3-19

 

 研究室の通路までハリーは到着した。警戒を解くことなく左右を確かめ、ドアをくぐり、リンは天井から垂れ下がるパイプを見上げた。人ひとり通れるほどの穴が開いている。

「おそらくあの通気口で変電所跡のエリアからは出られると踏んでいるんだけど」

 後ろ手に縛られているサムは、半分呆れた顔をしている。

「どうなんだ! サム、おまえ、あの通気口を使ったんだろ! 答えろ!」

「ああ、使ったさ。それは認める。だが、仮にもここは変電所の地下深くなんだ! 地上に出られるというのは、おかど違いもいいところだぜ!」

 リンに睨みをきかせる。

「じゃあ、どこに繋がっているっていうんだ!」

 アームデバイスで地下のマッピング以外に地上の簡易なデータマッピングをリンが広げた。

「隣にあるシェルターにつながっているんじゃないの?」

「どうなんだ! サム」

「わからねぇよ。途中に別の道があったのは知っていたが、隣のシェルターには獰猛どうもうなグリムデッドがいるんだぞ! 外には出られるだろうが、そんなところを行くっていうのか?」

「今のところ地上に出られる唯一の手段だ!」

「勘弁してくれ!」

「今はこの方法でしか地上に出る方法はない!」

 低い声でリンが説得した。

「マジかよ? オレは戦い慣れてないんだぜ!」

「この際だ、闘い方を学んだらどうだ?」

 皮肉半分にサムの後ろからハリーがさけんだ。

「ボクが先頭になる。隣の詳細なシェルターのマップはないが、地上に近くなれば無線もつながるはずだ。電波の強弱でわかると思う」

「リン、頼む!」

 素早く通気口に入ると小柄な体系をたくみに利用して通気口へと入っていく。ハリーも目の前にいるサムに押し進めた。

「本当に入るのか?」

 不安に満ちた表情をうかべ、サムが狭い通気口をのぞきみる。

「生き延びるためにはここにいても仕方ないだろ!」

「ハリー、通気口に入るのはいいけどよ。縛られていたら何かと不便だから解いてもらえねぇかか?」

「縛られていても入るくらいできるだろ! つべこべ言うなよ」

 あきらかにハリーはサムが逃げ出すことを警戒していた。



 通風孔を入り始めてから三十分が経とうとしていた。

「オレがそもそもつかったのは研究室に入ってお前たちをおびき出すためだったのに。いつまでもこんな狭い空間を進みたくねぇよ!」

「文句を言うな!」

「だいたい、隣のシェルターにつながっているのを本気にしているのか?」

「信じていくしかないだろ!」

 奥からリンの声が聴こえてきた。

「おい、分岐した道が現れたが、隣のシェルターへ行くのはどっちの方だ?」

「右だ!」

「お前が通らなかった道の方だぞ!」

 ハリーはしつこいようにサムに問いただす。

「右で間違いないのか?」

「右でいいんだよ! オレが変電所の地下に出たのは左を進んだからだ!」

 リンは右へと入った。



 通風孔に入ってからさらに一時間が経とうとする。

 リンの視界に広い空間が現れる。通気口の網を外し室内らしき場所に降り立った。

「ハリー、ケミカルライトを持っているか?」

 最後の一つを取り出し辺りの様子を見渡した。どうやら数十年と使われなくなった場所のようであった。薄暗い視界をたよりにドアと思われる場所をハリーは目指した。

 突然、ハリーとリンに聞き覚えのある咆哮がドアの向こうから聴こえてきた。

「おい、なんだ、あの叫び声? 野生化したトグルって奴か?」

 サムに振り向くとハリーは言い返した。

「おまえも聞き覚えがあるんじゃないのか? トグルを操っていた方だろ!」 

「オレが操っていたのは、薬を投与して強制的に奴隷化していた奴らだ!」

 自慢げな顔でハリーを見下すようにいった。

「この雄たけびは、あのシェルターの」

 リンがとっさに住居にしていたシェルターのことを思い出していた。

「まちがいない。ここに逃げ延びていた」

 リンがドアに近づいていく。

「リン、待て。どうする気だ!」

「もちろん、ハリーにボウガンの矢を撃ち込んだ仕返しをする」

 ハリーがリンの前に立ち遮った。

「俺は仕返しなんて望んじゃいない。今はここを出ることが最優先だ!」

「何を言っているの? あんた、撃たれたんだよ!」

 リンは興奮しいきり立っている。

「ああ、わかってるさ。今でもときどき痛むことはことがある。だがな、ガンマシェルターに侵入してきたのは俺たちだ。リンはそこで暮らしていたかもしれないが、彼らにも彼らなりのテリトリーがあるだろ!」

「おい、トグルの肩を持つっていうのか、ハリー。あいつらは平気で俺たちを攻撃してくるんだぞ!」

「別に味方するつもりはない。ただ、なんだ。奴らだってヤツらなりの生きることに必死のはずだ!」

 リンは黙っていた。彼女も過去に同じような境遇にさらされたのだろうか。落ち着いた表情へと変わってくる。

「ハリーの言うとおりだ。ボクも以前は敵側の心境を考えたことがなかった」

 サムがハリーとリンの中間に入り、

「そうはいってもよぉ」

 水を差すように声を荒げる。

「奴らが地上へ通してくれると思うか? オレは野生のグリムデッドに会ったことがないが、会話が通じねぇって話だろっ!」

 ハリーは考えた。サムの話にも一理ある。彼らとは会話で理解ができないのが難点であった。

「先に進もう。リン、野生の奴らは音に敏感だったよな?」

「うん、安易に刺激しなければ襲ってこない。テリトリーを通過するぐらいならそんなに難しくないと思う」

 サムに振り向き、

「だとよ。俺たちはもう戦闘を経験済みなんだ。なるべく音を出さないように進めば、地上に出られるはず」

 ハリーの笑みに相変わらず不安な表情をサムはみせている。

「俺が先に出る。リン、サムを頼む」

「地上への確保はできるの?」

「問題ない。別のシェルターとはいえ基本構造は、おそらくアルファシェルターやガンマシェルターと変わらないはずだ」




 通路に出ると、シェルター独特の匂いとトグルの体臭らしい匂いが、混ざった何とも言えない不快な感覚がハリーの肌に襲い掛かってきた。近くにトグルの集団がいる巣があるのではと直感でハリーは気づいた。テリトリーに侵入している以上、覚悟は必要だとおもった。警戒を怠ることなく、上に通じる階段をさがしのぼっていく。

 シェルターの通路でも地震の影響があったのだろうか、天井部や通気口、排気口の一部が塞いでいる場所もところどころに見受けられた。

 突如、無線通信の雑音がハリーの耳をかすめる。アームデバイスのランプがほのかに明滅を繰り返し始めた。

「ハリー」

 サムの後ろを歩いていたリンがハリーのアームデバイスの明かりに気づく。指を差した。ハリーは、アームデバイスに耳をあてかすかに聞こえてくる声をとらえようとしていた。

「……?」

「受信範囲に近づいているのか?」

 とっさにサムが叫んだ。指を立て、静かにしろと彼を制する。

「だいぶ進んだから範囲に入り始めていることはたしかだ」

 小声でハリーはサムのそばで囁いた。

「地上が近いってことだね」

 リンも笑みを浮かべた。




 さらに通路を進み階段のあるほうへとハリーは歩んでいく。ところが、通路が三叉路さんさろに別れていた。案内板はあるものの文字が掠れているために文字が読めない。

「リン、この案内板をキューブデバイスで識別できないか?」

 リンを呼び寄せた。彼女は案内板をみると手で触り、文字があるかどうかを探っている。

「うん、でも時間がかかるかも」

 懐から黒い多面体の箱らしきものを取り出した。

「これがっていうのか?」

 眼を輝かせサムが箱をながめていた。

 箱が展開されミクロドローンが案内板へと向かっていく。通路の奥の方から地鳴りと雄たけびが聴こえてきた。

「ハリー」

「分かってるさ。案内板の識別が完了するまで俺がなんとか引きつけておく」

「あなたひとりで大丈夫なの?」

「お前はミクロドローンにつきっきりでいなきゃいけないんだろ」

 戸惑いを隠せずサムがおどおどしはじめる。

「お、おい」

「サム、トグルたちを食い止めるぞ!」

「ま、マジか? じょ、冗談だろっ!」

「お前だって生き延びたいだろがっ! いくぞ」

 歯を食いしばり威勢のいい声をハリーは叫んだ。

                     20へつづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る