化粧
黄金。黄金。これも黄金。身体中がその色で埋め尽くされている。髪飾りも耳飾りも首飾りも。飾りと名の付くものは全て金色。その色に埋め尽くされた自分を見ているだけで、目がチカチカしてくる。
「ネチェル、これ……ものすごく重い」
頭に乗せられた被り物が重くて、化粧をしてくれている彼女に訴えた。
「そう仰せになられましても……これは王家の伝統的な冠に御座いますから……我慢です!姫様!!我慢しか御座いません!!」
彼女の返答に溜息が漏れてしまう。王冠のような黄金に煌めくそれは私に重くのしかかって、このままでは首が曲がりそうなくらいだった。
今日はナイルが満ちる日ということで、アンケセナーメンのあのミイラをナイルに流す儀式が行われる。そのせいか朝から女官が行ったり来たりして、忙しそうだった。私の着替えにも3人がかり。着替えだけで何時間かかったか分かったものではない。もう既にへとへと状態で、これから何時間も立ち続ける儀式が耐えられるか心配になってくる。
「姫様、あと少しですわ!最後の仕上げ、香油をお塗り致します」
「香油?」
ミイラに塗るのは知っていたけれど、人にも塗るようだ。そもそも香油がどういうものなのか、いまいちよく分かっていない。
「こちらに御座います」
他の女官がアラバスター製の白く細長い壺を取り出した。女神が彫られている壺は溜息が出るほどに綺麗だ。この時代のものは、何でもかんでもが美しい細工がなされている。
「植物などを混ぜて作られる香料です。乾燥から肌を守る役目を担い、この上品な香りは神への捧げものとして重宝されます」
お洒落だけではなく、乾燥止めという効果もあるらしい。古代の人々は化粧だけではなく、肌の美容などにも多大なる関心を抱いているようだった。
「御遺体に塗ることも御座いますが、香で神々を喜ばせるため、王族の皆さまは儀式の際にお塗りになられます」
漂ってくる甘い匂いに咽返りそうになる。
「……原料は何?」
「今回のものはユリが原料になります」
そう言って私を囲んでいた3人が一斉に、私の腕やら足やら露出している部分に塗りたくる。油っぽくて、あまりいい気はしない。出来るのなら塗りたくはないけれど、決まりだというのだから仕方なく塗られていくのを眺めていた。
「準備はできたか」
扉の開く音と一緒に声が響くと、自信に満ち溢れた大きな足音が続く。もう振り向かなくても誰だか分かるようになってしまった。
「ええ、ファラオ。もう神殿の方へ向かわれても差し支えないかと。……さ、姫様」
立つよう促され、重い頭を動かしながら椅子から腰を浮かせて背後にいた人を振り返った。
今日の彼もいつもとは違う。黄金の額当てではなく、髪を全部覆い隠した頭巾を被っていた。あのツタンカーメンの黄金のマスクやスフィンクスが頭につけている、額の所にコブラのと鷹の飾りがなされた青と黄色のボーダー頭巾。古代エジプトファラオの権威の象徴するもの。この頭巾の名前がネメスだと最近になって初めて知った。
ネメスだけを認めたら、そのまま冠の重みで頭が下がって、視線が否応なく足下に落ちて行った。重すぎる。
「……あなたも香油つけてるのね」
目の前の褐色の胸元がこれでもかと光って、私とはまた違う香りを醸し出している。
「これ、あまり好きじゃないわ」
私の香油と彼の香油の匂いが混じって変な臭いになる。嫌という訳ではないが、いい匂いとは言えない。
「ねえ、アンク、聞いてる?」
返事が無くて、彼の顔を見ようと上がらない頭を頑張って持ち上げる。いつもなら偉そうに言い返してくるのに。
冠を抑えながら頭を上げて、やっとのことで見えたその顔に眉を顰めた。
ぽかんとした顔。信じられない、というように淡褐色を大きく見開いて、その中に私を映していた。
「……本当に、お前か?」
「はい?」
何をそんなに驚いているのか分からず聞き返した。
「鏡、見たか?」
「鏡?」
彼が横に手を出すと、透かさず後ろに跪いていたセテムが手鏡らしきものを差し出した。相変わらず素晴らしい反射神経だと感心してしまう。
「見てみろ」
首を傾げながらも、差し出された鏡を受け取り、自分の顔を映す。一体何を言い出すのかと思いながら、映った顔に言葉を失った。頭の重みなんて、どこかへ吹っ飛んでしまう。
「こ、これ……」
思わず自分の頬に手を回す。鏡の中の自分も同じく頬を触っているから間違いない。これは私。
「やだ、別人。私じゃないみたい」
「別人だな。化粧とは何と恐ろしいものか。女はやはり得体が知れぬ」
私の素っ頓狂な声に、彼も悩むように言葉を返してきた。
「姫様が甦って以来初の儀式で御座いますので、精一杯頑張らせていただきました!!」
ネチェルと他の2人の女官が笑顔を浮かべ、おほほと声を弾ませた。
鏡が映し出す私の顔は、いつもの平凡な顔ではなくて。自分で言うのも恥ずかしいけれど、別人かと疑ってしまうほど綺麗に見える。
星のような光沢が散りばめられた鮮やかな緑のアイラインとアイシャドウ。そのせいか目が大きく引き立って見える。目元のお化粧でこれだけ変わるなんて。案外化粧映えする顔だったのかしら。
「いつも冷静なセテムまで驚いているぞ」
彼のからかう言葉にセテムを見やると、ぽかんと口を開けてこちらを見ていた。それでも目が合った途端に、コホンと咳払いをしてすぐに俯いてしまう。
「すごく良い」
満足だと彼は頷いて笑った。
その笑みを見たら、頬に熱が走ったのを感じて慌てて鏡に視線を戻す。父や良樹以外に容姿を褒められたのなんて初めてで恥ずかしい。良いと言われただけなのに、すぐに照れてどう返せばいいか狼狽える私は本当に
その時ふと、自分の目頭に塗られた緑に疑問がよぎった。
「この緑の染料って、一体何から出来ているの?」
古代なのだから、現代とは成分は違うはずだ。こんなにはっきり緑を出せて、ラメのような物まで混じっているものの原料が知りたくなった。
「それはスカラベの羽に御座います、姫様」
「すからべ?」
ネチェルの答えに首を傾げた私に、彼が自分の腕輪を見せつけてきた。
「これがスカラベだ。太陽を運ぶ者の意味を持っている」
彼の腕に乗った丸いものを見た途端、さっと血の気が引く。見せつけられているのはどこからどう見ても、虫を象った装飾品。緑がかった青い6本の足を持つ昆虫。愕然と、目の前に浮かぶそれを見つめた。
「糞を太陽のように丸くして運ぶ姿から、再生と復活の象徴とされている。その羽根は光沢を持っていて美しいからな、むしり取って水と一緒にすり潰すのだ。それが染料になる。私のもそうだぞ」
彼は自慢げに自分の目元を指差す。彼にも私と同じ緑のアイシャドウとアイラインが綺麗に引かれているけれど。糞を転がす虫って。それって。
「フンコロガシじゃないの!!!」
フンコロガシの羽をむしり取って、お化粧に使うなんて。
「ふ、ふんころ……?何だそれは」
呼び名が違うから彼が疑問に思うのは仕方ないが、説明するという選択肢は私の中で綺麗さっぱり消え失せる。
「や……」
虫。虫。虫。私の瞼の上にいるのは、虫。私がこの世で一番嫌いな。
虫をすり潰したものを瞼の上に塗られていると思うと、ますます自分の顔が青ざめていくのが手に取るように分かった。
「や、やだあああっ!!!!」
彼の腕を引っ付かんで、騒ぐ。
「な、何だ、いきなり」
彼は驚いたように後ずさった。逃すまいと私は必死に掴んで揺さぶる。
「虫なんて嫌!早く取って!!取ってっ!!!」
「は……!?」
「取ってっ!!」
ほとんど半べそ状態で、助けてと言わんばかりに彼の腕を揺さぶった。
もう無理。無理無理無理。虫を顔に塗るなんて、絶対無理。
「……何か拭き取れる物を」
呆れたようにため息をつき、彼は慌てているネチェルから布を受け取った。
「何故それほどまでに嫌がる。スカラベは神だ。我々がそれを塗ることは神への一歩になるのだぞ」
「だって虫よ!?虫!虫を顔に塗るなんて……!!!」
褐色の手にがっしりと顎を掴まれると同時に、白さが私の目の前に迫ってきた。
「拭ってやる」
声を上げる前に、水を含んだそれがゴシゴシと私の目元を行き来する。力が、半端なく強い。
「ちょ、痛い!」
「何が『ちょ』だ。ファラオである私が直々にふき取ってやっているのだ、文句を言うな」
手で抗おうとしても容易く払われてしまう。
「実に変な女だ」
痛い。もう少し優しく、という言葉を知らないのかしら。瞼まで拭き取られてしまいそう。
「お気に召さなかったのでございましょうか……以前はよくお使いになれていらっしゃいましたのに…」
ネチェルの心配そうな声を、目元の痛みに耐えながら聞く。
「いや、おそらく死後の世界に行く途中に虫に恐ろしい事でもされたのであろう。それで虫を使ったものを塗るのが嫌になったのだ」
変な解釈だと思う。それでも彼の説明に、セテムやネチェルのなるほど、という声が聞こえた。この時代には一番納得いく解説なのだろう。
フンコロガシは太陽を運ぶ者、スカラベ。言われてみれば、フンコロガシが転がしている糞は丸くて、大きくて、太陽に見えなくもない。
「ほら、取れたぞ」
目元のフンコロガシの羽で出来た染料が拭い取られて、やっと彼の手が離れた。
「……あ、ありがとう」
瞼がとてつもなく痛いが、ここで「痛かった」なんて言ったら絶対に怒るだろうから感謝だけにしておいた。
「ネチェル、孔雀石のものもあったはずだな」
「ええ、御座います」
「それを塗ってやれ。儀式に目の縁取りなしで参列するなど、もっての外だからな」
畏まりましたと答えたネチェルは別の入れ物を取り出した。そこから顔を出すのは、さっきのスカラベと同じ緑の顔料。
「こっちは孔雀石という緑の石をすり潰し、水と混ぜ、糊状にしたものだ。お前の嫌いな虫ではないからいいだろう」
「む、虫じゃないなら」
アイシャドウを塗り直してもらい、やっとのことで私の準備が整った。
「まったく、我儘な女だ」
神殿に向かう最中、彼がぼやいた。柱に囲まれる廊下の両端には多くの人たちが深々と頭を下げている。
「スカラベの化粧など、王族である我々に与えられた特権だぞ。それを嫌だとあのように」
何でも、他の人たちのアイシャドウは鉱石が原料で、神様とされるスカラベの羽を原料としたものはとても高価で王族くらいしか塗らないとのこと。つまり彼や周りの人々にとっては目が飛び出るほどの高級品だった。
「蜂に刺されて以来、虫は小さい頃から苦手なのよ。気持ち悪いし、怖いし」
「訳が分からぬ」
そんなこと言われても。言い返そうにもさっきから酷い息切れで言葉が滞る。
いつも通り大股で歩くから、彼の後ろを走って追いついていきながら話すのは至難の業だ。話しながら持久走をしているようなもの。
「……ねえ」
頭も重いし、疲れたしで、思い切って呼びかけてみる。
「何だ」
「もう少し、ゆっくり行きましょうよ」
指摘をしたら、ぴたりと歩くのを止めてくるりとこちらを振り返った。
「……そんなに早いか」
「早いわ。いつもあなたについて行っているセテムが凄いと思うくらい」
そうかと悩むように顎を掴みながら、彼は前を向いて再び歩き出す。意識しているのか、歩き方がぎこちない。ロボットのよう。何か文句言われるかと思っていたから少し拍子抜けしてしまう。
「これくらいでどうだ」
振り返ってこちらを見てくる。本気で悩んで直そうとしているかのようだった。誰かに同じようなことを言われたことがあるのかしら。
「丁度……だけど、歩き方が変よ」
また立ち止り、くるりと振り返って、今度は私を睨みつける。
「うるさい。お前は一体何様だ」
今度は怒り出した。少しの時間の間に悩んだり、笑ったり、怒ったり。まるで百面相みたいだと笑ってしまう。
「何故笑う。腹が立つ」
「だって面白いんだもの。さ、早く行きましょ」
むっと顰め面の彼に笑いかけながら前に出た途端、知らない声がかかった。
「──あら、アンケセナーメン様」
足を止め、声が聞こえてきた方に目をやると、背の高い女の人がすぐ横の柱に寄りかかって立っていた。くるりと大きな切れ長の美しい瞳が、私の足先から頭の先まで舐めるように動く。
「以前より、身丈が小さくなられましたのね」
見惚れてしまうくらい綺麗な人だった。茶色がかった波打つ髪を腰まで伸ばして、黄金の額当てにハスの花をこめかみに付けている。胸元に覗く褐色の肌が艶めかしい。
完全なるボンキュッボン三拍子。こんな綺麗な身体の曲線、初めて見た。現代にいたのなら、フランスあたりでモデルとして活躍していそう。エジプト独特の身体のラインが見える衣装がこれでもかと似合っている。年は私より5、6才上だろうか。私など足下に及ばないほどに、思わず息を呑んでしまうくらいに色っぽい。
「生前はまるで孔雀のような御方でしたけれど、今は何と申しますか……そうね、子猫ちゃん。可愛い」
両手を合わせ、うふふと首を傾げて笑う。一歩前に出た彼女は、私の顔を覗いた。
「ぽかんとしたお顔も可愛らしいわ。……どうかなさいました?私のことお忘れになってしまわれたのかしら?」
「ネフェルティティではないか」
私の肩を掴んで前に出た彼が、突然彼女に声を掛けた。まるで久しく会っていなかった旧友に再会したような口ぶりだ。
「ファラオ、お久しゅう御座います」
彼女は恭しく頭を下げた。色気を含む声にぞくりとする。何だろう、話す度、動く度に、フェロモンなるものを振りまいている気がしてならない。
「実に久しぶりだ。息災だったか」
「ええ。楽しく過ごしております。ファラオもご息災で何より」
首をくにゃりと傾けて妖艶に微笑む。
「相変わらず男を拾ってはとっかえひっかえしているのか」
彼は相変わらず笑みを浮かべて尋ねている。対して私は、思わずぎょっとしてその彼女を見つめてしまった。男をとっかえひっかえって。私には随分縁の遠い言葉だ。
「もちろん。だってそれが私の幸せ。私の生き甲斐」
「すまなかったな、私がその中に入れず」
冗談めかして彼が言う。
「あら、お気になさらないでくださいな。私、お妃になんてもともと興味ない性分で御座いますもの。一回で十分。戻りたいとも思わない」
それを受けて、彼は大声でとても豪快に笑った。続いて彼女もくすくすと上品に笑い声を立てる。私だけが彼の横で話について行けずに突っ立っているという虚しい状態になってしまった。この人は一体、どこの誰だろう。
「ファラオ、今日は儀式があるのでしょう?私などと会話されていては時間の無駄ですわ。あの短気なセテムが怒ります。セテムは私のことをとても警戒していますもの」
「そうだな。これ以上遅くなるのはまずい。……さあ、アンケセナーメン、行こう」
引き寄せられ、再び彼と共に歩き出す。訳が分からず進む私に彼女は優しく微笑み、小さく手を振ってくれた。
ああいう人を、美女と言うのだろう。周りがキラキラ光って見える。美人のオーラというものなのかも知れない。少しくらい分けて欲しいくらいだ。
「あの者はネフェルティティ」
歩きながら彼が教えてくれた。結局私は彼の足について行けず、ほとんど抱えられる形で長い廊下を進んでいく。最近は腰に手を回されても、何も感じなくなってしまっている。慣れとはなんて恐ろしい。
「アイの娘だ」
「あ、アイって、あの!?」
確か彼から王位を奪おうとしている最高神官の名前だ。言ってしまえば、彼の義祖父兼敵。
「彼女はヒロコが来なければ私の妃となっていた女。もともと父の妃でもあるから王太后でもある。私とアンケセナーメンの義母だ。アイと同じく王家だが、王家の血は継いでいない」
「ぎ、義母…王太后……」
私と彼は姉弟で、彼の父親の妃が今のネフェルティティなのだから、彼女が義母で、その父親であるアイが義理の祖父。年も近そうなのに母親だなんて、随分凄まじい関係だ。
「若い人なのね……お母さんなのに」
「母と思ったことはない。あっちは25、私は20。年が近すぎることもあるからな」
「……あ、あなた20歳なの!?」
ぎょっとして相手を見上げる。
「言ってなかったか?」
彼は口端を上げた。
「言ってない!」
良樹と同じくらいだと思っていたのに、私と3つしか違わない。20だなんて私の学校にもごろごろいたけれど、ほとんど皆がまだまだ子供で、「男子は子供ね」と呆れながら笑っていた。それに彼女だって25であの色気。25歳の知り合いもいるけれど、あれほどお色気むんむんではない。もしかしたら古代人は現代人より精神年齢が高いのかもしれない。
そんなことより、と思って彼を見上げる。
「でも、アイはあなたの王位を狙っているのよね?そんな人の娘とあんなに仲良くしていていいの?問題はない?」
「ネフェルティティは父親と違い、王位に興味はない。むしろ妃になって縛れるのは嫌だと訴えていたほどだ」
妃に興味はない、と彼女が言っていたことを思い出す。父と娘でそんなに考えが違うものなのか。
「それに彼女は無類の男好きだ。私と契りを交わし、遊べる男が私一人になるのが気に食わぬのだろう。自由が好きな女だ」
驚いて彼を見上げた私を見下ろし、小馬鹿にするように小さく笑った。
「毎回外に出て、気に入った男を連れ込む。兵士だろうが、民だろうがだ。それがネフェルティティ。……まあ、根はいい女だぞ。男以外の事に関してはさばさばしている。頭もいい」
お妃という立場より男の数を優先するなんてある意味すごい。私なら絶対にお妃を選ぶ。まず、恋愛経験皆無な私がそんな膨大な数の男の人の相手を出来るはずがないというのが大きな理由になってしまうけれど。世界が違い過ぎる。
とにかくすごく美人で、男に不自由しない、サバサバした人だということだけは理解できた。現代にも色んな人がいるけれど、古代にも同じように色んな人がいる。
「さあ、着いたぞ」
すとんと降ろされて振り返ると、そこはもう神殿の入り口だった。多くの兵士や女官がその前に控えている。どこかで見た壁画の光景みたいだと、見惚れてしまう。
「ああっ!アンケセナーメン様!!!」
マシンガンのような声に視線を落とすと、いつの間にか足元にカーメスが跪き、私の手をしっかりと取っていた。今日はくるんくるんとした黒髪を隠し、彼と同じような頭巾を被っている。
「なんてお美しい!まるで一輪のハスのよう!私には眩しくて眩しくて、もう直視できませぬ!!うわあ、もう見ていられない!!女神の後光があっ!!ああ、なんて柔らかい御手!これはきっとお心の柔らかさ、優しさを表したものなのですね!!なんと素晴らしい!!」
「あ、ありがとう」
この人のマシンガントークにはいつもついて行けない。最近ではやっと笑って、お礼を言えるようにまでにはなったけれど、ここからなかなか先へ進めていなかった。
「ああ!我が女神!麗しき御方!なんてお美し……」
「セテム」
彼の一言でどこからともなくセテムが飛んできて、私からカーメスを引き剥がした。
ああ~、と声をあげてずるずると引きずられていくカーメスと、ぶつぶつ文句を言いながらその人を引きずるセテム。この光景には毎回笑ってしまう。本当に、これで将軍なのだからまた意外。いつか将軍の姿を見てみたいものだ。
「行くぞ、アンケセナーメン」
私の隣に立って、彼は足を進めた。
目の前に広がるのはあの神殿。アンケセナーメンのミイラと対面した場所。怖さを押し込めて、唇を噛みしめる。
大丈夫。私は私。工藤弘子。その言葉だけを胸に抱く。
それに、私がここへ来た時もこの神殿に儀式が行われていた時だった。今回も儀式をやるわけだから、もしかしたら現代に帰ることができるかもしれない。今にも消えてしまいそうな小さな希望をそっと握りしめ、静かに頷く。
私は彼と一緒に神殿の入り口を踏みしめた。
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