第八話 ガレージ&ボックス
ノスタルジーな映画体験を満喫した二人は映画館を後にした。
「今度は俺が面白いとこ紹介するよ」
そう言った西郷が遥音を連れて訪ねたのは、知る人ぞ知る個人経営の模型店だった。
土地の価値が下がったことで逆に個人で店を構える層が現れ、こういった「趣味の店」が点々と見受けられるようになっていた。
この模型店『ガレージ&ボックス』もその一つだ。
「以前ロボオタのフレンドに教えられてさ、水紀さんなら気に入るかなって」
手動のドアを開けると、ドア上部に取り付けられたベルが小気味よく鳴る。
店内にはショーケースに収められた構築済みのプラモデルや模型、ジオラマなどがうかがえる。
中に踏み込むと同時に、二人のADDに通知が入る。
[通知]
ユニークポップアップの表示を許可しますか?
承諾/拒否
「これは承諾で……?」
「うん、大丈夫だったと思うよ」
視界に浮かんだ「承諾」の選択肢をタップする。
その途端、ショーケース内の模型やジオラマが様変わりする。
ケースの中に都市が、基地が、宇宙が生まれる。
閃光放つビームサーベル、ほとばしるブースター、背景の廃墟から立ち昇る黒煙に、破損部位にスパーク散らす中破機体――。
店内の模型にタグ付けされたAR用エフェクトが適用され、ショーケースの中に物語の一幕が再現されているのだ。
ロボット模型とAR技術を融合させた新世代のジオラマこそ、ガレージ&ボックスの売りであった。
「こ、これはすごいですね……!」
そう言うなり、遥音は各模型やジオラマに詰め寄り、食い入るように見つめる。
西郷が隣に立って作品を眺めていると、遥音が普段と打って変わり饒舌に語りだした。
「見てください、クリアパーツから覗くこの内部フレームっ、きっと自作ですよ設定資料をそのまま再現してるんです!」
「おお」
「こっちの大破機体なんて、焦げつきや黒ずみを再現するために、おそらくバーナーであぶってますよ! あっちのにいたっては金属を酸化させてます!」
「わお」
「水中戦を再現するために水槽に沈めた作品までありますよ! ARエフェクトで妥協しないところが美しい!」
「うんうん」
「やっぱり模型って特別なんですよね。トランスじゃない、物質として手に取れる点が特に素敵です!」
「確かにね」
――などなど。
ロボットオタクの遥音が胸の内からあふれる情熱と感動を片っ端から言葉にし、それに一般人の西郷が相槌を打つという、非常に分かりやすい構図であった。
「どうしよう、こんなに幸せでいいのかな……」
そんな台詞を遥音がうっとりとこぼす。
「水紀さんって模型とか作るの?」
彼の言葉に遥音は小さく首を振る。
「いえ、恥ずかしながらないんです、興味はずっとあったんですが……」
「じゃあなんか買ってけば?」
ショーケースが置かれている反対側を指さす西郷。
そこには市販のプラモデルなどが積まれている。
だが意外にも水紀の反応は鈍い。
「でも、踏ん切りがつかなくて……」
「なんで?」
「その、プラモデルって美しくするのに技術がいるんです」
「あ、そうなの? 組み立てればさっきのみたいになるんじゃないの?」
「素組みでも見栄えする商品もありますよ。けど素人の私だと、プラモの魅力を引き出せないので……それが申し訳ないというか」
遥音はロボットと模型への愛や敬意が高まるあまり、それらに対しておざなりに取り組むことができないのだろう。
一流の作品を見ればなおさら、そういう気持ちを抱いてもおかしくない。
好きだからこそ、未熟な自分は相応しくない。
遥音はそう思い込んでいるのだ。
そんな彼女を、西郷は「真面目な子なんだなぁ」と受け取る。
「うーん、じゃあさ俺に教えるために組んでみてよ。俺も買うからさ」
「えっと……」
「俺は完全初見のド素人だからさ、誰かに助けてほしいんだよね」
「私に教えられることなんて……」
「あるって、大丈夫。さっき熱心に語ってたじゃん」
遥音はいくらか逡巡したのち、ささやかに「……はい」とつぶやく。
「やって、みます……」
「それでいいんだよ、好きなことなんだし」
「アットさん……というか、西郷くんって」
「うん」
「私が迷ってる時、よく背中を押してくれますよね」
「そうかな?」
「そうです、だから……」
遥音は自身の胸に手を当てる。
不器用に、祈るように手を組みながら、なんとか言葉を紡ぐ。
「あり、がとう」
緊張のせいか、遥音の眼がうるむ。
そのうち泣き出してしまうんじゃないかと、西郷は内心焦りながらも応える。
「あーっと、どういたしまして?」
彼女の感謝の気持ちが西郷には面映ゆい。
こうも正面から心情を晒されることに慣れていない彼は、どうにか言葉を継ぐ。
「でもさ、俺はしたいことしてるだけだよ……なんていうか、水紀さんみたいな人応援したくてさ」
――好きなものに一生懸命な人。
――なにか一つ、譲れないものがある人。
――自分のために前を向ける人。
「俺は、そのどれでもないからさ。だからせめて力になれたらなって」
西郷の言う通り、彼は今まで少なからぬ人々に力添えしてきた。
たとえばインターステラでは、ゲームを始めたばかりの初心者にあらゆるノウハウを伝授してきた。
他にも、ゲームのメインシナリオにあたる「開拓クエスト」を行う最前線の民種、開拓民を目指す者のために根気強くレアパーツ集めを手伝ったりもした。
西郷の助力の甲斐があったのか、今では彼を追い越して大会やイベントで好成績を上げている者もいる。
自分以上の才能や知恵、そして情熱をもって成功を収めていく――そんな彼らの背中を、西郷は見送ってきた。
「けど……俺がやれてることって些細なもんだよ」
「それでも私は、嬉しかったです……あなたが傍にいてくれて」
遥音はそう言葉を結んだ。
「……なら、よかったのかな」
自分の未練に端を発した行為が誰かの糧になっていたのなら、これ以上はない。
西郷は微笑する。
どこか諦観を含んだ灰色の笑みを、彼は浮かべる。
「――よし、じゃプラモはなにがいいかな。オススメある?」
その後、二人でプラモデルといくつかの道具や塗料などを購入する。
対応した店長らしき中年男性はテロリスト的風貌の寡黙な人物で、終始「うむ」の一言しか喋らなかった。
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