メッセ読んでみた――君子危うきに近寄らず?
「元気出せよ、マモ」
朝から放心状態の護を見かねたのか、一限が終わった後すぐに照彦が彼の席にやってきて、肩をたたきながら言った。
「元気ってさ……いったいどこにあるんだろうな?」
虚ろな目をしてそれに応える護。
誰でも、おいおい、と言いたくなる、明らかに精神異常をきたしていそうな友人のこの状態をなんとかせねばと思ったようで、照彦は続けた。
「考えてもみろよ、タケミナカタ+108とか、ぜってー誰も持ってねえぞ。ついに、現在最強な★5スサノオの攻撃力超えたじゃねえか。マジぱねえよ」
日本神話に馴染みの無い方向けに説明しておくと、スサノオとは、日本神話最強の1柱に数えられる神だ。
あ、神は1柱2柱って数えるんだよ、これも豆な。
元々は
……考えてみると、ここまでの話は知らない人の方が少なそうだな。
説明鬱陶しかったか?
それはすまんかった。
しかし、彼が姉神アマテラスと喧嘩した理由が、日本全土を巻き込むこれまた壮絶な夫婦喧嘩の末に黄泉の国に幽閉された母神イザナミのところに行くことを制止されたからだということを知るものはおそらく少数ではなかろうか?
そう、彼はいわゆる重度のマザコン。
おそらく、日本神話・歴史上最強のマザコン。
『美人でスタイルが良く誰からも愛される
究極の家族愛モノだな、まったく。姉はともかく、母もとなると、大人の事情で血ぃつながってないことにするのが大変だぞ。
いかん、また横道にそれた……いやこれ、神人戦姫のスサノオカードの最初の説明文だったんだけどな。
「わかるやつおるんか、これ?」と思っていたらいつの間にかサイレント修正されてたぞ。そりゃそうだろう。
コホン。脱線しすぎたな。
神人戦姫では、当然女神化されている。
剣を腰に携えた長髪の妖艶美女なイラストで、基本無口。
メイン画面に飾っておくと、時々意味深な一言を言う。
どうやら好きな人にはそれがたまらないらしい。
さらに、無口な彼女の急所をひたすらタップタップ……して薄い反応から、耐えられなくなった後の反応のギャップが、もうね、ハマる。
……このように説明に戻れなくなってしまう程だ。
ストーリー上は、
おっと、そうだった。
攻撃力だよ攻撃力。
初期★5であるのに、未だに攻撃力でスサノオを超えるカードはない。まさに武神。
それを超えるという護のタケミナカタ★3+108……照彦が慰めの言葉としてこのカードを選んだのはもう納得いただけるだろう。
そして、この攻撃力の凄さを説明するためだけに、ここまで文字数かけたのも分かっていただけるだろう。
え……無理?
あ、そっすか。
「そうだよな108、108……ああああ、アルテミスたん!」
まったく こうかが なかったようだ
護の叫び声は教室に響き、近くの女子数人が横目でこっちを見ている。
この状況であれば、イタい、イタすぎるっ……何の拷問だよ、と護の所を去ってもおかしくはないが、照彦は、これまで一緒に神人戦姫を戦ってきた仲間を見捨てるわけにはいかないという律儀さなのか、再び錯乱している護を現実空間に呼び戻すための呪文を唱え始めた。
「イベントアルテミス、どう見てもイベント限定性能だから、手に入れてもあんまりいいことないぞ」
「そんなの関係ねー。俺は、一度でいいから、性能なんてどうでもいいから、こいつ以外のレアカードを手に入れたいんだよ」
重傷すぎる。もう手の施し様が無い。嫁カードをこいつ呼ばわりとは。
照彦はため息を着きながら、「ちょっと借りるぞ」と護のスマホを手にとった。そして、アルバムのタケミナカタを選択する。
「紙装甲な防御は……キャラネタ的にどうしようも無いとして。それ以外は、スキルが1つだけなのと、全体攻撃が無いだけで、ステータスはトップ★5クラスなのになあ。俺が欲しいくらいだぞ、このカード」
そうなのだ。
「見てよこの紙装甲、神だけになっ」って言う台詞どおり、タケミナカタの防御は低い。★1でもこんなに低いものあったっけ?という程低い。
ストーリーバトルの雑魚キャラに一撃死させられることに慣れることこそタケミナカタ使い、と彼女を嫁キャラとする強者共は言う。
「死に神ってみんな言うけどさ、オレそんなに死んでないぞ」という台詞にヨシヨシしてやれる愛と哀に溢れる者だけが彼女と戦場を駆けることを許されるのだと。
元々、★3キャラのくせに、★5並の攻撃力と★1並の防御力、なぜかこれもおっそろしく高い
「究極のロマンカードになってるよな……ん?マモ、何かメッセ入ってるぞ。『運営からあなたに』って書いてある」
「メッセ?」
「ほれ、昨日の日付だな」
流石に他人のメッセを見るわけにはいかないと、照彦は護にスマホを返した。
「何だろう?実はあなたのガチャはバグでした。今までのチケ全てお返しします、とかだと俺嬉しいんだけど」
「……そうだな、そうだと、ほんとに、いいな……」
照彦的には、もはや、友人に掛けられる言葉が少なすぎる事態だったのだろう。どう考えてもありえなくても、その意見を肯定してやることが、ある意味その意見への最大の供養というもの、それは間違いではない。
護は、そんな彼の内心を理解しているのかしていないのか、期待を込めた目をすると、メッセをポンと選択した。
「……なんだ、これ?」
開いたとたん難しそうな顔をする護。
その反応は、さっきの護の有り得ない未来への希望から、メッセを読んだ途端に再び悲嘆にくれるのではという、次なる悲劇を予想したであろう照彦を裏切る展開であり、また、それゆえに興味を惹くものでもあったようだ。
「どうしたんだ?『今までのチケ全てお返しします。ただし、課金ガチャを10連で回していただくのが条件です』とか書いてあったか?」
「いや……っていうか、何なんだろうな……ほんとにコレ」
照彦のおそらく渾身のツッコミに対し、護は、表情も変えず、淡々と自分のわからなさを繰り返した。これは気にならない方が無理というものだろう。
「ちょっと見せてもらっていいか?」
「ああ……いいけど」
そこにはこう書いてあった。
**********
タケミナカタ+108おめでとうございます。
偉業を成し遂げたあなたに栄誉あるエスエスランカーの資格を授与いたします。
心の準備ができましたら、本メッセージ下部のボタンを押してくださいね。限定★6を差し上げます。
■限定★6をゲットする。■
**********
「……」
「このゲーム運営してるサイケデリックゲームズって大丈夫な会社なんだよな?どう見ても怪しすぎるんだけど、このメッセ。ボタン押した途端に、課金しないとゲーム停止するしかなくなるとか、ないよな?」
昨日の家での賛辞はどこへやら、運営への不信感表すこと半端ない護だった。
まあ、これまでのガチャの結果から、無理もないと言えば無理もないのだが。
「大体★6とか雑誌でもウェブでも見たこと無いし……おい、テルさんよ、聞いてるんか?」
「……あ、ああ」
さっきまでの口数の多さが嘘のように無口になっている。
護は、照彦の態度に違和感を感じた。
さっきまでの勢いなら、「ハハハ、よかったな★6、さっさとゲットしちまえよ」とか言いそうなものなのに……。
「テル、ひょっとして何か知ってるのか?」
「い、いや、いくらなんでも非常識なメールだったんで、縦読みしたら何かわかるかな?とか考えてたんだわ」
「何?!どれどれ……た・い・こ……太鼓たたくんかい!」
「うん、そういうわけだ、すまん、力になれんかった」
「太古……こっちのほうがゲーム的にそれっぽいが、まあ意味ないわな」
「往生際悪いぞ、お前」
「そりゃね。しっかし、悩むなあ、★6見てみたい欲求に負けそうなんだけど、でも、これあきらかに罠くさいよな……」
「そうだよ!最近は怖いな、まったく。ゲームの中でも運営騙ってウィルスメールとはな!絶対に開くんじゃないぞ、それ。お前が感染したらフレンドの俺も巻き込まれかねん。即フォロ切りだ」
「えー冷たいなー、一緒に地獄へお・ち・よ・う・ぜ」
「戦姫ならともかく俺にそっちの趣味はない!……まあ、お前が元気になってよかったけどな、マモ」
「ちぇっ、元気にさせられちまったよ」
「一応、もう一度言うけどな、さっきのメールだけは二度と開かないほうがいい。これは友人としての忠告だからな。絶対だぞ!」
「はいはい、わかってますよ、テルさん」
照彦が珍しく真剣な顔をして言うので、護は、その時は、もう二度とこのメッセは開かない、と彼の前で誓ったのだ。
だが、誘惑に勝てるような人間なら、そもそも、こんなゲームやってないよね。
帰宅後、いつもどおり時間経過で溜まっているポイント分神人戦姫のストーリーを進める護だったが、最近のストーリーは、初期の頃に比べて1話あたりの消費ポイントが多く、5話も進めれば溜まっていた分を全て消費してしまう。
イベントはどうみても手持ちキャラでは無理ゲー。
ガチャを回すチケットも無けりゃ……そりゃ、することは一つだわな。
「『限定★6をゲットする。』お願いします!」
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