第九話 夕焼けの告白
展示された作品を一通り堪能した二人は店をでる。
時刻は十八時過ぎ。
六月の夕焼けは空にかすみ、世界を淡い朱色で彩る。
梅雨独特の湿った空気は徐々に冷え、夜の訪れを予感させる。
時を経ても変わらない日本風情の中、二人は歩む。
湿気と微風、夕日とアスファルトの世界に、遥音が言葉を紡ぐ。
「あの、西郷くん」
彼女の臆病だけど落ち着いた声音は、この季節によくなじむ。
「うん」
「ランカー、目指してたんですよね?」
「まぁ……昔はね」
西郷は空を仰ぐ。
そこには夕日に照らされた雲の群れ。
決して届かない空の景色。
西郷にとって、インターステラは革命だった。
ARDに横たわると、そこには別の世界が広がっていた。
都市があって、大陸がある。
惑星があって、宇宙がある。
それらを巻き込んだ壮大な物語がある。
現実世界のどこにもない景色が、そこら中にあった。
少年は夢中で冒険に挑み続ける。
今度はどんな景色が広がっているのか。
あの山を越えたら、次の大陸に渡ったら、新たな惑星に辿り着いたら――――。
インターステラは少年の好奇心と冒険心を刺激し、魅了してやまなかった。
ただのゲームでしかない。
けれどその世界が与えた感動は、少年にとってどこまでも本物だった。
やがて幼い彼は、ささやかな夢を抱いた。
――このゲームで一番になりたい。
――このゲームを誰よりも楽しみたい。
――このゲームで、誰も見たことのない景色を見たい!
「今でも、その気持ちは残ってますか?」
遥音が足を止めて彼に問う。
子供みたく、両手いっぱいにプラモデルが入った紙袋を抱えながら。
「ないことは、ないけど……俺には無理だよ」
すべては過去だ。
西郷の挑戦はすでに終わった。
彼自ら終わらせたのだ、挫折と諦めによって。
「それが?」
「……西郷くんは、私を支えてくれました。私なんかの話を聞いてくれて、遊んでくれて……一緒に笑ってくれました」
「だから水紀さん、俺そんな――」
西郷はそこで口をつぐむ。
遥音の瞳が湖面のようにたゆたい、きらめく。
少女の眼には、あふれんばかりの涙がたまっていた。
遥音はそれがこぼれないように、自分の心が決壊してしまわないように、健気に堪えている。
震えながら、遥音は彼に訴える。
「だから、今度は私に、西郷くんを手伝わせて下さい……!」
彼女の右目から、涙が流れる。
「ゲームは下手だけど、機体の設計には自信あります……!」
まばたきの度、大粒の涙をこぼす。
「たかがゲームかもしれません、でも――それがあなたにとって特別なら!」
遥音の瞳が向けられる。夕日を宿した、綺麗な瞳が。
「誰かの夢じゃない――西郷くんの夢を叶えてくださいっ」
心の湖が、想いを叫ぶ。
西郷はただ立ち尽くす。
彼女の言葉に、想いに、心が揺れる。
――自分一人じゃ駄目だった。
――でも、隣に「誰か」がいてくれたなら。
遥音が涙をぬぐう。
涙はまだ収まらないけれど、それでも彼女は前を見据える。
決意を秘めた、毅然とした面持ちで。
「――あなたと一緒に、戦わせてください」
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