破壊の恋情

黒須カナエ

第1話

雨が強く窓を叩いていた。

遠く音の無い稲光が轟いていた。


暗闇の中で怠惰の空気を切り裂くのは

僕の腹の中に凶器みたいなものを押し込んだ男の冷たい息で、

そしてただただその拍動だけだ。


指先も足先もすっかり冷え切っていた。まるで人形のようになっているのを自分で客観視しているのは、もう随分前に体の疲労が頂を越えたからだった。

そんな僕の体が気に喰わないのか、忌々しく僕の腕を押さえつけながら、痛いと言うのを待つようにして、感情さえ捨てきったような冷たい体温が凍るように触れている。


僕がこの部屋にのこのこと訪れたのは何故だったか。

腹に鉛をつめこまれたような心地がして、僕はようやく顔を正面に放った。右頬にぽたり水滴が降りてきた。それからおでこにぽたり、右瞼にぽたり。唇にぽたり。塩気のあるそれが、自分を押さえつけている男の銀色の前髪から降りてくるのを僕はじっと味わうように眺めた。髪の狭間に碧灰色の宝石のような瞳がきらきらしている。

僕はそれがたまらなく欲しかったのだ。

その瞳の持ち主は、新人隊員である僕達の教育を担当している上級隊員、

葛木晴臣少佐、その人だった。


痛い痛いと声に出すと晴臣さんは決まって恐ろしい形相になり僕の髪を掴んだ。

そして頬を殴り、腹を蹴った。内臓がふつふつと音をたてて煮え立つのを感じながら、僕はそれを痛いと思わないようにして耐えていた。

もはや痛いを通り越して気分が悪い。吐き気の感じるその体を、晴臣さんはいたわるどころか更に気に障った様子で痛めつける。僕はそれが怖くて動くことが出来ないが、晴臣さんは腹が立つのが勝ってそれを逃がすことが出来ない。

どれほどあやまって逃げようとした事があったか知れないが、謝って許されたことなど一度たりとてなかった。

欲望の行為の後は心の状態が劣悪になるらしく、僕は裸のまま何度となく部屋の外にそのまま放り投げられたり、そうでないなら顔が倍になるほど殴られたりした。いくら気にならないようすごしても、そうしている僕自体が腹立たしいらしく、晴臣さんの行動を抑えられる要因が僕にはつかむことが出来なかった。

なにしろまともな話すら僕らの間には成立したことがなく、第一、部下を欲求不満解消の道具として使うのは、よもやKBP戦闘連隊上級上司の特権だったので、そうした態度も嫌がおうにも納得しなければならない、部下間に通ずる暗黙の了解のようなものでもあった。

そしておそらく偉くなればそういっためちゃくちゃな特権もさして不条理に感じなくなるのだった。


汗をたらすほど行為に熱中した後で、冷静になった頭と目で男の体を見るのが晴臣さんの自尊心をいくらか削り取るのだろうか。その気持ちを僕は分かっているつもりだった。

それでも僕は事実晴臣さんの身近にいたし、そうした直下舎弟のような僕を体の熱を冷ます道具にしたのもあるところでは不可抗力だったのかもしれない。


様々を感慨している間もなく突然がつりと投げられ、畳の味がして、僕は頭を畳から慌てて引き上げた。それをずんと上からの圧力でもとに戻され、また畳を食うことになった。

唇にじりじり血液があつまり、畳の味に混じって鉄の香がつんと鼻を掴んだ。

痛い、だけじゃない。怖い、逃げたい、開放されたい。

じわりじわり、血が唇から、咥内から漏れ出している。体から血液が抜けきってしまう。涙も精液も鼻水も小水も何もかも。液体という液体は体から瞬時に抜け出してしまう。


僕はそんな感覚を何度も体の中で反駁しながら、そしてこんな最悪な状態の中であっても特別な言葉すら浮かばず、何も考える事が出来ない自分自身を、何度も何度も軽蔑した。

一体どうしたらこの苦痛から逃れることが出来るのだろう。

晴臣さんが、乱暴行為でしか自分を人間として認知してはくれないのをわかってはいても、何度となくくり返し思った。

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