきれない苛立ちを玄関の靴だなを蹴り上げることで少しだけ発散させようとしている晴臣さんの言葉はその苛立ちとは裏腹に、そうなれない現実への切なさを孕んでいた。

額にふと冷たい風が吹いたと思うと、僕の前髪は晴臣さんの拳の中に握られてすこし後ろ気味に引っ張り込まれていた。顔を上げているだろうその状況を僕はもう頭ではおおよそ理解できない。

晴臣さんが僕に口をつけた。いつの間にか晴臣さんの口元も頬も血でべとべとだった。晴臣さんは僕に顔を確かめさせるように両手で僕の頬を掴んで、意識を保たせようとしている。それから軽く唇をあわせて、またごく軽く何度か唇を寄せた。できる事ならば、このまま起きていたかった。


それかそのまま眠って二度と起きたくはなかった。







僕はその後病院に逆戻りし、また二日後に目覚める事になる。


                       



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