外で楽しんでみた――そらバレます罠
「結局エスエスモードって何なんだろうな……?」
学校の休み時間、スマホを片手にひとりごちる。
昨日何度かモード切替をしてみたが、とくに画面などに変化は無く、その都度部屋に呼び出されるミナが、次第に不満な顔に変わっていったくらいである。
でも、可愛い女の子の不満顔ってさー、やっぱり可愛いよね、うん。それもあって、護が喜んでやっていたというのは、まあ、あるんだがな。
「どうした?難しそうな顔して?」
そこに、いつもどおり照彦がやってきた。
反射的に、護の体はこわばる。
昨日散々照彦に言われたにも関わらず、自分はメッセのボタンを押してしまったのだ。不思議な結果なだけで、ウィルスやら何やらはなさそうではあるものの、友との約束を破ったという罪悪感はそれなりにある。
「い、いや、別に。昨日宿題するの忘れててさ、次の授業どうしたもんかなと……悩んでるくらいだ」
嘘ではない。
昨日はスマホをいじっているだけで終わってしまっているのだ。
しかしこの言い訳の選択は、照彦の注意をそらすという目的の上では功を奏したらしい。
「馬鹿だな、お前。スマホいじってる場合じゃないだろ。悪あがきくらいしろよ」
「いやー無理でしょ。もう3分きってるしぃ」
「……せめてお前に当たらない様に祈っておいてやる。武士の情けだ」
そこまで言った照彦は席に戻ろうとしたが、別の人物がその行き先を遮った。
「宿題はやってこないとダメでしょ、諏訪。それに伊勢、アンタ諏訪の保護者なんだから、ちゃんと面倒見てやりなさいよ」
「これは手厳しいな、委員長……」
照彦の台詞にもあるように、声の主は、委員長の
名前の音こそカモだが、全然カモではなく、むしろ
うん、そうだよ。言い方キッツイ系女子なんだな。
しかし、なぜだか、これがクラスの男子生徒には人気が高いんだからよくわからない。そんなにMなのかお前らわ。
言い方の他は、まあ、護にもわからないでもない。
スタイルは、胸こそクラス平均に対しやや控えめなものの、腰からヒップにかけてのラインは、体育の時間に輝くレベルの素敵なものであり、見とれてしまったがゆえに、血祭りにされるモノが後を絶たないほどだ。
男子のみんな、こっそり見ててもな、見られる方の女子はわかってるからな、覚えておけ。あー、女の子の汗っていいな、もっと体操服よ、貼り付け!透けろ!とか考えてたらすぐにバレるからな。
ちなみに、彼女の髪型は、後ろ髪がうなじぐらいまでの、ショートなストレートボブというらしい。
護が、前にちょっとだけ彼女に抵抗した際に「このおかっぱが!」って言ったら本人が「これはショートなストレートボブって言うのよ、この物知らずがっ!」と倍返しされたから、間違いない。
泣いている護に、周りの野郎がこっそり、「うれし泣きか?マモ。よかったな、ご褒美貰えて」と言ってきたが、残念ながら全く護には理解できなかった。悲しいな。
この髪型は、短いだけに顔のラインが出てしまうのだが、彼女の場合は、ちょっと首をかしげたときに、髪の毛が少し頬にかかるところがまた絶妙なバランスで、うん、似合っているのは護も誰も否定しない。
「委員長、テルを巻き込まないでやってくれ。やってこない俺が悪いんだからさ」
護が訴えた。
彼の顔を見て、委員長は例の少し首をかしげるポーズをとってから、ちょっとだけ感心したように言った。
「ふうん。男と男の友情ってやつ?……まあいいわ。今日からさ、全校生徒、部活も同好会もやらないで早く帰るように、っていうことだから、今日こそ早く帰って勉強しなさいよ」
「えっ?何でだよ?」
「諏訪、アンタ知らないの?」
そこまで言うと、委員長は左右を少し見回し、護の耳のほうに顔を近づけてきた。柑橘系だろうか?コロンのいい香りが護の鼻孔をくすぐる。
彼女は、声のトーンを落として続けた。
「最近この学校、行方不明者が何人か出ててさ……変質者の仕業とか、宗教関係とかいろいろ噂は流れてるけど、まだ原因不明で……学校としてはこれ以上増えると困るから、早く帰りなさいって。まだ、ニュースにはなってないけど、きっとそのうち……」
「……マジかよ」
委員長は、元の位置に戻って、コクンと頷いた。
「ああ、もうこんな時間。とにかく、今日は2人とも早く帰って勉強するのよっ」
「俺、やっぱりお前と一蓮托生なんだな、頼むぞ、マモ」
「すまないなテル、今日はスマゲーやめとくわ」
心にも無い台詞ではあったが、それは友に対する申し訳なさだった。
―――――――――――
そして昼休み。
護は、学校の裏庭に来ていた。
裏庭は、校舎の影になっていてこの時間は薄暗い。
さらに、季節のせいか、草が若干伸びて、荒れ放題とはいかなくてもそこそこ、いわゆるワイルドな状況になっている。
それもあってか、昼休みにここに来るものは誰もいないと言って良い。
念のため、周りを見回す。
しめしめ、誰もいない。
「SSRモードっと」
ボタンを押す。画面が切り替わった。
スマホから目を離して周りを探す。
探すまでもなく、そこに、ミナがいた。
「今日も良い天気だな。オレわくわくするぞ」
「あっはは、こんな薄暗いのにな、ヨシヨシ」
頭を撫でる。
ミナはとても嬉しそうだ。
飼い犬ってこんな感じなのだろうか?とふと護は思った。
悪い意味では無く、一緒にいると心がやすらぐというか、なんというか、もうね、幸せ、である。
「画面の中だと狭いかなと思ったんだ。俺の部屋も……な。たまにはいいだろう」
昨日何度もモード切替してみて感じたのだ。
彼女は、ミナは、護に視線を向けられることや、撫でられることを喜んではいるものの、どこかちょっと物足りなさそうであることを。
武闘派で活発な性格の神。
ストーリーでも彼女が無謀だったり、よく考えてなかったりで、いろいろなところに突撃することで話が展開する。
そしていろいろな神と出会い、出会った彼女らを振り回す。
そんな神だから、少しでも広いところがいいんじゃないかと護は思った。だから、けして、家じゃダメだから、場所変えて、学校の人気の無いところでちょっと一発やってみるか、とかそういうんじゃないからな……うん、期待させてすまんかった。
えっ?
言わなきゃイイ話のままだった、って?
これは、二重にすまんかった……。
「うん、マモル、とても気持ちイイ。草木の霊力を感じる」
目をつむり、少し上を向き、彼女は何かを感じている風だ。
「そうかそうか、この場所を選んだ俺の目に狂いはなかったな……あれ?」
気のせいか?
気のせいでは無い。
昨日10だったライフが9に減っている。
「おいおい、なんだこれ、バグじゃないのか?ライフは時間経過で増えることはあっても減らないだろ、普通……あれっ、ミナ、どうした?」
さっきまで、そのあたりの雑草や木々を物珍しそうに見ていたミナが、右手を前方に突き出し左手を胸の前にして、やや斜めに構えて体を揺らしていた。これは、タケミナカタが戦闘に入る直前のグラだ。
その目は、どうも護の後方を見ているらしい。
「どうしたんだよ?誰かいるのか?まさか……例の変質者かっ?」
委員長の話を思い出して護はふり向き、身構えた。
そして唖然とする。
そこには……
そこには……どことなく暗い表情をした照彦がいた。
「なんだ、テルか……驚かすなよ、もう」
「マモ……お前……」
その言葉に、護はハッと気がつく。
そうだ、妹の未来は、ミナが見えてないようだった。
とすると、ここは誤魔化しておかなければ。
「ああ、これか……そう、シャ、シャドウボクシングだよ。ほら、変質者が出るとか委員長言ってたろ、ここは一発鍛えとこうかっ、てな」
自分でも苦しい言い訳のように思えたが、ミナが見えてないのだからこんなもので良いだろう。
何と言っても相手は照彦なのだから。
きっと笑って済ませてくれるに違いない。
「マモ……お前……俺ダメだって言ったじゃ無いかよ」
「えっ?」
「……学校でまさか顕現させるとはな……」
鈍感な護でも、ここまで言われればわかると言うものだ。
「まさか……テル、お前、見えてるのかっ!?」
裏庭に、護の声が木霊した。
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