第十一話 学食にて
「――腕部・膝部・爪先にクローを、足刀部にはブレードを装備しま……する、ね?」
「ほうほう」
「その方が、西郷くんの空手の経験を活かせると思う、から」
「たしかに、剣よりも合いそうだ」
「次は射撃兵装、サブマシンガンとそのオプションにグレネードランチャーでどう……かな?」
「スロット圧迫を抑えつつも、使い勝手のいい武器だね、いい選択だ」
「おおまかな武装は以上、だよ。次に各
どこかぎこちない口調で機体の説明をする遥音と、普段通り接する西郷。
彼らは学校の食堂で新型トラバース構築の打ち合わせをしていた。
四限の授業が終わるなり西郷が遥音を昼食に誘ったのだ。
遥音は教室では寡黙で、西郷の提案に応じる時も二回小さく頷くだけだった。
なおその際、教室後方から
「薩長同盟破綻」
「戊辰戦争勃発」
「島流しの準備だ、早くしろ」
――などと友人らの物騒な声が聞こえた気がするが、西郷は気にしていなかった。
互いに食事もほどほどに会議を進める。
だがしかし、遥音はいつも以上に会話に苦労していた。
本来彼女はロボットやインターステラの話題になると比較的饒舌になる性質なのだが、今回は珍しく言葉の詰まりや言い直しが見受けられた。
「慣れない? タメ口」
「そうですね……あ」
「ちょっとずつでいいよ、敬語が癖になっちゃってるんだね」
西郷が彼女にタメ口をうながしたのだが、慣れるまでに多少の時間はかかりそうだった。
「なら関係ないこと喋ろうか。練習も兼ねてさ」
「は――」
はい、と言いかけたとこで口をつぐみ、頷く遥音。
律儀な級友が西郷には微笑ましい。
「『はい』くらいはいいと思うよ」
「あ、はい」
「よし、そうだな……じゃあ」
西郷は自分の目元をトントン、と叩く。
「眼鏡。水紀さんは視力補正かけない派なの?」
この機能は着用者の視力をAR技術で補うという代物で、現代では眼鏡やコンタクトレンズよりもメジャーだ。
ただし人によって相性があるため、昔ながらの眼鏡を愛用する層も一定数存在する。
両手でそっと眼鏡のズレを直しながら、遥音は答える。
「実はこれ、伊達眼鏡で」
「じゃあファッションなんだ」
「いえ、そういうわけでもなく……」
指で自分の眼鏡の縁をいじりながら、彼女は打ち明ける。
「これがあると安心する、というか……人と直接目を合わせるのが苦手で」
「ああ、なるほどね」
西郷の知り合いにも人付き合いの苦手な人間は何人もいて、彼らはそれぞれ不得手を補う努力や対策を施していた。
せめて侮られないよう、身だしなみだけは完璧にしている人。
喋りだすタイミングが掴めない分聞き手に徹して、聞き上手を目指す人。
筋肉で語るといわんばかりに、黙々と筋トレに励む人。
遥音の場合、眼鏡が彼女なりの処世術なのだろう。
「いいと思う、似合ってるしね」
「あ、ありがとう」
「眼鏡も今時レアだよね、昔はもっといたみたいだけど」
「私のお父さんはかけてる、かな、今でも」
「お父さんのは度入り?」
「『視力補正が苦手だ』って。あと昔から眼鏡だったから」
「そっかそっか、親世代はそういう人もいるか」
「今思うと、お父さんの影響受けてるの、かな。ロボもそうだったし」
「水紀さんのロボ愛は父親譲りか、どうりで」
ロボット好きの女性というのはこの時代でも珍しい。
現代でもロボットコンテンツは男性が好む傾向にあり、インターステラの日本ユーザーの実に八割を男性が占めていることからもそれが窺える。
「幼いころから一緒に昔のアニメとかを見てたら、いつのまにか」
「筋金入りのロボ娘になっていたわけか、なるほど……あっ、ロボといえば」
なにやら指を空中で振り出す西郷。
どうやらADDを操作しているようだ。
橙色のドリンクを飲む遥音が手を止め、上目がちに西郷をうかがう。
学食の定食を頼んだ西郷に対して、彼女は完全食ドリンクを弁当代わりに持参していきていた。これはそれ一本で一食分の栄養が摂取できるという商品で、「飲みやすくて食事が楽」という理由で彼女は気に入っている。
やがて目当てのサイトにアクセスしたらしい西郷が「共有化」の申請を遥音に送る。
[通知]
共有化の申請が届いています。
許可しますか?
承諾/拒否
素直に彼女は承諾ボタンをタップする。
すると視界にインターステラの公式サイトが表示される。
西郷のブラウザー画面が共有されているのだ。
「アバコンさ、応募してみたら?」
アバコンとはアバターデザインコンテストの略である。
インターステラは定期的にこの種のコンテストを企画しており、今回で第三回目となる。
概要としては、ユーザーが完全新規でデザインしたアバター原案の中から優秀作品を選出し、作成者に様々な商品を贈与するというものになる。
アバコンには二部門存在し、それぞれトラバース・ウェア部門とキャラアバター部門に分かれている。
最優秀作品に選ばれた場合、そのデザインを元にしたアバターが実際にゲームに実装される。トラバース部門ならそのロボットがストーリーに登場し、キャラ部門ならその衣装と髪型がイベント配布される。
「水紀さんメカデザインできるし、いいと思うんだ」
「でも、私なんかが応募しても……」
「俺好きだけどな、水紀さんのデザイン」
昔、西郷は彼女のデザインしたロボットを見せてもらったことがある。
その頃から彼はハルという人物に才能のようなものを感じていた。
「もっと自信もっていいよ。気乗りしないんなら別だけどね」
「……はい、今は大会に集中したいし、今回は見送ろうかなって……」
「そっか、次もあるしね」
「あの」
「うん?」
「アバコンとは全然関係ないんだけど……」
「うんうん」
「西郷くん、おしゃれに詳しい友達とか、いるかな? 女の子の」
躊躇いがちに遥音は尋ねる。
「あー、どうだったかなぁ……いるといえばいるな」
「その、ちょっと勉強したいなと思って……最近、興味が」
照れたようにうつむきがちに遥音がこぼす。
その声は語尾に近づくほど小さくなっていた。
「オーケー、紹介すればいいんだね?」
西郷はADDを操作して目ぼしい人物に連絡をとる。
「うん、できれば」
「任せて。あと、今の自然だったよ」
「え……あ」
「できてきたね、タメ口」
「……うん」
ほんのり照れや恥じらいを残しつつも、ささやかな達成感を胸に遥音がほほ笑む。
西郷の方は無事快諾の返事を得られたらしく、「よし」とつぶやく。
「今日の放課後空いてる?」
「う、うん大丈夫」
「じゃあそのまま一緒に行こう」
「あの、一つだけ。その人って、西郷くんの……」
「ん、妹」
「妹さん……」
思わずほっとしてしまう遥音。
「まぁ義妹なんだけどね、血繋がってないし」
「あ、え」
「そもそも人種違うし」
「はぁ」
「ああ安心して、性格生意気だけど外面はいいから緊張しなくていいよ」
そういう心配じゃなくて……、というつぶやきは心の内にしまいながら、遥音はおとなしく頷いた。
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